マダガスカル・バニラで挑戦!~アグロフォレストリーでつなぐ日本とアフリカ第10回 もう一つのサプライヤー
2025年08月13日グローバルネット2025年8月号
合同会社Co・En Corporation 代表
武末 克久(たけすえ かつひさ)
マダガスカルで、私がなかなか足を運べていない場所がありました。そこは、マダガスカルの東海岸に位置するマナナラ(Mananara)という場所です。ここに行くには、トアマシナ(Toamasina)から北に50 kmほどのところにあるフルポアン(Foulpointe)、もしくはさらに北上してスアニエラナ-イブング(Soanierana-Ivongo。長過ぎでいまだにちゃんと覚えられません)という場所から船に乗って1日、もしくはトアマシナからピックアップの四輪駆動の車で2泊3日の道のり。船は天候によって出航日時が読めないので、特に往路は陸路で行くことがファーストチョイスになります。トアマシナから北上する国道5号線は国内でも屈指の過酷な悪路といわれています。2泊3日ですから、往復の移動だけでも1週間かかります。そのためどうしても行くのにちゅうちょしていました。しかし、2023年8月、やっぱり行きたい!と意を決して、マナナラに向かいました。
●マナナラにあるもの
そこまでしてマナナラに何を見に行くのか。マナナラには、二つ目のバニラサプライヤーの生産地と加工の拠点があります。このサプライヤー(輸出業者)は、最終選別場はトアマシナに置いていますが、生産地と加工場はマナナラ周辺にあります。現在はトランプ政権下で活動を停止している米国際開発庁(USAID)の支援を受けて、バニラやクローブを生産するいくつかの協同組合が組織されました。その際に、この地域にまだ残る手付かずの熱帯林の保全と地域住民の経済的収入を両立させる手段としてアグロフォレストリーが導入されました。このサプライヤーはプロジェクトの核として、協同組合の設立を支援する他、バニラの加工技術や品質管理の指導、アメリカやヨーロッパへの販路の確保を担っています。USAIDの支援プロジェクトの期間が終了した今も継続してその役割を果たし続けています。実はこのサプライヤーが私たちのビジネスを大きく支えてくれることになったのです。
彼らからバニラを輸入し始めたのは2020年のことでした。彼らを初めて訪問したのは新型コロナの感染が世界中に広がるほんの少し前の2020年2月でした。その時に彼らの取り組みに強く共感して、帰国後すぐにバニラを発注しました。現地での取り組みが素晴らしいだけではありませんでした。彼らはアメリカ向けに大量のバニラを輸出しており、生産量がとても多い。そして彼らのバニラはしっとりとしていて日本のパティシエからはとても好評でした。品質も安定していて、私としても大きな量を安心して輸入することができたのです。コロナの感染拡大でマダガスカルに渡航できなくなる直前に彼らと出会えたことはとても幸運でした。彼らのおかげで、2020年以降、販売量を伸ばすことができています。
●ダニーとの出会い
このサプライヤーの社長はダニーというアメリカ人です。ダニーとの出会いもまた、本連載でこれまで紹介してきた一つ目のバニラ生産者と同様、幸運な巡り合わせの連続の先にありました。マダガスカルでは私はとにかく良い縁に恵まれているようです。
最初のきっかけは2019年にさかのぼります。首都にあるホテルのレストランで食事をしていたところ、日本人のような顔立ちの若い男性が熱心にパソコンに向かって何やら作業をしているのが目に留まりました。のぞき見たわけではないのですが、彼のパソコンの画面に“JICA”という文字を見つけて、彼が日本人であることを確信した私は、頃合いを見計らって彼に話しかけたのです。ところがその彼は私の日本語がわからない様子で私の方を見てきます。それもそのはず、彼はアメリカの国務省の職員で、マダガスカルのバニラ産業に存在する児童労働をなくすことを目的としたプロジェクトのためにマダガスカルにいたのでした。当時アメリカで展開されていた、「子どもたちが楽しむスイーツのバニラがマダガスカルの子どもたちの児童労働によって作られているなんておかしい!」と主張する運動を受けてのことでした。私のひょんな勘違いから始まった会話でしたが、似たような志を持つ者同士ということで話が盛り上がりました。その時に、マダガスカルでチョコレート会社を経営するアメリカ人、Beyond Goodのネイトを紹介してもらいました。Beyond Goodは首都にとても立派なチョコレートの製造工場を持っており、マダガスカルのカカオを使ったチョコレートを製造し欧米に輸出しています。そのネイトに紹介してもらったのがダニーでした。3人ともにNGOのスタッフとしてマダガスカルで活動し、マダガスカルに魅了されたアメリカ人です。ネイトもそうですが、ダニーは任期終了後もそのままマダガスカルに身を置いて、バニラをはじめとするいくつかの事業を通してマダガスカルの森林保全や地域開発に貢献し続けています。
●マナナラへの道のり
さて、マナナラへの道のりです。スアニエラナ-イブングまでは、状態は非常に悪いものの、道は一応舗装されています。ところが、そこから先が大変なのです。舗装されていない道が続きます。途中で川をいくつか越えなければいけませんが、橋が架かっているところは少なく、車を船に乗せて渡ります。しかも、途中から道はまるで山道のような状態に。これが国道なのかと笑いが出てしまうほどです。そんなわけで、ピックアップの四輪駆動の車で行くと、スアニエラナ-イブングからマナナラまではどうしても途中で1泊することになります。どういった場所で夜を越すことになるのかわからず、場合によっては蚊帳がないところで寝ることになるかもしれません。予防薬などの対策をしておらずマラリアが怖い私は、スアニエラナ-イブングから先は、車ではなくバイクタクシーで走ることにしました。バイクの後ろに乗って7時間の道のりでした。出発のときは雨に降られ、途中で道がぬかるんでバイクを押す場面もありました。二人乗りではとても走ることができないほどの凸凹道でバイクを降りて歩くことも。それでも、スアニエラナ-イブングを早朝に出て、途中でご飯を食べたり、筏で川を渡ったりしながら、夕方には無事にマナナラ、正確にはマナナラの手前(南)のイムルナ(Imorona)という村に到着しました。腰や膝がカチカチになっていて、しばらくはまともに歩けませんでしたが、とにかく到着したことにホッとしました。村にある唯一の宿で、これから現地を案内してくれるサンタチャと合流。水を浴びて一休みした後で、夕食に出かけました。イムルナにはレストランや食堂がないため、食事はバニラの加工を担っているメリンダの自宅兼加工場で取ります。メリンダの歓待を受けた後、その日はゆっくりと休みました。次の日はいよいよ生産者を訪問します。また、収穫したバニラの加工の様子も視察します。この続きは次の回で詳しく紹介します。

イムルナの生産者たち。彼らに会うため、
意を決して過酷な移動に挑んだ
