日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第11回 歴史あるイワシ漁にハマグリ加わる―千葉県・九十九里浜

2018年02月16日グローバルネット2018年2月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

外房のJR東金駅から九十九里浜に向かって10kmほど。片貝海水浴場に着くと、夏はにぎわう遠浅の太平洋が広がる。訪れた10月下旬の太平洋は大きな波が力強く打ち寄せていた。「日本の白砂青松100選」「日本の渚100選」に選ばれ、どこまでも続く砂浜と海は明るい夏のイメージだ。日本の高度成長期のきらきらしたイメージが、ご当地ソング『想い出の九十九里浜』(歌Mi-Ke)に重なってしまう。人は自然に触れて元気になるのだ。すぐそばの「九十九里ふるさと自然公園センター」は、規模こそ小さいがコンパクトにまとまった博物館で、漁業を絡めた房総の自然史がよくわかる。千葉県には日本の自然保護運動の先駆者、沼田眞(1917-2001)が初代館長を務めた千葉県立中央博物館(1989年開館、千葉市)があり、同じような自然に対する真摯な思いを感じた。

漁港整備の恩恵に感謝

近くには九十九里浜の漁業の拠点である片貝漁港がある。さらに2015年にオープンした「いわしの交流センター」(愛称「海の駅九十九里」)があり、イワシの資料館の水槽でイワシ3,000匹が回遊していた。同じ方向に流れる銀色の魚の群れは迫力がある。九十九里町には世界でも唯一のイワシをテーマとした町立「九十九里いわし博物館」があるが、2004年の天然ガス爆発事故で休館になり、その収蔵品は資料館に移されている。

水槽で回遊するイワシの群れ

資料館は九十九里浜の漁業の歴史を写真パネルや漁具展示などで紹介している。漁港がなかった半世紀前には、漁船は遠浅の荒海から浜に引き上げていた。波にもまれながら船を海に出す力仕事。男はフナガタ、女はオッペシと呼ばれた漁民たちの日に焼けた笑顔に海の民の力強さがあふれている。夭逝の洋画家青木繁の『海の幸』を思い出した。その絵の舞台は同じ房総半島にある館山の布良である。

次に九十九里漁業協同組合を訪ね、組合長の小栗山喜一郎さんに話を聞いた。「今ある片貝漁港がなかったら漁師はやってないでしょうね」と、厳しかった労働の記憶をたどる。かつての漁業からすっかり様変わりした現在のイワシ漁(カタクチイワシとマイワシ)は、中型巻き網漁。5隻が1組の船団で行う場合、2隻が魚群を網で大きく巻いて絞った後、三角網でイワシをすくって運搬船に収容する。3隻が運搬船で、1回の網入れで80tから100tが捕れるという。漁協に所属するのは2船団9隻。朝から昼にかけての漁で集魚灯は使わない。煮干しに加工する場合も魚の鮮度が大切になるため、漁獲後に氷を入れたコンテナバッグを使うことも研究しているという。

片貝漁港

1980年代のマイワシが豊漁だったころ、食用は2、3割でほとんどを冷凍して飼料に加工していた。だが、マイワシが捕れなくなり漁船の減船などが相次いだ。カタクチイワシの漁獲は増えたものの総量が少ないため、フィッシュミールの工場は廃業に追い込まれた。ところが近年、カタクチイワシが減って再びマイワシの漁獲が増えているという。小栗山さんは「研究者が予想していることが現実になっているようです」。

日本のマイワシ漁獲は1980年代に400万tを超えた後、激減した。2005年にはわずか約3万tまで減った後、数年前から漁獲が増え、資源回復の兆しが見えている。これは水温や気候が数十年周期で急激に変化するレジームシフトと呼ばれる現象によって起こる「魚種交代」。イワシやサバなどの多獲性浮魚類の優先種が数十年周期で入れ替わると説明されている。

資源管理への理解訴え

イワシとともに漁協の収益の大きな柱になってきたのはハマグリだ。「6月から8月にかけては身が入っておいしいですよ」と小栗山さんが太鼓判を押す殻長5㎝以上のハマグリは、「九十九里地はまぐり」として千葉ブランド水産物の認定を受けている。

九十九里浜では水深5mまでの砂泥底にいるハマグリを捕る。漁の方法は、底引き網漁法の一つで貝桁網漁という方法で、幅約3mのつめの付いた鉄製の箱のような漁具で底に潜っているハマグリを捕る。漁協組合員なら浅瀬でジョレンに似た腰巻き漁具(腰カッター)を使って捕ることができる。

捕ることのできるハマグリは殻長3cm以上。サイズが大きいと高価になるので、資源管理して漁業者の収入を増やすことができる。小さな貝の価格は300~500円/kgと安いが、1年後に5cm程度になると1,000~2,000円にもなる。漁の頻度を調整し、小さい貝は捕らないようにし、1kg当たり500円以下になると休漁などの制限をする。腰カッターで採捕される小さなハマグリ(3cm以下)は漁協が買い取り、沖に放流するなどしている。

九十九里浜ではハマグリの漁業権が設定され、許可なく採捕した違反者には罰金などの刑罰がある。海岸沿いのサーフショップへの協力依頼や看板でハマグリを採捕しないように訴えている。

九十九里浜や北の鹿島灘などのハマグリはチョウセンハマグリ(漢字は汀線蛤。汀線は海水面と海浜との境界線を意味する)で、同じ千葉県でも東京湾産のハマグリと大別されるが、いずれも日本の在来種。外洋産のチョウセンハマグリは、大粒で三角形に近い形が特徴だ。別種で東アジアに生息するシナハマグリが大量に輸入され、ハマグリとして一般に流通しているのでややこしい。

砂の供給システム狂う

浜に出て海を眺めるとサーファーが大きな波に乗って楽しんでいるが、そのすぐそばに消波ブロック(離岸堤)があり目障りな風景だった。実は現在、九十九里浜は砂浜の侵食が進行し、消失が危惧されている。多くの海水浴場が閉鎖に追い込まれた。日本の海岸はダム建設などによって土砂の供給が止まり、どこも同じような海岸侵食の問題を抱えている。

消波ブロックの近くでのサーフィン

全長約60kmの九十九里浜は北端にある屏風ヶ浦(銚子市、旭市)と、南端にある太東埼(いすみ市)が波で削られ、その土砂が堆積して6,000年かけて形成されたといわれる。その侵食を防ぐために、消波ブロックを設置したら土砂の供給はストップしたが、今度は九十九里浜の砂浜が縮小し始めた。海岸が侵食されると、高潮などの自然災害のリスクが高まり、ハマグリの生息域消失にもつながる。侵食対策は消波ブロック、人工リーフ(潜堤)、人工岬「ヘッドランド」の設置や養浜が考えられる。うちコストが安いのがヘッドランドで現在22基ある。千葉県は今後さらに増やしたい意向だ。自然保護団体などは「効果はなく自然破壊につながる」として工事見直しを求めている。

インターネットのグーグルアース航空写真を見ると、岸から海にヘッドランドが突き出た様は白砂青松には程遠い。海外の例にあるように、自然に任せて人工物は設置しない方がいいに決まっている。だが目前に現実の脅威があり、対応を迫られる行政の責任は重い。千葉県の森田健作知事は青年俳優だったころ、剣道着を着て「青春だ~!」と砂浜を走っていた。この難問を解決する知恵と決断を期待できないものか…。

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