特集/先住民族・アイヌと森川海の権利国際シンポジウム「先住権としての川でサケを獲る権利」開催報告
2023年07月14日グローバルネット2023年7月号
グローバルネット編集部
今回の特集では、アイヌ民族を取り巻く問題の現状、先住権の本質、また、アイヌ民族の先住権回復に向けた必要な取り組みについて考えます。
北海道浦幌町で5月26~28日に国際シンポジウム「先住権としての川でサケを獲る権利」が開催された。主催はアイヌの先住権としてサケの捕獲の権利を認めるよう国と北海道を訴えているアイヌの団体・ラポロアイヌネイション。自然保護という観点でも成果を出している海外の先住権回復運動について、5つの国・地域(台湾、オーストラリア、アメリカ、カナダ、フィンランド)から8名の先住民族や専門家が登壇し、浦幌のアイヌ自らが彼らの事例に学び、日本国内での理解を広めようという目的で開催された。
先住権回復のために、いずれの国・地域でも、裁判などによって法律を変えていく運動や政府との交渉、自分たちの暮らしの基盤となる森や川、海を守るための取り組みが行われている。その中では、気候変動や環境劣化による資源の減少が、先住民族の伝統的な暮らしの継続や先住権の行使を阻んでいる現実が、共通の課題としてあることがわかった。ここでは、カナダのハイダ・ネーションと北欧のサーミの事例を紹介する。
ハイダ・ネーション(カナダ)の先住権の現状
ハイダ・ネーションの世襲チーフであるラス・ジョーンズさんがカナダにおける先住民族の漁業権の状況を説明した。
ハイダの人びとは、主にカナダのブリティッシュ・コロンビア州(BC州)西北海岸に位置するハイダ・グアイ(ハイダの言葉で「人びとの島」という意味)に暮らしている。島の人口は約4,300人。1974年に自らの統治機構として評議会を設立し、選挙でメンバーを選び、自らの憲法を持つ。憲法ではハイダが領土・資源に関する先住権を持つことが規定されている。
ハイダ・グアイはさまざまな海洋資源に恵まれ、ハイダの人びとは、季節ごとに種類と場所を変える漁業を生業としてきた。1996~2008年の平均水揚高は8,400万ドルで、BC州全体の22%を占める。
ジョーンズさんは、カナダにおける先住民族の権利に関する年表を示し、「先住民権限を巡るさまざまな画期的な判決によって政策が変わってきたのは、この50年の動きだ」と紹介した。
次に、ジョーンズさんはハイダの人びとがどのように海や森を巡る権利を取り戻してきたのかを説明した。
1985年、ハイダ・グアイの南側を占めるグアイ・ハーナス(「美しい島々」という意味)を舞台に、森林伐採計画の反対運動を展開し、ハイダ・ネーションはその場所を「ハイダ遺産」に指定、その後のカナダ政府による国立公園化につなげた。さらに、1993年にはカナダ政府との間に協定を結び、ハイダ・ネーションが同地域を共同管理することになった。2010年には陸から海にその範囲を広げ、海洋協定にも調印し、海洋保護区の設立を実現したという。
ジョーンズさんがカナダにおける先住民族の権利を巡る歴史の中で重要と位置付けたのは、1982年のカナダ憲法の改正と1990年のスパロー判決である。憲法改正では先住民族の権利が認められ、スパロー判決は、自然保護を優先した上で、先住民族には食料、社会的、儀式的な目的で漁業をする権利があるとされた。翌年1991年には先住民族漁業戦略(AFS)によって、先住民族と連邦漁業海洋省の間で漁業協定交渉の場が設けられた。
AFSの下、ハイダを含むカナダの先住民族は、海洋資源管理・保護をカナダ政府と共同で計画・実施している事例が魚種ごとに紹介された。先住民族が主体となって資源量調査やモニタリングなどの取り組みが行われているが、資源量の減少のために漁獲制限を行っている魚種もある。また、先住民族側が主張する商業的漁業権については、2019年にマテガイについてハイダが買い戻すプログラムが始まったばかりで、今後の展開については注視する必要がある。
ジョーンズさんは、「漁業を含む土地・海洋管理において私たちが大きな成果を出してきた秘訣は、ハイダの強い政治的な結束と能力向上がある」とまとめた。
サーミ(北欧)のサケ漁
一方サーミはロシア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー4ヵ国にまたがるフェノスカンジアと呼ばれる地域に暮らす先住民族。登壇した、サーミ族の権利回復運動を促進するための国際組織・サーミ評議会会長のアスラック・ホルンバルグさんは、フィンランドとノルウェーの国境を流れるデットヌ川でサケ漁を行っている。今回、フィンランドを中心としたサーミの権利とサケ漁を巡る状況について発表した。
フィンランド憲法がサーミを先住民族として認めたのはこのシンポジウム開催の数週間前。ただし「文化的な権利」に限定している点や、カナダのような自治権や統治権を認めていない点では、「アイヌと同じ」だと言う。
伝統的にサーミにとって主食であるサケは、経済の中心・文化の土台だという。ホルンバルグさんは伝統的なサケの漁法について写真を交えて紹介し、「サケ漁ができる若い人は減少している。私はサケ漁に携わる最も若い世代の一人だ」と、民族の伝統継承の課題に触れた。
フィンランドやノルウェーではサーミは非先住民族と同様に土地所有や居住状況などによって個人の権利として漁業権が与えられる。ノルウェーでは、2005年制定のフィンマルク法でサーミに対する土地の権利を認めることになったが、川や漁業は含まれていない。
デットヌ川ではアトランティック・サーモンの漁が2021年から禁止されている。漁獲量減少の要因としては、海洋生態系の変化や外来種の影響が指摘され、「先住民族の権利や伝統の継承だけでなく、生態系の問題にも直面している」と、自然保護との両立を訴えた。
また、「資源減少を受けて、サーミの伝統的サケ漁を制限する一方で、スポーツ漁の新規許可が出されている」と、自然保護が先住民族の権利制限の「理由」となっている現状を紹介した。
先住民族が漁業権を勝ち取るために
2日間のシンポジウムの最後には、車座でラポロアイヌネイションのメンバーと海外ゲストが語り合った(写真)。
ラポロのメンバーからの「先住民族が漁業権を勝ち取るために大切なことは?」という質問に対し、「先住民族自らが自発的に取り組むことで自然保護の成功にもつながる。法律を作るのはあくまでも政府であり、法律の変更はよく起こることだ」(台湾のアウェイ・モナさん)、「資源を枯渇させずに漁業を続けるために、計画作りやモニタリングなど資源管理を自らの手で行うようになり、こっそり密猟をするという以前の状況からは大きく変わった」(ジョーンズさん)という回答があった。
また、ラポロアイヌネイション会長の差間正樹さんが、サケの持続可能な管理における自分たちの役割について語った。「わたしたちが先住権を手に入れて魚が獲れるようになったら、魚の管理を自分たちでしなくてはいけない。自分たちが地域を守る体制をつくらなければならない」。最後に、進行役の加藤博文(北海道大学)さんは「今回の登壇者で今後は連携協議会をつくり、自然利用を巡る先住権について情報共有を続けていきたい」と締めくくった。
シンポジウムの詳細はhttp://raporo-ainu-nation.com/。

車座になって語り合うラポロアイヌネイションのメンバーと海外ゲストたち(平田剛士氏撮影)