環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ現代美術家・山本愛子の「あわいのはた」

2026年02月17日グローバルネット2026年2月号

ジャーナリスト
桑原 カズヒサ(くわはら かずひさ)

現代美術家・山本愛子は1991年神奈川県出身で東京藝術大学大学院先端芸術表現科を修了。現在は京都府で暮らす。京都精華大学で非常勤講師を務めながら、草木染めの技法を用いた作品を継続的に制作している。

昨年、東京大学医学部附属病院の待合室に、山本が東京大学キャンパス内で採取した植物等を染料として使用した平面作品が展示された。治療や診断を待つ場に置かれた作品は、鑑賞を強いるもことなく視界の一部として存在し、管理された医療空間に偶然性を含んだ色の揺らぎと癒やしをもたらす。

彼女の代表作は「あわいのはた」と名付けられた作品群だ。草木染めで染色した布の端切れを、事前に描かれたドローイングを基準に配置し、旗の形に縫い合わせた立体である。現在までに十点以上が制作され、同一形式を保ったまま更新されてきた。

同作の制作開始は2021年で、「発想の出発点はコロナ」と山本は説明する。「国境は閉じられ、世界は分断されているようで、異なる国の布をつなぎ、分断された世界を再接続できないかと思ったのです」。使用された素材は、中国杭州のあい、インドのあかね、インドネシアの檳榔子びんろうじ、沖縄のヨモギなど、10の地域から12種類。採取された植物は細かく刻まれ、端切れごとに鍋で煮出され、染色された。制作期間は優に一年を超えた。

「あわいのはたー12種の草木による(2021 年)」© 山本愛子

制作中、山本の創作姿勢は変化した。「以前は布に細かく絵を描き、完成形をコントロールしていました。でも今は自然や偶然に任せた方が、意図を超えた表現が生まれ、面白いと思っています」。谷間に掲げられた「あわいのはた」は人工物でありながら、周囲の山林や土と切り分けられない状態で存在している(写真)。布は固定された形を保たず、風や湿度、地形の条件によって常に変化する。

二十世紀後半、植民地主義の終焉を背景に、文学や文化研究の分野でポストコロニアリズムが理論化された。支配と被支配の関係が、政治の外側でいかに知や表象として再生産されてきたかが問われ、美術の分野にもその視点が持ち込まれた。

1990年代以降、展覧会や批評の現場では、土地、身体、記憶、資源を巡る近代的な前提が再検討され、自然を背景や所有物として扱う見方そのものが揺さぶられていく。この流れは、告発や対抗表象にとどまらず、人と自然、主体と環境の関係を固定できないものとして捉え直す方向へと展開した。自然は管理や回復の対象として再び囲い込まれるのではなく、条件の集合として現れ、その都度、関係が生成されるものとして扱われる。

美術におけるポストコロニアリズムは、特定の思想を表明する運動というより、前提の置き換えとして機能した。自然や土地は象徴や背景ではなく、制作を左右する条件として扱われる。管理や所有の論理から距離を取り、制作と環境の相互作用を可視化する態度が共有されてきた。

素材の産地や由来は記号化されず、色彩は意味を担わない。布は完成を宣言されず、展示のたびに条件が変わる。制作と設置の境界は曖昧で、結果は常に途中として残される。この抑制された態度が、自然観の更新として読み取られ、説明よりも配置が優先される点にその特徴がある。

すると、鑑賞は解釈ではなく遭遇に近づく。判断は急がれず、意味は固定されない。その余白が作品の輪郭となる。配置は確定せず静かな更新が続く。環境が介入し時間が作用する関係だけが残る。「あわいのはた」は、ポストコロニアリズムの批判によって解体された近代的な自然観を前提に、自然と人工、管理と非管理が切り分けられなくなった状況を、具体的な配置として示している。

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