《第3回》EU Farm to Fork戦略とアニマル・ウェルフェア

欧州で展開する日本企業は、EUのアニマル・ウェルフェア政策への対応が迫られます。

  1. EU「農場から食卓まで戦略」とアニマルウェルフェア
    持続可能な食料システムを目指して掲げられた同戦略の下、アニマル・ウェルフェア関連法制の見直しを予定。
  2. 従来のEUの規制~採卵鶏のランク付けなど
    EUでは、既に子牛、豚、ブロイラー、採卵鶏の4種類の動物のアニマル・ウェルフェアに関する規制が存在。
  3. EUで高まる消費者の意識
    EUの消費者は、全ての動物性製品に適用されるEU全体のラベル制度を望んでいる。
  4. EUで議論が進む、全家畜対象のラベル制度
    2022年2月EU議会は、「全家畜種類を対象にしたEU全体のラベル制度」や「EU基準に適合しない家畜や肉の輸入を禁止する政策」などをEU委員会に提言。

「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」とは?

持続可能な食料システムの構築に向けて、日本では2021年に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」がありますが、EU(欧州連合)にはより野心的な目標を掲げている「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」(以下、F2F戦略)があります(※1)。

この戦略は、食料システムをより公正に、健康に、そして環境に優しいものへ変革することを目指して2020年に掲げられ、前年に欧州委員会が発表した気候変動政策「欧州グリーンディール」の中核となる戦略として位置づけられています。

F2F戦略では、たとえば、「化学農薬の使用を2030年までに半減させる」、「家畜や養殖業への抗生物質の販売額を2030年までに半減させる」といった目標を掲げています。また、EU以外の国との貿易協定を通して、第三国に持続可能な食料システムへのコミットメントを求める内容になっており、世界的な移行をEUが主導することをうたっているとされています。

このF2F戦略では、より良い畜産動物のアニマル・ウェルフェアが、動物の健康と食品の質を向上させ、生物多様性の保全にも資するとの考えのもと、2023年末までに関連法制度の見直しが行われる予定です。ここでは、見直しの議論の論点の一つであるラベル制度について紹介します。

Stephen Barnes / shutterstock

これまでのEUのアニマル・ウェルフェア関連の規制

2022年9月現在、EUには畜産動物のアニマル・ウェルフェアに関して、子牛、豚、ブロイラー、採卵鶏の4種類の動物に規制(囲み参照)が適用されています。これらの規制はすべて、日本のものを大きく上回る基準であり、もともと家畜のアニマル・ウェルフェアに関する意識が高いことがわかります(※2)。

EUの畜産動物のアニマル・ウェルフェア規制

① 子牛(Council Directive 2008/119/EC)

「生後8週間以降の子牛の群飼」など、飼育空間に関する基準を中心に規定。子牛を常に暗闇の中で飼育することや鎖で繋ぐことを禁止。また、徐々に繊維質の飼料を与えたり十分な鉄分を与えるといった、子牛のニーズに合わせたバランスの取れた食事を提供することを要求している。

② 豚(Council Directive 2008/120/EC)

 育成雌豚から肥育豚に至るまでのさまざまな過程について規定している。従来は、繁殖雌豚は、一生の間ストールの中で育てることが可能であった。この指令により、全ての事業者に対して、大人の雌豚や若い雌豚の繁殖期の内、一定期間における群飼が義務付けられた。
 また、敷料の提供の義務化、削歯・尾切・去勢・鼻輪の使用制限なども規定されている。

※「豚の飼養実態アンケート調査報告書」(公益社団法人畜産技術協会、平成27年3月)によると、日本では経産豚(子どもを生んだ経験のある母豚)の飼養管理にストールを使用している養豚農家の割合が、約9割に及んでいる。(※3)

③ ブロイラー(Council Directive 2007/43/EC)

 飼養密度の最大値を規定している。

④ 採卵鶏(Council Directive 1999/74/EC)

 この指令では、採卵鶏の3つの飼育方法(従来型バタリーケージ、改良型エンリッチドケージ、ケージ飼育以外の代替システム)を定義している。エンリッチド・ケージとは、巣や止まり木、つついたり引っかいたりするためのくずが備わっているケージ(鳥かご)のことである。従来型バタリーケージは2012年に禁止されている。
 この指令は、EUの食用卵のラベル制度とも紐づけられている。食用卵は、採卵鶏の飼育方法(有機飼育、放し飼い、平飼い、ケージ飼い)に応じてランク付けされた。

※採卵鶏の飼養実態アンケート調査報告書(公益社団法人畜産技術協会、平成27年3月)によると、 ケージ飼育を採用している鶏舎の99%で従来型バタリーケージが使用されていた。また、アンケートに回答した398の採卵養鶏農家の内、平飼いや放し飼いを取り入れている農家は54戸(約14%)にとどまった。(※4)

従来、採卵鶏以外の畜産動物の飼育状況を消費者に伝えるためのラベル制度は、国単位では導入している事例はありましたが、EU全体の枠組みは存在しませんでした。2022年2月の時点でアニマル・ウェルフェアに関する表示を含むラベル制度は27のEU加盟国の内、11ヵ国で確認されています。(※2

そしてF2F戦略のもと、すべての種類の家畜を対象にしたラベル制度の導入がEUで議論されています。

EUで高まる消費者の意識

鶏卵以外の動物性食品のラベル制度が複数の国で存在している中、EU全域で統一的な制度を導入する動きが出ています。2022年2月に発表されたEUの調査(※5)では、EUの消費者がEU全域の統一されたラベル制度を求めていることが明らかになりました(以下、抜粋)

