INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第44回 「青空防衛戦」の布告 

2017年10月16日グローバルネット2017年10月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

「青空防衛戦」の布告 「十九大」開催の影響?

10月18日から北京で中国共産党第19回全国代表大会(「十九大」)が開催される。5年に1回開催されるこの大会は中国共産党にとってもっとも重要な会議である。習近平総書記体制の強化は既定路線であるが、5年前のこの大会で党規約を改正し、新たに盛り込まれた「生態文明の建設」がどのように発展するのか個人的には大いに注目される。環境保全との関わりがもっとも深いスローガンだからだ。

十九大の内容についてはまた別の機会に触れることとして、十九大開催に関連する環境対策措置について少し紹介してみたい。2008年の北京オリンピック以来重要な国際イベントや国際会議の実施期間およびその前後の期間に、良好な大気環境を確保するために、開催地およびその周辺地域において工場の操業短縮・稼働停止措置や自動車交通の制限などを実施し、青空を実現する措置が取られるようになったのは周知のとおりである。最近では2014年11月のAPEC(北京)、2016年9月のG20サミット(杭州)、今年5月の「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム(北京)開催の際に実施されたが、実現した青空は半分皮肉を込めて“APECブルー”などと呼ばれた(本連載第29回2014年12月号参照)。措置は次第にエスカレートし、重要な国内行事の際にも取られるようになった。今回も早くも9月中旬頃から市内の工場の生産稼働停止措置が始まったようだ。実際に工場の人に聞くと、操業停止を確実なものにさせるために電気の供給も止めるという周到さということだ。

実は私の仕事の関係上、このような措置を取られて困ったことが起きている。福岡県と江蘇省との間で実施している紡織染色工業の省エネ・汚染物質排出削減モデル事業を支援しているのだが、この事業では日本の技術を採用した省エネ・高効率の生産設備を現在北京市郊外にある工場で製造している。今回の措置により1ヵ月以上工場の稼働を停止させられることになると、約束した年内の納期に間に合わなくなってきた。納期に間に合わないとどういうことが起きるかというと、江蘇省内の地元政府からの環境対策補助金が出なくなりコストが数割アップするのだ。設備を導入する企業にとっては大きな痛手である。北京市での環境対策の実施が他の地域での環境対策を遅らせるという皮肉な連鎖になる。同じようなことは他の地域でも起こっている。

今年の大気環境は悪化の傾向

今年上半期の北京・天津・河北省およびその周辺地域での大気環境は総じて悪化し、微小粒子状物質(PM2.5)濃度は昨年の同時期と比べて5.4%悪化したと報告されている。2013年のPM2.5常時監視開始後初めて濃度が下降せず、逆に上昇する状況が現れた。山西省の太原、河北省の石家荘などの都市では今年上半期、昨年同時期に比べて30%以上濃度が上昇した。

2013年に制定された大気汚染防止行動計画(本連載第22回2013年10月号参照)は、党中央および国務院が承認した最も重みのある計画として鳴り物入りで登場したが、2017年が第1段階の目標達成期限になっている。この第1段階の目標は次のとおりであった。

「2017年に、全国の地区級以上の都市の粒子状物質濃度を2012年比10%以上低減し、優良天気日数を年ごとに増やす。北京・天津・河北省、長江デルタ、珠江デルタなどの地域の微小粒子状物質濃度をそれぞれ25%、20%、15%程度低減し、そのうち北京市の微小粒子状物質の年間平均濃度については60μg/m3程度にする。」

北京・天津・河北省地域のPM2.5濃度を25%程度低減し、そのうち北京市のPM2.5年間平均濃度については60μg/m3程度にするとされているが、昨年までの各地域のPM2.5年間平均濃度実績をみると表のとおりであった。

表 PM2.5年間平均濃度実績 (出典)各地域の環境状況公報(環境白書)等をもとにIGES北京事務所調べ
2013年 2016年 下降率(%)
北京市 89.5μg/m3 73μg/ m3 18.4
天津市 96μg/ m3 69μg/ m3 28.1
河北省 108μg/ m3 70μg/ m3 35.2

