食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第6回 サゴ~ボルネオの森の民が食べてきたもの

2018年06月15日グローバルネット2018年6月号

信州大学教員
金沢 謙太郎(かなざわ けんたろう)

●もう一つのマレーシア

マレーシアはこの12年連続で日本人から「ロングステイ希望滞在国」第1位に選ばれている(ロングステイ財団調べ)。人気の理由は、温暖な気候や治安、親日的な国民、長期滞在ビザ制度などが挙げられるだろう。首都クアラルンプールには、大型ショッピングモールや複合商業施設が立ち並ぶが、そのすぐ脇の路地裏も見逃せない。

繁華街ブキッ・ビンタンにあるアロー通りでは、各食堂前にオープン形式のテーブルが並び、どこも大盛況である。露店の中でひときわ鮮やかな色彩を放っているのがフルーツ商である(写真1)。マンゴスチンにパパイヤ、ランブータン、スターフルーツ、バナナ、マンゴーなどなど。ここでは、ぜひ「果物の王様」といわれるドリアンに挑戦してみたい。強烈な匂いで敬遠されることもあるが、最近は手を汚したくない客向けに薄いビニール手袋が置いてある。路上で手袋をはめてトロピカル・フルーツを頬張る姿はちょっと変わった光景である。

写真1 アロー通りのフルーツ露店

筆者はクアラルンプール近郊の農業試験場でも旬のドリアンを堪能したが、どうしても忘れられない味がある。それはもう一つのマレーシア、すなわちマレー半島と海を隔てたボルネオ島で食べた野生のドリアンである。果実は栽培物の3分の1程度と小ぶりである。甘さは控えめだが、芳醇な香りとクリーミーな味わいが口いっぱいに広がり、次から次へと伸ばす手が止まらなくなる。

●サゴという主食

ボルネオ島のサラワク州、海岸部のミリから双発プロペラ機に乗って約1時間、ロング・ラランに向かう。そこから山道を数時間進むと、周囲8m以上もある幹の巨木が次々と現れる。そこはウルバラムと呼ばれるバラム川の最上流域である。サラワクで唯一まとまった原生林が残っている地域である。その森に暮らし、森を守ってきたのは、狩猟採集民のプナン人たちである。1990年代から州政府と木材会社は再三にわたって商業伐採の計画を持ち掛けてきたが、その都度プナン人は団結して原生林を守ってきた。

彼らの狩猟には吹き矢が用いられる。堅い材質の木材から作られる吹き矢は、長いもので2mを超える。また、跳ねわなも使う。動物の通り道に木の皮で作ったひもを仕掛ける。動物が足を突っ込むとひもが締まり、動物がつるし上げられる。吹き矢猟の矢毒も含め、これらの猟に使う道具はすべて森から調達する。狩猟のターゲットは、イノシシやシカ、サルなどである。

主食に目を向けてみよう。東南アジアの狩猟採集民の炭水化物源はヤムイモであることが多い。ただし、ヤムイモなどの根茎類は貯蔵性が低いため、頻繁に収穫を行う必要がある。一方、ボルネオではヤムイモの利用は限定的で、ヤシの幹から得られるデンプンを主に利用している。ヤシ科は約200属、2,600種から成るが、樹幹の髄部にデンプンを蓄積するヤシはサゴヤシと呼ばれている。サゴとはデンプン質の粉を意味する。プナン人がとくに好んで利用するのはチリメンウロコヤシである。チリメンウロコヤシは、ボルネオの内陸部に広く分布し、急な斜面や尾根に群生している。サゴデンプンを採集するには、収穫や脱穀といった農作業のような生産過程が必要である。

まず男たちは、斧でサゴヤシを切り倒し、それぞれの幹を1m前後に切り分ける(写真2)。男たちは川べりで山刀と棒を使って、幹を縦方向に真っ二つに割る。さらに、幹の中につまっているサゴヤシの髄をかき出す(写真3)。続いて、女たちの作業が始まる。川辺で細い木を敷き詰めて2m四方の土台を作る。籐の敷物を敷き、その上にかき出した髄を盛る。水を掛けながら、裸足で軽くステップを踏むようにして髄を押し洗いする。この作業は数時間続けられ、下に敷いてあるシートにデンプンが沈澱するまで、さらに数時間待つ。沈澱し終わったデンプンは団子状にまとめられる。その後、4~5時間遠火にかけて、ゆっくりと水分を飛ばした後、粉状に砕く。これで、長期の保存が可能になる。

写真2 チリメンウロコヤシの断面

写真3 サゴヤシの髄のかき出しの書き出し作業

調理の際は、加減を見ながら湯を入れて攪拌すると、ナオと呼ばれるプナンの主食ができ上がる。アティプという先の割れた箸を使って、のり状のナオをくるくると巻いて食べる(写真4)。餅と寒天を足して2で割った食感に、少々金気を感じる。サゴデンプンには鉄分が多く含まれており、マラリアによる鉄欠乏性の貧血予防になる。現在では、多くのプナン人が焼き畑を行い、陸稲を生産しているが、年配の人ほどコメ食よりサゴ食を好む。また、肉類のおかずにはサゴ食、魚類のおかずにはコメ食という組み合わせで食べることもある。

写真4 サゴ食

ある村では、利用可能なサゴヤシが26種類ある。年配者はほぼすべてを認知している。おおむね30歳代より上の世代は8割方を認識している。20歳代になると6割、10歳代では2割程度に低下する。遊動性の高い狩猟採集生活から農耕生活への比重が高まるにつれて、親子で採集に出掛ける機会は以前より減っている。

●ハート・オブ・ボルネオ

ボルネオ島に国土を持つマレーシア、インドネシア、ブルネイの3ヵ国は、2007年に島の3割を占める2,340万haの中央高地を「ハート・オブ・ボルネオ」と名付けて守っていこうと宣言した。ウルバラムもハート・オブ・ボルネオの一角を占める。2011年、ウルバラムのプナン人コミュニティは「平和の森―プナン人からの意見と行動計画、すべての人びとの利益のために」という構想を発表した。同構想には保全プログラムと開発プログラムがある。前者ではプナン語の継承や原生林の保護など、後者では代替収入源の開発やコミュニティの力量強化などが計画されている。詳細については参考図書(金沢謙太郎,2015,「平和の森―先住民族プナンのイニシアティブ」,『社会的共通資本としての森』,東京大学出版会:pp.193-212)を参照いただきたい。最近になって、サラワク州政府はこれまでの方針を転換して、商業伐採に反対するプナン人コミュニティとの対話に応じるようになった。しかし、今後の交渉において、「平和の森」の構想がどの程度実現するかについては予断を許さない。

今もなお、熱帯材合板の世界最大の輸入国である日本とその最大の輸出元であるサラワク州という関係は変わらない。今後、原生林保護の実効性を高めていくとともに、地域住民との共存を可能にする森林の持続的管理の体系や方向性が求められる。筆者も微力ながら、現場での調査研究の成果を現地社会や国際社会へと還元できるよう力を尽くしていきたい。いつまでもサゴやドリアンが味わえることを願って。

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