・EUの消費者は、屠畜の状況(40%; n=9,306)、十分な給餌(40%)、屋外環境へのアクセス(35%)、畜舎の環境(28%)について、より多くの情報を得たいと思っている。

・ラベルが導入される場合、84%の消費者が全ての動物性製品に適用されるラベルを望んでいる。

・多くの消費者は、通常の製品と比べて、動物福祉のためにより高い代金を払う気がある。しかし、その場合に消費者が許容する価格プレミアムは「オーガニック製品」に対する価格プレミアムより低く、新しいラベルの導入と同時に動物福祉についての情報を伝えるための普及啓発活動の必要が示唆される。

・消費者は、国や食品関連企業によるラベルよりもNGOやEUの機関が監督するラベル制度の方を信頼することが示唆された。

・同一国内で複数のラベルが存在する場合、それらのラベルを消費者が誤って解釈したり、理解が混乱していることが示唆された。

また、同調査では、ラベル制度が複数の国で存在していることによる事業者にとっての不利益についても解説しています(以下、抜粋)。

・動物福祉に積極的な企業が複数の国で事業を行う場合、制度ごとに異なる基準に対応するコストが発生する。

・自国で一定のラベル制度に従って活動している企業が、ラベル制度が存在しない国においてその製品を「動物福祉に配慮した製品」として売ることができない。

・自国のラベル制度に従っている企業が、ラベル制度が存在しない国から輸入される安価な製品との競争に直面する。

EUで議論が進む、全家畜対象のラベル制度

また同じ月にEUの農業および農村開発委員(AGRI)から出され、同議会で採択された、「EUの畜産動物福祉関連法制の実施報告書(Implementation report on on-farm animal welfare)」(※6)では、欧州委員会に対して以下のような提言をしています(以下、抜粋)。 

・消費者が明確で透明性のある情報を得られるように、生産方法を含む製造工程全体に渡る動物福祉について、透明性があり信頼できる動物性製品のラベル制度の構築を求める。

・競争条件を等しくし、EUの生産者の経済的利益を損なわれないように、また、諸外国がEUの動物福祉基準を満たすために、貿易政策をEUの動物保護・福祉基準に整合させること、また、第三国との貿易協定を見直し相互主義条項を新たな多国間・二国間合意に導入することを要求する。

・どのような動物福祉のラベル導入も、その導入初期の段階において、全ての利害関係者との協働のもと、明確な科学的指標に基づいた調和のとれた義務的なルールが必要であり、またEUの消費者に情報を提供するための大規模な啓発活動・教育が欠かせないことを強調する。

・全家畜種類を対象にした、自主的ラベル制度のための義務的なEU枠組みをつくることを視野に、EUレベルの包括的なラベル制度の構築に取り組むことを要求する。 

・EUの動物福祉基準に適合しない家畜や肉のEUへの輸入を禁止することにより、EUの畜産業を保護するための政策を導入することを要求する。

欧州で事業展開をしている日本企業は、EUが目指すこれらのアニマル・ウェルフェア政策にあわせて対応することになります。2019年に発効した日EU経済連携協定では既に、アニマル・ウェルフェアの向上に向けた両国間の協力の必要性、および協力に向けた作業計画の作成や作業部会の設置が明記されていましたが、実質的な政府間の議論は進んでいませんでした。今後は、日本の企業も畜産動物のアニマル・ウェルフェアへの配慮がより一層求められることになりそうです。

Janon Stock / shutterstock

(第3回おわり)

《訂正》2022年10月18日に公開した当初の記事で、ランク付けされる採卵鶏の飼育方法について、「(有機飼料で育てられた平飼い卵、有機飼料ではないが平飼いで育てられた卵、納屋で平飼いされた卵、ケージ飼いの卵)」としたのは、「(有機飼育、放し飼い、平飼い、ケージ飼い)」の誤りでした。(2022年10月31日修正)

(※1) Farm to Fork Strategy: For a fair, health and environmentally-friendly food system (https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/farm-fork-strategy_en)

European Commission “Farm to Fork Strategy: For a fair, health and environmentally-friendly food system”
(https://food.ec.europa.eu/system/files/2020-05/f2f_action-plan_2020_strategy-info_en.pdf)

(※2) La Fondation Droit Animal, “The European Union legislation on animal welfare: state of play, enforcement and future activities”
(https://www.fondation-droit-animal.org/proceedings-aw/the-european-union-legislation-on-animal-welfare/)

(※3) 「豚の飼養実態アンケート調査報告書」(公益社団法人畜産技術協会、平成27年3月)
(http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/H26/factual_investigation_pig_h26.pdf)

(※4) 採卵鶏の飼養実態アンケート調査報告書(公益社団法人畜産技術協会、平成27年3月)
(http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/H26/factual_investigation_lay_h26.pdf)

(※5) Directorate-General for Health and Food Safety “Study on Animal Welfare LabellingーFinal Report” (February 2022)
(https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/49b6b125-b0a3-11ec-83e1-01aa75ed71a1/language-en)

(※6) European Parliament resolution of 16 February 2022 on the implementation report on on-farm animal welfare
(https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-9-2022-0030_EN.html)

 

 

 

作成日:2022年10月18日 11時00分
更新日:2022年10月31日 12時34分