ホットレポート環境行動は“つながり”から──行動を文化にするヒント
2025年07月16日グローバルネット2025年7月号
江戸川大学 社会学部 准教授
佐藤 秀樹(さとう ひでき)
「正しさ」では動けない時代に
気候変動や生物多様性の危機が深まる中、「脱プラ」「エシカル消費」「カーボンニュートラル」などの言葉が広がり、「ちゃんとしなきゃ」「間違ってはいけない」という“正しさ”のプレッシャーも強まってきています。
しかし、実際には、「環境に良いことをしたい」と思っていても、情報の多さに圧倒されたり、完璧でなければいけないという思い込みから、かえって行動をためらう人も多いのではないでしょうか。環境問題は知識の問題であると同時に、「行動の文化」の問題でもあります。では、その文化をどう育てていけばいいのでしょうか。
ヒントは、「行動の起点を“つながり”に置く」ことにあると、私は考えています。
ひとりじゃないから続けられる─プロギングに見る“共同行動”の力
たとえば最近では、プロギング(ごみ拾いランニング)やゼロウェイスト・ピクニック、アップサイクル・ワークショップなど、楽しさやつながりを感じられる参加型の環境活動が各地で増えてきています。これらの活動に共通しているのは、知識や技能の有無に関係なく「とりあえず一緒にやってみる」ことが歓迎される空気です。
例えば、東京都荒川区では、2024年3月に「プロギングin日暮里」を実施し、参加者31名(小学生から70代まで)が約3~4 kmを走り、約16 kgのごみを回収しました。
参加者の声には、「楽しくごみ拾いができてよかった」「エクササイズとごみ拾い、仲間づくり、一体感が良かったです」とあり、世代や目的を超えたつながりが形になっています(東京都荒川区ホームページ)。
このような実践は、行動の背後にある“人と人との関係性”が、参加のハードルを下げ、継続性を生み出すことを示しています。
行動はうつる─関係性が育てるエコの連鎖
私たちは、環境に良いとわかっていても、周囲に同じ行動をしている人がいなければ、それを続けるのは難しいものです。逆にいえば、「自然にそうしている人たちが身近にいる」こと自体が、もっとも大きな学びであり、行動の促進因子になります。
たとえば、環境心理学の研究によると、人は他者の行動を模倣する傾向が強く、特に「自分と似た人」や「身近な人」の実践は、大きな影響を与えるとされています(Cialdini et al., 2003)。つまり、環境配慮の行動を個人の意識改革だけに求めるのではなく、関係性のネットワークの中に“うつる行動”として位置付けることが、鍵なのです。
実際、ある中学校では、給食時にマイ箸を使う生徒が増えたことをきっかけに、「自分もやってみよう」という動きが自然発生的に広がりました。先生が「環境のために頑張ろう」と呼びかけたわけではありません。日々の小さな“まねしたくなる行動”の連鎖が、変化を生んだのです。
また、国際的な調査では、「環境行動をしている他者が身近にいること」が個人の実践頻度を高める最も有効な要因の一つであることが報告されています(UNEP, 2020)。
「ゆるさ」が鍵─心地よいつながりが人を動かす
環境活動というと、しばしば「熱心な人がやるもの」「時間やお金に余裕がないと難しい」といった印象を持たれがちです。しかし、今求められているのは、“ゆるやかに関われる場”のデザインです。
例えば、地域の環境団体が毎月開く「エコカフェ」では、参加者はおしゃべりを楽しみながら、マイボトルの話や、好きな自然の場所の写真を見せ合ったりします。そこでは、特定の知識や活動への義務感ではなく、「なんとなく心地よくて来てしまう」という感覚が大事にされていました。
また、SNS上でも「#今日のちいさなエコ」などのハッシュタグが広がり、誰かの日常の工夫を「へえ、いいね」と受け取ることで、自分もやってみようと思う循環が生まれています。例えば、「Blue Earth Project」は、2006年に神戸の高校で始まった女子高校生主体の環境活動で、プラスチック削減などをSNSで発信し、全国に広がっています(日本財団ホームページ)。
この活動が広がった背景には、「女子高生」という共感しやすい主体像と、参加型SNSキャンペーンという双方向性の発信方法があったといえるでしょう。
環境行動の鍵は、「場」と「関係性」のデザイン
これまでの環境教育やその普及啓発は、「知識の提供」や「啓蒙的な呼びかけ」が中心でした。しかし、今こそ求められるのは、行動が自然と生まれる「場」や「関係性」をデザインすることです。
具体的には、以下のような要素が鍵になります:
- 多様な関わり方を認めること:活動の中心になる人、たまに来る人、見る専門の人、それぞれの関与を肯定する。
- 小さな成功体験を共有できる仕組み:成果を数値で競うのではなく、「よかったね」と言い合える関係。
- 変化よりも“継続”を大切にする文化:大きな変化を急がず、「続けられる」こと自体に意味を見出す。
このような視点を持つことで、環境行動は特別な人のものではなく、誰もが参加できる「暮らしの一部」として根付いていくでしょう。
制度や仕組みとの“つながり”もカギになる
こうした草の根のつながりを広げていく上で、自治体や企業など制度的な支えの存在も欠かせません。例えば、環境省が推進する「地域循環共生圏」の構想では、地域資源を生かした持続可能なライフスタイルが重視されており、住民主体の取り組みが制度と結び付くことで、大きな波及効果を生んでいます。
また、長野県飯田市では、地域の環境学習施設と地元の学校、企業、NPOが連携し、通年の体験型エコ活動を展開しています(長野県飯田市ホームページ)。そこでは「大人がやっているから子どももやる」「学校で学んだことを家庭で実践する」といった循環が生まれており、地域ぐるみで“つながり”が行動を支えるモデルとなっています。
このように、個人の小さな実践と、それを後押しする制度・仕組みが両輪となって動いていくことが、環境行動を一過性のものではなく「文化」として根付かせていくために不可欠です。
未来は「つながりの中」にある
環境問題の解決には、技術革新や制度の整備だけでは不十分です。私たち一人一人の小さな行動の積み重ねこそが、大きな変化の基盤となります。そして、その行動を支えるのが、「つながり」の力です。
「誰かと一緒にやるから楽しい。」
「誰かに見てもらえるから続けられる。」
「誰かの言葉が、行動の背中を押してくれる。」
そんな関係性の中で環境行動は自然と育っていきます。
正しさより、やわらかさを。知識より、まなざしを。行動を生む文化は、人と人との関係の中にあります。未来を変える鍵は、いつだって私たちの“つながり”の中にあるのです。
行動を“文化”にしていくために
環境にやさしい行動は、情報や知識の量ではなく、「誰とどんなふうに関わるか」によって支えられます。暮らしの中にある“小さなつながり”が、人々の心を動かし、気付きと共感を生み出します。そこには正解も強制もありません。ただ、「なんだかいいな」「自分もやってみたいな」と思える空気があるだけです。
未来は、そうした空気を生み出す「文化」にかかっています。文化は日々の積み重ねから生まれます。小さな行動を誰かと楽しく続けることが、変化の第一歩です。
・東京都荒川区ホームページ「プロギングin 日暮里を開催しました」(2025 年6 月25 日閲覧)https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a024/kankyou/shoene_ondantaisaku/r5plogging_houkoku2.html?utm_source=chatgpt.com
・Cialdini, R. B., Kallgren, C. A., & Reno, R. R. (2003) A Focus Theory of Normative Conduct. Advances in Experimental Social Psychology, 24, 201?234.
・UNEP (2020) Emissions Gap Report 2020. United Nations Environment Programme.