環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第30回 長寿ペットの行き着く先~ミドリガメ問題

2017年10月16日グローバルネット2017年10月号

地球・人間環境フォーラム
萩原 富司(はぎわら とみじ)

今年2月、「多様化する地域の環境問題を知る・束ねる」と題した全国環境研究所交流シンポジウムが国立環境研究所(茨城県つくば市)で開催されました。この中の最初のセッション「外来種の侵入実態の把握と対策の現状」では、五箇公一国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室長による外来生物対策研究の紹介があり、その後全国の研究所からミシシッピアカミミガメ(以下、アカミミガメ)や外来アリについての報告がなされました。五箇氏は、「外来生物法により、一般の人々の間で外来生物に対する意識や認知度は高まり、外来生物の防除活動も広がりつつあります。しかし、具体的防除技術が開発されないまま、法律で種指定が進んだため、地方自治体は手探りで防除を進めるしかありません」と実行可能な防除手法の開発とマニュアル化の必要性を訴えました。本稿では、外来生物による被害について、身近なペットであるアカミミガメを例にとって考えてみたいと思います。

アカミミガメ

1950年代後半から、鮮やかな緑色のミドリガメが祭りの露店や観賞魚店で売られるようになりました。このカメの正式名は北アメリカ原産のミシシッピアカミミガメで、雑食性で一般の家庭でも簡単に育てることができます。「カメのえさ」を食べて大きくなった個体はやがて黒ずみ、小型水槽では飼えなくなります。さらに成長すると甲長が30㎝近くにもなり、給餌や水替えも大変になります。子どもの手のひらで遊べるくらいであればかわいいのですが、大きくなると鼻息で人を威嚇するようになり、かみつくこともあります。アカミミガメの寿命は40年といわれていますが、そんな長期間飼育する人はいるでしょうか?

買われた数と飼い続けている人の数が合いません。つまり、ほとんどが野外に遺棄されたり、逸出して野生化することとなり、これらのカメが繁殖して日本各地でいろいろな問題を引き起こしています。

ミドリガメの幼体。成長とともに甲羅と皮膚の黒化が進み、目の後ろにある特徴的な赤い模様も黒ずんで不鮮明になる。成長すると甲羅は扁平かややドーム状に盛り上がり、幼体と比べて大きく変化する。
 写真提供:認定NPO 法人 生態工房

生態系への被害と日常生活への影響

日本の本州、四国、九州に分布するカメは、日本の固有種であるイシガメの他に、中国や韓国から移入されたクサガメ、北米から移入されたアカミミガメの3種で構成されています。クサガメが移入されたのは1700年代で、ペットとして飼育されていたものが遺棄、逸出して全国に生息地を広げたようです。アカミミガメが本格的に輸入されるようになったのは1950年代後半ですが、2003年に日本自然保護協会が実施した全国のカメの一斉調査「日本全国カメさがし」では、目撃情報の62%がアカミミガメでした。2007年の東京都の善福寺公園における調査ではアカミミガメ、クサガメ、イシガメがそれぞれ56%、32%、3%で、2016年の兵庫県の福島大池における調査ではそれぞれ96.2%、2.4%、1.4%でした。このようにカメ相は外来種によって置き換わり、在来種のニホンイシガメは危機的状況にあります。大型のアカミミガメは同じような食物を利用するクサガメやニホンイシガメの食物やすみかを奪い、置き換わっていると考えられます。

アカミミガメによる被害は在来種への影響だけにとどまりません。アカミミガメは雑食性ですが、水生植物を好む傾向があり、兵庫県の狐狸ヶ池や滋賀県の彦根城の堀に生育する希少種オニバス(スイレン科の水生植物)の食害が問題になっています。また、国内最大級のハス群生地として知られる滋賀県の琵琶湖や徳島県鳴門市のハス田ではレンコンの新芽が食い荒らされ、観光業や農業に甚大な影響を与えています。

さらに、自然が残る地方の線路では思わぬ影響が出ています。硬い甲羅が、Y字型のポイントに挟まり、ポイント切り替えを妨げ、JRの和歌山線や成田線などでは、このポイントトラブルが列車遅延の原因になっています。奈良県では、2015年よりポイント手前にU字溝のカメトラップを設置しました。トラップにかかったカメは、在来種は線路外へ放ちますが、外来種のアカミミガメは専門の収容施設に引き渡すことにしているといいます。

法規制の動き

生態系などへの影響が懸念されることから2005年の外来生物法施行に伴い、アカミミガメの特定外来生物への指定が検討されました。しかし、すでに大量に飼育されており、指定することにより野外への大量遺棄が発生する恐れがあるなどとして見送られ、「要注意外来生物」に位置付けられました。その後2013年の動物愛護管理法の改正に伴い、対面販売と飼育方法の説明が義務付けられ、終生飼育(努力義務)の徹底が図られました。そして2015年、外来種被害防止行動計画において防除、遺棄・逸出防止などの緊急性が高いとして「生態系被害防止外来種リスト」において緊急対策外来種として、段階的に法規制の導入が検討されることになりました。生態系にも日常生活においても上記のような深刻な影響が生じているため、輸入、販売、所有の禁止など規制の実施が待たれています。

昔からの習慣とペットの長寿問題

神仏の宗教儀式として、生き物の命を大切にする考えから、捕らえた鳥や魚などの野生生物を野に放ち、殺生を戒める放生会の習慣があります。江戸時代にはこの習慣が様式化されて、亀屋から買ったカメを野に放つことにより、功徳が得られるという娯楽行事になっていました。そのため現在でも社寺仏閣には放生池があり、飼育できなくなったアカミミガメが大量に遺棄されています。

このような考えが日本人の根底に宿るのか、全国各地で養殖のコイが放流されて、川や池にコイだけがいるようないびつな生態系が形成されています。普段食べている魚や動物に感謝し、生き物の命を大切にすることは良いことですが、野生生物には自然分布があり、分布域を越えた放流は、外来種を拡散させる行為そのものです。アカミミガメについても同じことがいえます。

私たちの身近なペットであるイヌやネコの寿命は10~15年といわれ、高齢になると特別な医療や管理を受けて天寿を全うするか、飼い主より長生きした場合には殺処分あるいはボランティア団体に引き取られ、最後まで管理されます。一方、長寿ペットの場合はどうでしょうか。小さいころは可愛かったミドリガメが大きくなり飼い主にかみついてきたらどうしますか?

また、10㎝のアリゲーターガー(2016年特定外来生物に指定)に餌を与え続けて2mにもなったら、40年も50年も面倒を見切れますか?

ペットを飼う際には、幼体から成体になるまでの容姿の変化や管理方法、わが国で野生化した場合の振る舞いなどについて十分な情報を集める必要があります。アメリカから持ち込まれたアカミミガメにとっては、日本の川やため池、堀やハス田がついのすみかになってしまったのです。

外来種の除成駆功事例に学ぶ

五箇氏のプロジェクトでは他の研究機関および行政とも共同で化学的防除手法により、アルゼンチンアリの定着個体群根絶に成功しています。さらにこの手法はマニュアル化されて全国の都道府県で実装されつつあります。アルゼンチンアリの場合には生息範囲を事前に特定して、遅効的殺虫剤を餌に混ぜて巣に持ち帰らせることにより、巣内の個体を死滅させるなど対象種の生態に合わせた薬剤の選定がされています。アカミミガメでは生態研究と合わせて行政ならびに飼育者とペット業者などの関係者と協同した根絶手法が求められています。

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