特集/イベント報告 変わり始めた「山」・「ひと」・「街」 ~ 森の価値を分かち合う ~基調講演 関係人口をつくる ~変わりはじめた「山」・「ひと」・「街」

2018年07月13日グローバルネット2018年7月号

ローカルジャーナリスト
田中 輝美(たなか てるみ)

 森林率の高い日本ですが、さまざまなアプローチから森林の価値が見直され、人々の暮らしにおける森林の重要性が再認識されてきています。森林をとりまく社会状況が変化する中、これからの森林と市民の関係はどのようにあるべきか。また、豊かな森林を有する地域は、人口減少が進む中で、いかに都会の人々と関わっていくのか。  持続可能な社会を築くために、地方および都市の人々に求められる行動などについて、6 月16 ~17 日に上智大学で開催された「第22 回 森林と市民を結ぶ全国の集い 2018 in 東京」(主催:「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」実行委員会/公益社団法人 国土緑化推進機構)での基調講演およびパネルディスカッションの内容を紹介します(2018年6月16日、東京都内にて)。

東京に地域の情報が届かない

田中 輝美(たなか てるみ)さん

私は大学卒業後、ふるさとの島根の地方新聞社に就職し、記者として15年間勤めました。東京支社に配属になって驚いたのが、東京には地方の情報があまりにも届かない、ということでした。情報がなければ地域に関心を持ってもらうことは難しく、それによって東京一極集中という現象が起きていると思いました。地域から東京または全国に向けて情報やニュースを発信する人がほとんどいないということに気付き、それなら自分で発信しようと新聞社を辞めることにしました。

地域に暮らしながら、地域のニュースを記録、発信する――この仕事をすぐにわかってもらえる肩書が必要だと思い、自ら「ローカルジャーナリスト」と名乗るようになりました。47都道府県にそれぞれ一人は「この地域のことは自分に任せろ」というローカルジャーナリストがいて、全国に情報が届くようになると、ニュースや人、お金が回る循環が生まれ、もっとバランスの良い社会になるのではないかと思います。

関係人口とはリスペクトし合う対等な関係

「関係人口」という言葉は、『東北食べる通信』編集長の高橋博之氏が2016年に『都市と地方をかきまぜる』という本の中で書いたのが、文献上で最初だと思います。雑誌『ソトコト』の編集長の指出さんもこの年に『ぼくらは地方で幸せを見つける』の中で書いていて、いずれにしてもまだ新しい言葉です。一言で言うと「住んでいなくても地域に関わる人」。もっとわかりやすく言うと「観光以上定住未満」。観光というのは、行って観光して地域を見て帰ってくる、という短期的な滞在。それよりは地域に関わるけれど、かといって定住するまではいかない、という人を指しています。

「交流人口」と区別がつかない、と言われますが、例えば、ある地域のイベントに観光客として来場し、おもてなしをされる人は交流人口です。一方、関係人口はおもてなしされるのではなく、地域の人とテントを建てたり、屋台のラーメンを作ったり、一緒に作業する人たちのことです。

また、ボランティアとの違いは、ボランティアは無償が前提ですが、関係人口については適切な対価を払うことが大切です。対価は必ずしもお金ではなく、例えば終了後の打ち上げで地域の人の手料理をご馳走する、というのでもいい。大切なのは、「ともに地域を作る仲間」という意識で、リスペクトし合うこと。地域側が来た人を消費するボランティアや、来た人が地域を消費する観光のような「消費の関係」ではない、対等な関係が重要です。

なぜ今、関係人口が求められているのか

今、関係人口が求められている背景には、「前提の変化」「時代の変化」があると思います。人口の変化の予測では、日本は2004年12月をピークに、本格的な人口減少が始まっています。それまで社会全体が「拡大と成長」を前提につくられてきたけれど、今後は「縮小や減少」を前提としていろいろな物を作り変えていかないといけない。それが「前提の変化」です。

また、地方への関心が高まり、地域の役に立ちたい、人の役に立ちたい、という若者が増えてきています。都会でのキャリアを捨て、わざわざ島根に移住してきた若者に理由を尋ねると「島根に魅力があるから」と答え、さらに「課題があったから」と言うのです。今まで課題というのは克服しなければならない、と否定的な捉え方をされるものだったのですが、彼らは課題があるからこそ自分が関わることができ、自分の役割がある、「関わりしろ」が多いと捉えているのです。ですから、むしろ課題を認識し、「そのためにあなたが必要だ」というメッセージに変えれば、興味を持つ人は必ずいる、そういう「時代の変化」が関係人口を求めていると感じています。

求められる「第三の道」

時代は変わりましたが、地方と都市の関わり方を見ると、以前の延長線上で変わっていないと感じています。移住や定住について、地方から見ると、定住人口の奪い合いをしている。一方、都市の人から見ると、移住や定住はハードルが高い。何か役に立ちたい、という思いがあるのに、住んでほしい、と言われることで関われず、力が生かされないというのはあまりにももったいないと思います。

交流や観光も多くの自治体で行われてきましたが、結果的におもてなしする側・される側に分かれてしまう構造になり、地域側の「交流疲れ」も報告されています。また、観光ではお金を使って消費する関係になってしまい、魅力を感じることができないと思います。

