フォーラム随想知識の花畑

2025年07月16日グローバルネット2025年7月号

地球・人間環境フォーラム理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)

 最近、ある新聞のエッセイを読んでいたら、頭の中に知識の花畑を作るようにしているとあった。
 「自分と同じことをしている人がいる」と思わず膝を打った。自分の好きな花を一定の土地に植えるように知識を自分の好みに合わせた絵柄に整理して記憶する。
 最近の人は、わからないことに出会うと、すぐにスマホをピコピコする。当座はこれで済まされるので、記憶という面倒なことをする気になれない。しかし、スマホがないとパニックになる。仕事ができない、目的地に着けないなどが起きる。語彙力は乏しく、正しい日本語で文章が書けない。
 人は、知識を基礎に思考するから、知識のストックがないと創造力が乏しくなる。直観力だけに頼った発想になる。以前は詰め込み教育の弊害が指摘されたので、記憶を軽視する傾向があった。しかし、理解の経路をたどった記憶は、力になる。

 

 私は、たくさんの分野の花畑を頭の中に作るように努力してきた。以前も本欄で紹介したが、全市町村名を記憶するように努めている。日本地図を頭で描いて、そこに市町村を落とし、当該市町村の歴史、河川など自然環境、主要産業、大学、大病院など仕事に必要な情報を記憶する。
 現在1,741市町村特別区があるが、792の市は、なじみのある名前が多く、記憶しやすいが、町村はハードルが高い。特に平成の大合併で新しくできた町村名は、地域の歴史や自然とは関係なく人為的に考案された名前が多いので、記憶に残りにくい。
 若いころ旧自治省に出向していたとき、同僚の中にすべての市町村名を記憶している猛者がいた。当時は市町村数は、3,300程度で多かったので、記憶するのが大変だと思うが、実は逆である。当時の市町村名は、昔からの由来や地形に関連するものが多く、覚えやすかった。
 市町村名を記憶しておくと、たくさんのメリットがある。ニュースで小さな市町村が登場しても、市町村の概要を知っていると、ニュースの理解や興味が全く違う。自分の故郷で発生した出来事のように感じる。記憶している市町村の情報と絡み合わせると、記憶が一層鮮明になる。
 初対面の人に会ったとき、出身地を聞く。あまり知られていない市町村であったときは、得意そうに「〇〇企業があって、あのプロ野球選手の出身地ですね」と言うと、目を丸くする。事前に調べてきたのかと訝し気に見るが、そんな暇なことはしない。

 

 外国についても国名、主要都市、アメリカやオーストラリアの州、中国の省などは地図を頭に浮かべながら記憶し、関連情報を記憶する。外国人と会う機会は、めったにないから、対人的に披露する機会はないが、ニュースの理解には絶対的な力を発揮する。トランプ大統領が、〇〇で演説したと報じられると、その地域を浮かべながら聞くと理解が深くなる。
 外国の場合は、主要都市は、歴史的出来事と関連が深いことが多い。歴史の風雪を経て今日がある。日本人は、歴史からの考察はあまりしないが、外国人は、自分の都市の歴史に誇りを持っている。

 

 法律、行政、精神医学、英語などの勉強でも知識を花畑のように一定の様式で整理して記憶するようにしている。花畑のように多様な知識が彩りよく並べられると、大変興味を感じる。面白いとますます記憶が定着するようになると自覚される。
 人間の記憶は、秩序正しく整理されていると、長く定着する。整理するためには、理解が必要だが、記憶の定着に役立つ。
 時々難解な言葉を使い、理解困難なことを話す人に出会う。わからない私が勉強不足かと思いがちだが、本当は、本人が理解できていない。その人の頭の中は、花畑ではなく、やぶのようになっているのだろうか。

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