21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第27回 石炭からの撤退を先導する英国の気候変動政策

2018年01月16日グローバルネット2018年1月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

はじめに

昨年11 月に開催されたCOP23(気候変動枠組条約第23 回締約会議)は、パリ協定の実施指針作りに向け、着実な成果を上げたと評価されている。ただしその実施に向けては多くの課題が残されている。

パリ協定は21 世紀後半に地球全体で人為的温室効果ガスの純排出量ゼロを求めている。それには早急な温室効果ガス排出の大幅削減とりわけ化石燃料使用の抑制が必要だ。その意味でCOP23 における陰の重要テーマは、石炭利用からの撤退であった。

パリ協定第4 条では各国に低炭素長期発展戦略の策定を求めており、すでにカナダなど幾つかの国では策定済みである。筆者はCOP23 の直前に来日した英国気候変動委員会副会長のバロネス・ブラウンさんから最近の英国気候変動政策の動向につき、詳しく伺う機会があった。英国はカナダとともに、COP23 で石炭火力発電を早期に全廃し再生可能エネルギーへの移行を進める脱石炭発電連合(PPCA:Powering PastCoal Alliance)設立のリーダーシップも取っている。

 

英国の気候変動政策

英国では2016 年6 月の国民投票の結果、欧州連合(EU)離脱を決定した。その後就任したテレサ・メイ首相は従来のエネルギー気候変動省を改組しビジネス・エネルギー・産業戦略省に統合した。当時の政治的混乱から、気候変動政策の優先順位の低下も危惧されたが、新政権発足直前の2016年6月30日に第5期カーボンバジェット(2028 ~ 2032年のGHG排出上限、二酸化炭素換算1,725 Mt)を承認すると英国政府が発表。2017年10月に「クリーン成長戦略」が発表され、法制化された第5期カーボンバジェットを達成するための政策が示された。

英国は、2008年に気候変動法を制定し、世界で初めて政府に温室効果ガス削減を法的に義務付けた。2050年に温室効果ガスの1990年比80%削減という法的拘束力のある数値目標を設定し、この目標を実現するためにカーボンバジェット(Carbon Budget)制度を規定している。さらに気候変動法に基づく独立機関として「気候変動委員会」が設置され、カーボンバジェット設定に関する政府への助言と2050年目標達成に向けた政府の取り組みのモニタリングを行っている。

英国の気候変動法は、主務大臣に対し、2050年の英国の純炭素排出量が1990年のベースラインを少なくとも80%下回るようにすること、そのために、①2008 ~ 2012年の期間から始まる5年ごとの温室効果ガス排出量の上限(カーボンバジェット)を設定し②予算期間中の英国の温室効果ガスの排出量がカーボンバジェットを上回らないようにすること、を求めている。

カーボンバジェット制度は、2050年までの道筋を示すため、5年ごとの3期間(15年分)の温室効果ガスの排出量について英国政府に策定を義務付けた排出キャップである。これにより、英国の産業界と社会に2050年の80%削減に向けた低炭素経済の促進と費用効果の高い削減経路について明確な方向性を与えることができる。法に基づき、2009年6月1日までに第3期分(2008 ~ 2012年、2013 ~ 2017年、2018 ~ 2022年)のカーボンバジェットが設定され、それ以降については対象期間の起算日から12年前の6月30日までに行うことになっている。第5期カーボンバジェットは、2016年6月に政府が承認し、同年7月に議会を通過し制定された。

カーボンバジェット達成のための主要施策として、EUレベル排出量取引制度(EU-ETS)、気候変動税と気候変動協定の実施、炭素の下限価格の設定、差金決済取引を用いた低炭素電源の固定価格買取制度、新設の火力発電所への排出性能基準の設定などが導入され、これらの施策により、第1期から3期までのカーボンバジェットは達成される見込みである。

第5期カーボンバジェットに基づく2050年までの道筋は図①の通りである。クリーン成長戦略によると、第4期または第5期カーボンバジェットの達成には現行政策では不十分であり、政策ギャップを埋めるための発電・運輸・建築分野のイノベーションが強調されている。

図1:英国のカーボンバジェット(CO2 排出上限量)と2050 年までの道筋(出典:英国気候変動委員会)

英国は現在世界最大の洋上風力発電容量を誇り、その発電価格も急速に低下している。気候変動委員会では2020年代初期には洋上風力発電はおそらく「補助金ゼロ」となると見通している。電力部門の脱炭素も進展し、とりわけ炭素の下限価格の設定(2013年トン当たり9ポンド、2015年トン当たり18ポンド)と、新設の火力発電所の排出性能基準が石炭使用の削減に寄与した。また、埋め立て税(landfill tax)の引き上げが、廃棄物の埋め立て地からのメタン排出削減に寄与した。

さらに英国政府は2015年11月に英国内の対策なしの石炭火力発電所を2025年までに原則全廃すること、そして2017年7月には、ガソリン車とディーゼル車の新規販売を2040年から禁止すると発表している。今後EUとの離脱交渉の結果によりEU-ETSの枠組みの変更など不確定な要素はあるものの、英国はこれまでのところ他のG7 諸国よりも高い経済成長を遂げながら、より早く温室効果ガスを削減することに成功している(図②)。気候変動法に基づく法的拘束力のある目標設定、その実現を担保するカーボンバジェットなどさまざまな政策手法とインセンティブの導入が、英国の効果的な気候変動政策を支えてきたと評価できる。

図2: 英国は経済成長を達成しつつG7 よりも早く排出量を削減(出典:英国気候変動委員会)

石炭火力廃止への動き:脱石炭発電連合の発足

COP23では石炭火力発電に対する圧力が高まり、国内外で石炭火力発電所の新増設を推進しようとする

日本の姿勢も厳しく問われた。COP23中の2017年11月16日、英国政府とカナダ政府が中心となり、石炭火力発電を早期に全廃し再生可能エネルギーへの移行を進める脱石炭発電連合(PPCA)が発足した。すでに27の中央政府や州政府が参加しており、企業やNGOにも参加を求めている。COP24までに加盟国を50に拡大する目標を掲げているが、日本は参加を保留している。

PPCAに参加する政府は、既存の石炭火力発電を早期に全廃し、炭素回収・貯蔵(CCS)設備を設置していない石炭火力発電の新設を停止することにコミットしなければならない。また参加企業とNGOは、石炭火力発電を電源とする電力以外で事業をしなければならない。さらにすべての参加者は政府の政策や企業の方針および投資を通じて再生可能エネルギーを支持し、CCS設備を設置していない石炭火力発電への投融資を制限しなければならない。今後具体的な取り組み事例と最良慣行を共有し、具体的なイニシアチブを進めていくこととしている。石炭を利用した産業革命発祥の地である英国が石炭時代の終焉の旗を振るのは、歴史の偶然だろうか。

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