特集/イベント報告 変わりはじめた「山」・「ひと」・「街」~森の価値を分かち合うパネルディスカッション これからの「森林」と「市民」の関係

2018年07月13日グローバルネット2018年7月号

●パネラー
仕事づくりレーベル「ナリワイ」代表/全国床張り協会 会長
伊藤 洋志(いとう ひろし)さん
釜石地方森林組合/釜援隊
手塚 さや香(てづか さやか)さん
(株)おおち山くじら 代表取締役
森田 朱音(もりた あかね)さん

●コーディネーター
『ソトコト』編集長
指出 一正(さしで かずまさ)さん

●コメンテーター
森林と市民を結ぶ全国の集い 2018 in 東京 実行委員長/哲学者
内山 節(うちやま たかし)さん
ローカルジャーナリスト
田中 輝美(たなか てるみ)さん

 森林率の高い日本ですが、さまざまなアプローチから森林の価値が見直され、人々の暮らしにおける森林の重要性が再認識されてきています。森林をとりまく社会状況が変化する中、これからの森林と市民の関係はどのようにあるべきか。また、豊かな森林を有する地域は、人口減少が進む中で、いかに都会の人々と関わっていくのか。  持続可能な社会を築くために、地方および都市の人々に求められる行動などについて、6 月16 ~17 日に上智大学で開催された「第22 回 森林と市民を結ぶ全国の集い 2018 in 東京」(主催:「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」実行委員会/公益社団法人 国土緑化推進機構)での基調講演およびパネルディスカッションの内容を紹介します(2018年6月16日、東京都内にて)。

関係人口を増やす視点

指出:『ソトコト』という社会と環境を考える雑誌の編集長をやっています。今はいろんな委員もやらせてもらい、まち・ひと・しごと創生本部の中の会議の委員でもあります。6月15日に「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」が閣議決定されましたが、その中に「関係人口」という造語が盛り込まれました。言葉を作って、たたかれたり褒められたりしないと、物事は前に進まないと思っています。だから関係人口や関係案内所という言葉を僕はひたすら言って、結果的に国が認めてくれました。

関係人口が一方的に増える土壌はありません。僕たちが努力しなければいけない二つの視点があります。一つは、関係人口を作るための「関係案内所」をつくることです。観光案内所をもっと違う形に進ませるタイミングです。もう一つは関係人口を迎える人たちをその地域で育てなくてはいけない。「うちには若者がいない」と言う人がいますが、高校生が街づくりをやっている例もあるので中学生や高校生でもいい。知らない人が喜んでくれることをやってみたいという気持ちを育てないといけません。

▲左から指出さん、伊藤さん、手塚さん、森田さん、田中さん、内山さん

生業を考案し実践

指出さん(左)と伊藤さん(右)

伊藤:いろいろなことを自給して、仕事をつくるということをやっています。しかし、ただ仕事になって、もうかればいいというのではなく、自然の中で調和した、人間の自給力を高める仕事、というのが大きなテーマです。現時点ではこの理想を一つの仕事だけで成り立たせるのは難しいし、いろいろやったほうが面白いということで5個程度の仕事を年間通してやる、という作戦でやってます。

その一つが全国床張り協会。地方に行くと家が不足していて、家が見つかっても床が腐っている。そこで、床を張ります。木造建築のいいところはいろいろな人が参加できるところで、そこが人間関係を作る場になります。

イノシシと共存する地域

森田:島根県邑智(おうち)郡美郷(みさと)町は、島根県の真ん中の山間の集落で人口は4,700人です。移住した4年前には5,300人だったので、すごい勢いで人口が減少しています。

私は福岡市出身ですが、昔から田舎に関心を持っていて、東京で地域活性のコーディネートをするようなコンサルティング会社に勤めました。でも、お金がないと何もできない不安、焦燥感を感じました。田舎暮らしを少し試してから、自分で何か興せる場所がほしいと移住できる場所を探し、縁もゆかりもない島根県美郷町に、2014年からは地域おこし協力隊という総務省の制度でまず3年間、その後昨年9月に会社を設立しました。

補助金に頼らず、自分の手で生業をつくりたいと考え、地元の人がやってたイノシシの事業に関わることになりました。15年前からイノシシを捕獲、食肉処理場で肉にしてイノシシ肉の製造・販売が行われていましたが、地元の人がボランティアベースでやっていました。それを事業化してほしいという要望があり「株式会社おおち山くじら」を立ち上げました。首都圏のレストランを中心に肉を通年販売するほか、地元の人のレザークラフト商品も販売しています。そもそもイノシシを捕ることを目的とはせず、イノシシとの共存を目指すためにどうするのか模索していて、誰でも関われるような仕組みづくりを心掛けています。

三陸の山林を活用したつながりの拡大

手塚:埼玉出身で、毎日新聞社に入り、たまたま盛岡に4年、その後、東京と大阪に勤務。現在、岩手県釜石にいます。大阪にいた2011年に東日本大震災が起こり、ボランティアや取材で現地に通いましたが、もっと直接的に岩手・釜石の復興や地域づくりに関わりたい、と思うようになり、2014年秋に転職しました。

釜石リージョナル・コーディネーター協議会(通称:釜援隊)の隊員です。釜援隊のメンバーは現在20~60代の16人で、釜石市内のいろいろな組織に配属されています。私は釜石地方森林組合に配属されています。関係人口拡大のための活動もしています。釜石地方森林組合は、15年前からバイオマス発電の供給をしていたり、全国的にも新しい取り組みをしています。

年間500人の視察や体験活動を受け入れています。企業に継続的に釜石に通ってもらいたいということで、植樹はよくありますが、伐採した後、整地して植林して夏に下刈りをするという年間通じたサイクルで活動してもらっています。

森を通じた関係人口拡大のメリットとしては、山の仕事は年間通じてあるので、リピーターになってもらいやすいことです。林業関係者や山主と交流することによって、地域の人にとっても刺激になっていると感じています。

関係人口はいいことか?

