環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第32回 日本海研究最前線~地球温暖化を映し出す鏡~

2018年02月16日グローバルネット2018年2月号

地球・人間環境フォーラム
刈谷 滋(かりや しげる)

わが国に豊富な海洋資源と水資源の恩恵をもたらしてくれている日本海。南から流入する対馬海流は豊富な海の幸を運び込み、また冬季には、シベリアからの季節風が海面から大量の水蒸気を奪って日本海側の山岳地帯に降雪をもたらす。雪は時間をかけて溶け出すので、自然の水貯蔵庫になり、森林を潤し続け、おいしい米の源ともなっている。

この日本と一心同体ともいえる日本海に、ある異変が起きていることがわかってきた。それも、地球温暖化がその要因であることがほぼ確かになってきたという。

今回、温暖化が日本海に与える影響を調査している研究グループの代表者である国立環境研究所地球環境研究センターの荒巻 能史主任研究員に話を伺った。

日本海は「ミニ大洋」

日本海は、ユーラシア大陸と日本列島に囲まれた最大水深3,700m超の非常に閉鎖性の強い海である。周囲の海洋とのつながりは、水深200mにも満たない対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、間宮海峡の四つの海峡である。したがって、おおむね水深200mまでの表層部では対馬海峡から流入する対馬暖流が北上し、その大部分が津軽海峡と宗谷海峡からそれぞれ太平洋とオホーツク海へと出て行ってしまう。この南から北へと流出していく表層部の海水が「ふた」をする形で、200m以深から数千mの海底までは、1℃以下の冷たくて重く、化学的にも非常に均質な海水が日本海内にとどまっているような状況になっており、これを日本海固有水(以下、固有水)と呼んでいる。

以前よりこの固有水は、同緯度・同深度の太平洋の海水と比較して、より豊富な酸素を含んでいることがわかっている。一般に、海洋では表層から沈降するプランクトンや魚の死骸をバクテリアが分解する際に酸素が消費されるために、深度が増すごとに酸素濃度が低下するが、固有水が海底まで豊富な酸素を含んでいる理由は、冬季の季節風にある。「冬季の日本海では北西部海域に吹き込む非常に冷たい季節風により、表面海水は氷結するほどに冷やされて固有水よりも密度が増して重くなり、海底付近まで沈み込んでいきます。その結果、酸素を豊富に含む表層海水が海洋深層へと供給されます。日本海では、このような独自の深層循環システムが存在しており、これは北極周辺の北部北大西洋で深海に沈み込んだ表層海水が南極を経由してインド洋や太平洋の深海を巡る深層大循環と同じメカニズムです」と荒巻氏は日本海の興味深い点を強調した。日本海には小さいながらも大洋で見られるさまざまな海洋現象が存在しており、「ミニ大洋」とも呼ばれるゆえんとなっている。

日本海で何が起こっているか

日本海では、上述の深層循環により海底まで豊富な酸素が行き渡り、これが日本海の水産資源を支える一因にもなっている(ベニズワイガニは2,000m以深にも生息)。ところが近年、深層の酸素濃度が減少してきているというのだ。荒巻氏によると、固有水の水深2,000mよりも深い層の海水(以下、底層水)では、少なくとも1960年代以降、酸素濃度が1年に0.8μmol/kgの割合で減少してきているという()。

図 日本海底層水の溶存酸素濃度の時間変動
「〇」と「●」のプロットは日本海底層水中の溶存酸素濃度(μmol/kg、単位は左軸)、実線は毎年12 〜 2 月の間にロシア・ウラジオストク市の最低気温が-20°C を下回った日数の各年積算日数(日、単位は右軸)を示す。また、破線及び表上部の▽印は積算日数が25 日を超す厳冬年を示す[Kumamoto et al., 2008 を一部改変]

 

