21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第35回 今後実現すべき制度を用意する~法案作成講座

2019年05月15日グローバルネット2019年5月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

常に法案を検討しておく必要性

環境保全に関する課題は、常に変化しています。古くは激甚な産業公害に対処するための法規制が求められ、その後、通常の経済社会活動から出される環境負荷が集積して発生する問題に対処することが求められてきました。その間、問題の空間的な広がりも、国境を越え、地球規模にまで広がっていきました。このように、環境問題の態様が変化していくにつれて、新しい制度的な枠組みが必要となってきます。

新しい課題に対応しようとして導入された制度的な枠組みが、十分に効果を上げない場合もあります。最初の公害規制であった1958年の水質二法(公共用水域の水質の保全に関する法律と工場排水等の規制に関する法律)は「ざる法」と呼ばれました。実質的に汚染されていないと規制対象水域にならないとともに、水俣病などの原因となった重金属類を規制しない法律だったのです。その後、水質二法は、水質汚濁防止法となり、公共用水域をすべて規制対象とし、重金属も含めて汚染防止を行う制度的な枠組みになりました。

現状の環境関連法規が、新しい環境政策上の課題に対応できていない場合もあります。また、導入された制度的な枠組みが十分に効果を上げていない場合もあります。このため、常に、今後の制度化を想定して新しい法案を検討しておく必要があります。

誰でも法案を作成できる時代

実は、誰でも法案を検討することができる状況にあります。私は、1987年から1998年まで、環境庁(当時)に勤務し、環境基本法案や環境影響評価法案の立案に従事しましたが、そのときに法案を検討するために用いていた情報インフラが公開されるようになったのです。その情報インフラは、法令検索システムといいます。もともと、総務庁が管理・公開していたシステムで、政府の行政機関や国会などの専用検索端末からアクセスできる形で運用されていました。1990年代の後半に、このシステムは「電子政府の総合窓口e-Gov(イーガブ)」上で公開されました。

法案を作成する作業には、過去の法律での使用事例を検索する作業を欠かすことができません。法案作成は、新しいルールをプログラミングする作業です。その際に、まったく一から書き下ろすことは行いません。過去の法律で使われたさまざまなプログラムを組み合わせることになります。

環境庁時代に法案作成する作業を行っていた際には、ずっと法令検索を行う係を専用端末に配置し、使おうとする用語や言い回しの使用例を検索してもらっていました。内閣法制局での法令審査にあたっても、すべての条文について、過去の使用例を提示することが求められていました。

現在、e-Gov上で公開されているe-Gov法令検索のシステムは当時使っていたシステムとほとんど変わりません。このため、誰でも法案作成ができる状況になっているのです。

法案作成講座の開催

2005年に、容器包装リサイクル法の改正案を市民グループが検討していた際に、どうせ検討するなら、条文まで作成した方が、インパクトがあるだろうと考え、市民グループの皆さんと一緒に条文作成作業を行いました。これが法案作成講座の始まりです。

その後、毎年、秋に、自主講座として法案作成講座を開催してきました。11月から12月にかけての金曜日の18:30~21:00に3回から4回かけて、一つの法案を作成します。

法案作成講座の進め方は、おおむね次のとおりです。まず、大まかなテーマを決めて、参加を呼び掛けます。参加者は、関連のNPO関係者、大学生・大学院生、地方議員、企業関係者などさまざまです。年によって異なりますが、毎年10名から20数名の参加者があります。第一回では、参加者の自己紹介と法案に盛り込みたい事項を自由に話していただきます。その内容を踏まえて、第二回以降、法案作成に取り掛かります。私の作業を大きなスクリーンに映して、参加者と議論しながら、条文を書いていく作業を行います。

これまでに作成した法案は以下の通りです。環境影響評価法改正案(2006)、化学物質政策基本法案(2007)、再生可能エネルギー導入促進法案(2008)、生産者責任による製品等循環利用促進法案(2009)、生物多様性オフセット法案(2010)、再生可能エネルギー地域導入促進法案(2011)、地域のエネルギー活用条例案(2012)、エネルギー協同組合法案(2013)、熱の利用の促進に関する法律案(2014)、プロジェクト2100推進法案(2015)、地域分散資源の地域主体による活用促進法案(2016)、熟議の推進に関する法案(2017)、再生可能エネルギー熱証書の利用に関する法律案(2018)。

今後実現すべき環境関連法案

法案作成講座で作成してきた法案群を振り返ると、エネルギー関係の法案が多くなっています。これは、私自身の興味関心もありますが、現行の法制度が課題に十分に答えられていないことにも起因します。

パリ協定の長期目標に貢献するためには、再生可能エネルギーを基幹的なエネルギー源とすることが欠かせませんが、現在の固定価格買取制度は再エネ電気のみを対象としています。このため、再エネ熱の利用促進が必要です。2014年の法案では、市町村が認定した熱利用促進事業計画について優遇措置を設けるとともに、熱導管で接続された土地について熱導管からの熱を優先して使用することなどの義務を設けています。2018年の法案では、化石燃料を販売する事業者に再エネ熱証書を購入することを義務付けました。

さらに、現在の企業主体で再エネ設備を導入するやり方は、耐用年数が来たときに地域に再投資される保証がありません。このため、2011年、2012年、2013年と、地域主導で再生可能エネルギーを導入するための枠組みを提案しました。とくに、2013年のエネルギー協同組合法案は、地域の有志が集まればエネルギー協同組合を設立でき、その組合には政府金融機関が融資を行うという仕組みです。

エネルギー以外の分野も作成しています。2007年の化学物質政策基本法案は、化学物質関係の法規制を体系化しようとするものです。この法案は、当時の民主党政権のマニフェストに明記され、政府内でも検討されたのですが、残念ながら実現しませんでした。

2009年の生産者責任による製品等循環利用促進法案は、一般廃棄物、産業廃棄物に加えて、生産者が回収に責任を持つ廃棄物カテゴリーを設けるものです。産業廃棄物と一般廃棄物の区分を設けた廃棄物処理法が1970年に制定されてから50年が経過します。その間に、個別リサイクル法の進展によって、家電など、市町村の廃棄物回収の対象外となる廃棄物のカテゴリーが実質的にできています。生産者が責任を持って回収・リサイクルに取り組むべき廃棄物のカテゴリーを定める必要があります。

2010年の生物多様性オフセット法案は、生物多様性条約の第10回締約国会議が名古屋で開催された年に作った法案です。この法案では、環境アセスメント制度などと組み合わせて、事業の環境影響が認められる場合に、自然再生などそれを代償するための措置を義務付け、その措置を担保するための協定などの制度を位置付けました。

長期的な持続可能性を確保するためには、どのような将来が望ましいのかについて、みんなで考える取り組みを進めることが必要です。2015年のプロジェクト2100推進法案は、2100年という時間的視野で解決を図るべき課題に対応する施策を推進するための法案です。また、2017年の熟議の推進に関する法案では、公認熟議ファシリテーターを置く市民パネルを備えた熟議の場の設置、選挙1週間前を熟議の日とすることなどの規定を設けました。

当初、法案作成講座を始めたときには、10年間継続すれば、1本くらい実現する法案が出ることを期待していましたが、残念ながら、まだ、実現していません。今後、一つでも実現すれば良いなと思っています。

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