日本の未来に魚はあるか?~持続可能な水産資源管理に向けて第7回 ASC認証の可能性 ―宮城県のカキ養殖での取得後1年を迎えて

2017年09月19日グローバルネット2017年9月号

公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
前川 聡(まえかわ さとし)

被災地から誕生した国際認証第一号

大きく育った戸倉のマガキ

あの東日本大震災から5年目を迎えた2016年3月、宮城県漁業協同組合志津川支所戸倉出張所のマガキ養殖が、国内初となる水産養殖管理協議会(ASC)認証を取得した(写真)。ASC認証とは、2010年より始まった水産養殖に関する国際認証制度で、養殖から派生する自然環境や生態系への影響を最小限に抑えるとともに、労働者の人権保護や地域社会への配慮といった責任ある養殖経営を求めている。

カキ養殖に従事する組合員37名、年間生産量100tという、小規模な生産者団体が一致団結して国際認証取得を目指したのは、まさに震災がきっかけであった。それ以前、戸倉海域(志津川湾)では、カキの過密養殖による生産性および品質の低下が顕在化していた。津波により養殖施設のほぼすべてを失ったが、養殖の再開を検討するにあたって、これまでの施設配置と配分を全面的に見直すこととし、最終的にカキの養殖施設数を半分以下にまで削減することに合意したという。結果、カキの成長速度は回復し、これまで2~3年かかっていた養殖期間が1年まで短縮されることとなった。環境収容力に見合った生産が、利益をもたらすことが証明されたのである。また生産規模を縮小したことで、生産管理にかかる作業時間が大幅に短縮されたこと、また自然災害による想定被害額も縮小されたこともメリットとして挙げられる。

震災からの教訓と成功体験を未来へとつなげるためには、生産者が協力し合うことはもちろんだが、継続的な第三者による客観的評価やマーケットからの需要が大きな後押しとなる。ASC認証へのチャレンジは、その目的にもかなっていた。認証を取得し維持するためには、審査とエコラベル使用にかかる費用が課題となるが、現状では販売単価の上昇にはつながっておらず、改善が望まれる。とはいえASC認証を取得したことで、さまざまな方面から問い合わせが増えており、少しずつだが新たな販売先も増えてきているという。

ASC認証制度の現状と課題

こうした養殖認証制度が生まれた背景には、人口増加と魚食普及による水産物需要の増加がある。天然の水産物の生産量はほぼ限界に来ており、その増加分は養殖生産により賄われている。ここ20~30年間世界の天然の水産物の生産量は横ばいであるのに対し、養殖生産量は年率6%で成長している。養殖産業が成長拡大する中でさまざまな環境、社会上の問題が浮上してきた。環境汚染や資源の過剰利用だけではなく、不適切な労働実態や周辺の地域社会とのトラブルである。私たちが口にする水産物の約半分は養殖由来で、こうした問題が潜んでいるかもしれない。「リスクがあるなら食べない」ではなく、「責任を持って生産された養殖水産物を選んで食べる」ことで、改善を進めたい。そのためのツールが認証制度である。ASC認証の対象魚種は今のところわずか8基準12魚種だが、世界中で500を超える養殖場が認証を取得しており、その数は急速に拡大している()。

図 ASC 認証を取得した養殖場数の推移(世界)

2020年には東京でオリンピック・パラリンピック大会が開催されるが、オリンピック憲章では環境問題に対し責任ある関心を持つことが奨励されており、大会で消費される水産物などの食料品や資材についても高い持続可能性が求められている。

オリンピック大会の開催まであと3年を切ったが、国内におけるASC認証の対応状況はどうであろうか。昨年ブリ・スギ類基準が発行され、さらには今年に入ってマダイやハタ、ヒラメなどの基準案が公開されたこともあり、認証取得に向けた現状確認や準備が進められつつあるが、本稿執筆時点で認証を取得した生産者は志津川のカキ養殖1社のみである。海外市場への輸出向け製品を作るベトナムの58社、インドネシアの4社と比べると認証取得は進んでいない。お隣の中国では4社が認証を取得している。拡大する世界の水産物市場を視野に日本でも2013年に「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」を策定し、水産物の輸出額を2020年までに3,500億円(2012年は1,700億円)とすることを目標とし、各種振興対策が行われているが、こと国際認証取得に関しては後進国と言わざるを得ない。とはいえ、2017年7月現在のASC認証を取り扱う国内企業数および認証製品数は45社239種で、前年の同時期における20社159種と比較すると、日本国内でもASC認証製品に対する市場は拡大していることがわかる。ただし、残念なことに海外産の認証製品によって占められているのが現状である。

よく国際認証は日本の現状に合っていないと指摘されることがある。確かに日本の関係法令や生産団体の取り組みにはない要件が含まれており、追加の取り組みが求められる点では、その指摘は正しい。例えばASC基準では養殖場における野生生物の死亡事故の発生件数の上限を定めている。

また多くの生産者を悩ませているのが、給餌と健康管理に関する項目である。とくに給餌効率の改善は、飼料原料となるカタクチイワシなどの小型魚の過剰漁獲問題とも関連し、厳しい要件が定められている。飼料配合の変更は養殖魚の品質はもとより、成長率や生残率にも影響するため、飼料メーカーはもとより研究機関などとの連携がこれまで以上に重要となる。

ASC認証取得のためのオペレーションの改善には、決して少なくない費用がかかる。これに加えて民間の監査機関に支払う審査費用が定期的に発生する。認証製品の市場が拡大傾向にあるとはいえ、市場での取引価格で付加価値が付いていない状況での支出増加が厳しいのは確かであろう。前述のカキ養殖の例では、南三陸町や宮城県が認証取得を奨励しており、補助金による支援も行っている。また、水産試験場、大学、NPOなどの協力体制も強化されつつある。生産者の自助努力だけに期待するのではなく、地域、行政、研究機関そしてもちろんマーケットなど多様なステークホルダーの関与と連携は不可欠である。

期待される水産認証制度の普及

ところで日本で水産エコラベルがなかなか普及しない理由として、日本の消費者がエコラベルの存在や必要性を認識していないことがしばしば指摘される。確かに消費者の意識調査(※1)では、日本の消費者は水産物の購入にあたって、鮮度や安全性、価格を重視し、環境配慮は選択基準の下位である。また水産エコラベルの認知度は10%台であり、欧米の先進国と比較すると低い。その一方で、水産エコラベルが付いていた場合、同価格または10%程度の価格差であれば購入したいとの回答が全体の75%を超え、日本でも潜在的には認証製品に対する需要があることが推察される(※2)

ASC認証に関連して、大小さまざまな生産者や流通業者と意見交換をすることが多いが、共通して言えるのは、2020年は一つのターゲットではあるが、あくまでも通過点であるという意識である。認証制度の限界も理解した上で、現状の課題を打破するためのツールとしてどう活用するかが重要である。「レガシー」として何を生み出すのか。その一つが環境と社会問題に配慮した水産認証制度の普及であることを期待したい。

※1:森田・馬奈木(2010)水産エコラベリングの発展可能性――ウェブ調査による需要分析

※2:農林水産省(2015)平成26年度農林水産情報交流ネットワーク事業全国調査食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査

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