「これは温暖化によって冬季の季節風による海面の冷却効果が弱まって酸素を豊富に含んだ表面海水が十分に深海まで沈み込まなくなり、バクテリアによる酸素消費が酸素供給を上回ったためであると推測されています」と説明する。図を見ると、季節風の大陸からの吹き出し部に位置するロシア・ウラジオストク市の冬季の冷え方が近年徐々に弱まってきており、これに伴って底層水の酸素濃度も低下してきているのがわかる。「私たちの最近の調査によって、バクテリアによる酸素消費量が1年あたり約2.0μmol/㎏程度であることがわかってきました。現在の底層水の酸素濃度が約200μmol/kgですので、冬季の表層水の沈み込みが完全に停止してしまうと、およそ100年後には日本海の底層は無酸素化するという衝撃的な結末となってしまいます」と荒巻氏は警鐘を鳴らす。

冬季の表層水沈み込みはどのくらい弱まっているか

日本海を特徴付ける表面海水の沈み込みは、果たしてどの程度弱まっているのだろうか。ここまでは、水の動きを酸素の量(溶存酸素量)で追ってきたが、この他にも水の動きを知ることができるさまざまな指標がある。荒巻氏の研究グループは、この沈み込み量の過去と現在の違いを知るために、海水中に溶け込んでいるクロロフルオロカーボン類(フロン類)に注目した。フロン類も酸素同様に表面海水に溶け込んでおり、海水中では極めて安定しているので、大気濃度の比率を保ったまま表面海水に溶解している。フロン類は生産が開始された1930年代から現在まで各種フロンの大気中濃度の年々変化が調べられているので、海水の時間的な動きも追うことができる。日本海では毎年冬季にその年固有の各種フロンの大気中濃度比を反映した表層海水が沈み込んで、少しずつ底層水と混じり合っていくため、現在底層水で観測されるフロン類の濃度は、1930年代から現在までに沈み込んだ海水の量に依存した濃度となる。そこで研究グループは、2010~2012年にかけて深層のフロン類を精密に測定し、毎冬沈み込みを起こす表層水がどの程度、底層水に供給されたかをシミュレーション解析によって調べた。まず、フロン類の製造が増え出した1940年から2010年の70年間を「過去」(1940~1975年)と「現在」(1976~2010年)の二つに分けた。「過去」と「現在」のそれぞれの期間内では表層水の沈み込み量は一定で変わらないものと見なした。そして、公表されている大気中フロン類の濃度から1940~2010年までの毎年の底層水中フロン濃度を推定し、2010年の実際の測定結果と比較した。

結果は、「『現在』の表層水の沈み込み量が、『過去』の15~40%程度にまで激減していることが明らかになりました。海域で比較すると、能登半島沖に広がる大和海盆の日本寄りの海域が最も減少していることもわかりました」という、深刻な事態になっていた。

地球温暖化の影響を映し出す鏡

最後に、荒巻氏に今後の展開について伺ってみた。「日本海では温暖化の影響を受けて海水循環システムが変化を始めており、今後生物生産や炭素循環の変化、さらには海洋酸性化の進行なども見えてくると思います。私たちは日本海をモデルとして、今後起こり得る海洋への温暖化影響シナリオを、全球の温暖化シミュレーションを行っている研究者に提供することで、予測の精緻化に寄与できると考えています」。

2007年に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第4次評価報告書では、荒巻氏の研究グループの研究結果をもとに、「日本海は地球温暖化に対して最も脆弱な海域の一つ」として、継続的な監視の必要性がすでに訴えられていた。世界の海のミニチュア版ともいえる日本海では変化がもう見え始めている。この海は、地球温暖化の影響を鋭敏に映し出す鏡といえるのではないだろうか。脆弱なゆえに鋭敏に反応し、私たちに警告を送ってくれている日本海。私も日々の化石エネルギーに依存した生活を再点検する必要がありそうだ。ただその前に一度日本海を見に行きたいと思った。

タグ: