つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第4回 能登半島最先端の里山里海を将来に継承するための地域づくり

2017年09月19日グローバルネット2017年9月号

石川県珠洲市自然共生室 自然共生研究員
宇都宮 大輔(うつのみや だいすけ)

石川県珠洲市は能登半島の最先端にあり、約247km2の市域に約1万5,000人が暮らしています。三方を海に囲まれ、約67kmある海岸線は変化に富み、北は日本海、南は富山湾に面し、東端からは佐渡島が見えることもあります。長く変化に富んだ海岸線を反映し、食材となる海産物の種類や利用方法が場所によって違うことがあります。南北の海岸線の間には標高471mの宝立山を頂点とする丘陵状の山地が東西に伸び、そこから84本の河川が市内を流れています。

森と里と川と海が近い距離でつながっている珠洲市では、縄文時代から海や森を使って人々が生活をしてきました。また、大きな河川と広大な平野がない環境で稲作をするために、ため池を作り、棚田を整備してきた場所です。長い時間をかけて作られた珠洲の里山里海の風景の中には、多様な生き物が見られます。例えば、大型ゲンゴロウ類などの水辺の希少な動植物が生息し、サシバやオオタカなどの猛禽類が見られ、海には海浜植物群落や豊かな藻場・アマモ場が広がり、トキやコウノトリ、タンチョウなどが時々飛来します。

人と自然が関わり合って共存する中で、特徴的な文化も育まれています。田の神様を祭るため「アエノコト」が各家のスタイルで受け継がれ、初夏には害虫駆除を祈念する「虫送り」があり、9月から10月にかけては、「キリコ祭り」と呼ばれる灯籠神事が、連夜のように市内のどこかの集落で執り行われます。このように、長い歴史の中で作られた珠洲の里山里海は、多様な生き物と文化を育んできました。そのことが評価され、2011年に世界農業遺産(GIAHS)「能登の里山里海」の一部として認められました。

人材と生物多様性を守り育てる取り組み

珠洲市は、日本一幸せを感じられるまちをコンセプトとした、「珠洲市まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定しています。この総合戦略を実現していくための基盤の一つには、世界農業遺産に認定された「能登の里山里海」があります。恵まれた里山里海の環境を維持・活用しながら継承していくためには、里山里海の生物多様性を守る活動と、それを支える人材が必要です。

過疎高齢化が進んでいる珠洲市にとって、次世代を担う若手人材の不足は大きな課題です。この課題に対し、2007年から金沢大学および輪島市、鳳珠郡穴水町、能登町、石川県と連携した人材育成事業が始まりました。珠洲市には、この事業を含む奥能登における研究・教育の拠点である金沢大学能登学舎があります。閉校した小学校の空き校舎を再利用し、人材育成の教員スタッフとして金沢大学の研究者6名が常駐している他に、里山里海の保全活動に取り組む地元のNPOや珠洲市自然共生室が利用しています。

人材育成事業は、過去2回、運営体制や運営費の拠出、プログラム内容などを見直し、現在は金沢大学「能登里山里海マイスター」育成プログラムという名称で発展継続しています。能登の里山里海を理解し、持続的な利活用や保全につながる取り組みを主体的に実行できる若手を育てるため、45歳以下の人を受講生として募集し、月2回の頻度で里山里海に関する幅広い講義や実習を開講しています。また、1年間の受講期間中に、各自がテーマを決めて課題研究に取り組み、調査研究成果や課題解決策を取りまとめて報告することが修了条件となっています。毎年、奥能登だけではなく県内外から、農林漁業者、行政職員、会社員、医師、弁護士、自営業者など、多様な立場の受講生が集まります。これまでの修了生は144名に達し、約50名は珠洲市内で活躍を始めています。

生物多様性の保全では、能登学舎が整備されてから、金沢大学、NPO、珠洲市などが連携し、新たな取り組みが展開し始めています。大学の研究者によって、里山里海の利用方法と生物多様性の関係についての研究が進みつつあります。NPOは、外来生物であるアメリカザリガニの駆除やモニタリング、トキの生息環境を整備する活動、里山里海の保全・利活用や食文化の伝承に関する活動などに取り組んでいます。

また、珠洲市とNPOが連携し、市内全9校の小学3年生を対象に、各校下の田んぼを含む水辺2ヵ所で水生動物の観察をしています。普段は近寄ることの少ない水田に親しみを持ち、農業と生き物の関係を知ってもらうことを重視しています。同時に、保護者や農家の方々が参加する報告会を行い、地域の自然や生物多様性について、子供と一緒に考えてもらう機会を作っています。

一方で、集落の景観維持のための草刈り、川や水路、海岸の清掃など、集落住民が協力し合って継続している作業や、地域のグループが散歩道の整備や竹林などの整備に取り組んでいるなど、市内一円で住民による環境保全活動も行われています。

生物多様性を守る活動とそれを支える人を育てる活動が進展している中、珠洲市は2013年に地域連携保全活動計画を策定しました。里山、里地、里海といった三つの環境を維持し、持続的に利活用を進めることを目的とした活動計画を作ることで、住民による活動や、多様な主体が連携した活動を推進しています。

里山里海と地域の未来を担う「おらっちゃの宝」

里山里海を守るために始まっているさまざまな取り組みをさらに発展させ、持続する取り組みを生み出していくために、「おらっちゃの宝」による里山里海の持続的な保全に取り組むことにしました。1954年に誕生した珠洲市は、10地区に分かれています。冒頭に紹介した半島の先端という環境の特性もあり、それぞれの地区で里山里海の在り様や文化が違っています。生物多様性を守りながら持続的な地域づくりを進めるときには、住んでいる人々の意識や価値観との結び付きが重要です。そこで、珠洲市内の各地区にある自然や文化などを反映した地域の宝を守り、活用することで、宝を支える里山里海の保全や活用につなげて、持続的な地域づくりを進めることにしました。

取り組みを進めるために、地域の人々が何を大切にし、どの資源を使い、どのような活動をしているのかを共有し、地域の宝を再認識する必要があります。昨年度は2地区の方々を集めて、身近にある資源や自然の恵みを地図上に書き入れ、情報共有を図りました()。それぞれの人が情報を地図に示すと、地域への理解だけではなく、集落間での情報共有にも大変有効でした。今は、この地図を基に、住民が大切にしたい宝や集落を越えた地区での活動を決めようとしています。この動きを生かし、地域の住民が自然の恵みを認識し、大切な宝を決め、プラットフォームを作り、経済的な仕組みを作ることで、地域の里山里海を守り、活用する活動を展開できる礎を築くことを目指しています。市内10地区で同じような動きが出てくることで、地域の魅力が磨かれ、珠洲市の多様な魅力につながっていくと考えています。おらっちゃの宝を守り、活用する取り組みが、珠洲の里山里海を守り、地域の人々が誇りや幸福を感じて生きる社会を生み出す原動力となるように力を尽くしていきたいと思います。

図:若山上黒丸地区の地域資源マップ(2017)

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