2012年のPM2.5年間平均濃度は公表されていない(正式に測定されていない)ので2013年のデータと比較してみたが、天津と河北省は25%以上低減しているが、北京市では低減がうまく進んでいない。このままでは60μg/m3程度の年間平均目標の達成も難しい状況だ。

目標が達成できなければ中央政府や地方政府の責任者が叱責を受けることになるから、政府は必死にならざるを得ない。今年上半期の悪化を受けて、北京市以外の地域でも工場の稼働停止や生産調整措置を取り始めている。私は山東省でも環境対策施設建設のモデル事業協力を実施しているが、ここでも他の地域の工場稼働停止の影響を受けて、建築材料の高騰や入手困難などの現象が起こっている。また、導入する機械設備の製造も遅れており、こちらも約束した期日までの完成が間に合わなくなっている。

その他身近なところでは私の生活にも影響が出ている。北京市ではボイラーの高度化改造推進の一環として今年中に市内のガスボイラー2,500台の低窒素改造を完成させることとしており、私の住んでいるアパートのガスボイラーも対象に含まれ、9月中旬から改造工事が始まった。終了までの一定期間温水の供給もストップし、シャワーも浴びられない。水浴には寒い季節になっているからこの間地方出張を繰り返してしのいでいるありさまだ。

今年の秋冬季大気汚染総合対策攻略行動計画策定

以上のような背景から、今年8月、中央政府の環境保護部など10部門および北京、天津、河北省など6地方政府は合同で、「北京・天津・河北省および周辺地域の2017~2018年秋冬季大気汚染総合対策攻略行動計画」(以下、攻略行動計画)を策定通知した。通知ではこの攻略行動計画による措置を「青空防衛戦」と呼んでいる。多くの措置が書かれているが、もっとも重要と思われる措置を抜粋して以下に紹介しておく。

【調整と審査の強化】

  • ・各関係省(市)は2017年9月末までに、環境保護部に「散・乱・汚」企業※の是正リスト、無組織排出改造全リスト、工業企業ピークシフト生産停止・生産制限計画プロジェクトリスト、大気汚染排出源インベントリー、重度汚染天候緊急時対応計画排出削減リストを報告する。
  • ・2017年10月末までに、保留する石炭ボイラーのリスト、排気口の高さが45mを超える高所排出源リストを報告する。
  • ・2017年10月からは、各関係省(市)と中央企業は毎月5日まで重点任務の進展状況を報告する。大気汚染総合対策に不作為がある、あるいは行為が遅れている地方に対し、中央の環境保護特別監督査察を実施する。審査と問責を強化する。
  • ・環境保護部は毎月、大気質の改善幅がタイムスケジュールの進度に達しない、あるいは重点任務の進展が緩慢な都市と区県には警告通知書簡を配布する。
  • ・四半期ごとの大気質改善幅が目標任務に達しない、あるいは重点任務の進展が緩慢、あるいは大気質指数(AQI)が引き続き500超の(“爆表”している)都市と区県に対しては、地元政府の主な責任者を公開喚問する。
  • ・最終的に大気質改善目標任務を達成できない、あるいは重点任務の進展が緩慢な都市と区県に対しては、関係責任者の責任を厳しく追及し、地域認可制限措置(環境影響評価の批准制限)を実施する。

9月14日、環境保護部はこの措置を確実に実行するために、来年1月4日まで延べ5,600人以上を動員して102組の巡視査察組を各地に派遣することを決定し、翌15日から査察を開始した。形振り構わぬ青空防衛戦の宣戦布告だ。

 

※「散・乱・汚」企業とは、①産業政策や現地の産業配置計画に合致しない企業、②工業・情報化、発展改革、土地、計画、環境保護、工商、品質監督管理、安全監督管理、電力などの部門の承認手続きを実施していない企業、③安定的に基準を満たして汚染物質を排出することができない企業を指す。

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