そのような現状の中で、移住・定住、交流・観光でもない「第三の道」として、関係人口があるのではないでしょうか。離れていても、観光よりは地域に関わる、でも定住はしない、外にいる仲間。どの地域でも増やすことができ、都市の人も力を生かすことができる、双方にとってWin-Winの仕組みです。

関係人口は、地域とそこに関わる人の対等で互恵的な関係が大切で、その関係性の実現というのは日本社会にとってイノベーションになり得るのではないでしょうか。

関係人口の関わり方

では、関係人口にはどんな関わり方があるのでしょうか。「買う」「行く」「働く」という関わる人の行動の分け方がわかりやすいです。その関わり方は色の「グラデーション」のようですが、濃いから良い、薄いから駄目、ということではなく、自分なりの関わり方であればいいのです。

「買う」には地域の農作物や特産品をインターネットや東京にあるアンテナショップで買うほか、ふるさと納税やクラウドファンディングによって地域の取り組みを応援する、というのもあります。「行く」については、地域に遊びに行って現地の人と仲良くなって通うようになる、被災地のボランティアとして何度も足を運び、地域の祭りやイベントに参加して運営を支えるなど、いろいろな可能性があります。また、「働く」というのは、地域に本社がある企業の東京支社で働く、東京にいながら地域の会社とビジネスをする、などの形もあります。

しかし注意すべきなのは、関係人口にとって移住・定住はゴールではない、ということです。ゴールではないけれど、否定しているわけではない。住むか住まないかが大事なのではなく、地域の「力」になっているかが大事なのです。

その「力」とは、人、物、お金、アイデアを地域に呼び込んでくれることだと感じています。地域の再発見や誇りを取り戻す効果があるなど、学術的にも、よそ者には力があるということが報告されています(※敷田麻美(2009)よそ者と地域づくりにおけるその役割にかんする研究)。ですから、力になりたいと思っている人に、その力を発揮してもらうことが大切なのです。

地域をつくるのは地元の人です。しかし、よそ者が来ることで刺激になり、地域の人がエンパワメントされて元気になれば、地域も活性化するのです。一緒に住まなくても、一緒に作っていくということが新しい時代では意味がある、と思います。

ハードではなくコミュニティの関係案内所

では、どうやって関係人口を作り出していけばいいのか。これまで地域には観光案内所がありましたが、今は「関係案内所」があることが関係人口が生まれることにつながるといわれています。

島根県は、2012年度から「しまコトアカデミー」という講座を主催しています。半年間で連続7回の講座のうち6回は東京での座学、1回は2泊3日で島根に短期インターンシップに行きます。東京で開講しているにもかかわらず、「移住しなくてもいい、でも学んで地域に関わってほしい」とうたっています。

参加者は20~30代が中心で、大きく3パターンに分かれます。一つは島根が好きかどうかは関係なく、古里が欲しい「ふるさと難民」。そして「いつかは島根県に」というUターン希望者。さらに、人生に悩み、迷っているという「もやっとピープル」。いずれも全員が島根に縁もなく、「何でもいいよ」というような人たちです。

講座を終えた5期生までに、島根に関わる活動をしているか、アンケート調査したところ、58.8%が「活動している」と答え、うち半数近くは島根に移住しなくていいと言われているにもかかわらず、結局は島根に移住して活動しています。また、首都圏で活動している人たちは、東京のおいしいパン屋と組んで東京から通ってパン祭りを開いたり、東京にいながら島根の企業のブランディングを手掛けたり、それぞれのやり方で関わっているのです。

関係案内所というのは、観光案内所のように新しいハードを作る必要はなく、コミュニティです。関わりたい人たちが、そこに役割があることが大切なのです。

時代は変わり、何かやりたい、と思う人たちがたくさんいます。その人たちを生かすか生かさないかは地域次第、そういう時代になってきたと思います。

関係人口に選ばれる地域とは

最後に、どんな地域が選ばれて関係人口として人が来てくれるのか。それは、人が魅力的で生き生きしていて楽しい地域だと思います。そのため、まず自分が地域を楽しむことが地域に求められます。「ここには何もない」「つまらない」「人口が減るから仕方がない」というのは禁句です。

人口減少時代とはどんな時代でしょう。多くのプロジェクトを成功させている離島の隠岐郡海士町では、地域の人たちは「海士町というボートに客はいない」と言います。おもてなしをされるだけの客は不要で、オールをこいだり、マストを上げたり、小さいことでもいいから誰もが役割を果たさなければ、海士町というボートは沈んでしまう、ということです。

同様に、誰もが関係人口を生み出し、増やし、自分自身もどこかの地域の関係人口として役割を果たすことができる。これからはそんな時代だと思うと、何だかわくわくしませんか。

田中 輝美(たなか てるみ)さん
ローカルジャーナリスト。島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、山陰中央新報社に入社。2014 年退社し、独立。著書に『関係人口をつくる―定住でも交流でもないローカルイノベーション』(木楽舎)『ローカル鉄道という希望―新しい地域再生、はじまる』(河出書房新社)など。2017 年大阪大学人間科学研究科修士課程修了。

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