指出:ではここからディスカッションですが、関係人口というのは、そんなにいいことなのでしょうか。その存在は、中山間地域の幸せにつながるのでしょうか。

内山 節さん

内山:学問で言葉を作ると概念を確定しようとするんですね。それは、多くの場合、大事なことを消してしまうということになるので、日本の伝統的な考え方というのは、一番大事なことは説明できないという立場を取ってきたんです。だから、自然とは何かというのは説明できない。ただ捉え方としては、自然というのは、自然自身が関係し合うもの、関係し合うものこそが自然であるという、向き合うと抽象的で、具体的なことはわからない。だけど、そういうものを大事にしようというのが、日本の自然思想です。関係人口も、根本的にはあまり説明しなくてもいいと思います。移住一歩手前の観光人口だと思われることもあり、そういう、幅広いものでしょう。

もともと山村というのはいろいろな人たちが付き合って成立している地域なんです。それが、高度成長期以降、付き合いがなくなり、閉じ込められたものになってしまった。だから、今、またいろいろな付き合いを回復していくという時期に来ていて、それが関係人口といってもいい。

指出:関係人口の定義をいただき、背中を強く押してもらった気持ちです。

田中:人口減少地域や、農山村で共通しているのが、日本が近代化していく中で、人口が減ったり、傷ついたという経験で、そこに対して関係人口というのが関わってくる。関係人口がやって来たからといって、すべて幸せになるというような簡単なものではないんですが、傷ついてきたという中で、新しい人たちが関わったり、力になったりしてくれることで、農山漁村に住んでいる人たちが、もう一回頑張ろうと思える、そういう人の心の回復にも役立つと思います。もちろんこの複雑化した現代社会の中で、関係人口が一人できたからといって、すべての地域の課題が解決するというものではないですが、今まで人が流出することしかなかった所で、新しい人が、新しいやり方で関わってくれることで、自信や誇りが回復される意味は大きいと思っています。

森と町を人の流れでどう近づけるか

指出:人の流れを作って森と町をどう近づけていくか、ということですが、森に興味がないけれど、森に出会ったらきっとすごく好きになってくれるという人に、どう気づいてもらえるのか。

田中さん、例えば森と人が近づく、若い人に林業や農山村についての魅力をわかってもらうには何が最適でしょうか。

田中:移住してもらう以外で、都会で暮らしながらできることを考えるのがいいと思います。例えば、食と林業。食は大きなテーマになるでしょう。食から入って、その中でグラデーションが濃くなっていく。森について考えるようになる。都会のライフスタイルの中で森とのつながりを見つけていく。

これからの森と人との関係

左から手塚さん、森田さん、田中さん

指出:これからの森と市民の関係はどうなるのがいいでしょうか。

伊藤:水や食べるものなど、自ずとどこかでつながっています。森は自ずとたどり着く場所だと思います。

手塚:山から出た木材が消費者の手元に届くまでの流通は、農業と比べてわかりにくいです。山に入るのは楽しいけれど、消費や使い方にも関心を持ってもらうと日本の林業も変わっていくと思います。

森田:山の中に住んでいるので、山を育てている人たちと向き合おうと思いました。そしてそれを伝えていきたいと思っています。

指出:森と市民の関係が遠くになっている今ですが、関係人口というキーワードのもとで、中山間地域との手触りを感じている人も増え、距離は縮まっています。

田中:森はなくてはならないもの。食べ物、水、日本全体のもの、エネルギー、環境など。大切で切り離されてはいけないものなのに、分断されていることに改めて気付きました。普段森から離れてしまっている人と森とのつながりを、一人ひとりが広めることの積み重ねで変わっていけるのでは、と期待や希望が持てました。

内山:伝統回帰の時代だと思っています。自然信仰もそう。普通に受け入れていっていいと考えている人が増えてきている。突き詰めたらそうだと理解する話ではなく、自然は尊敬しておいた方がいいというような考え方、これも伝統回帰でしょう。戦後の日本は、自分を利する自利の時代。しかし、最近は利他の時代。他人のために我慢してやるのではなく、自分のやりたいことが他人のためになる。他人の中に自然も含めていい。そういうことを求める若い人が増えています。自分がやりたいことが自分に返ってきて、さらにみんなのためになる、利他という伝統的な考え方がいつの間にか戻ってきているのです。

具体的に森や山とつながっている、だれかとつながっているという考え方もあるけど、東京のど真ん中にいても森とつながっている、場合によっては海外の自然とつながっている。そういう見えない大きなつながりの中に生きている。そうすると森とのつながりは、具体的なつながりを持つ人もいれば、間接的なつながりという人もいる。または、思いはつながっているという、そういうのが裾野をつくっていく。いろいろなつながりがあってこれから展開するのでは、という気はしています。

内山 節(うちやま たかし)さん
哲学者。「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」実行委員長。1970 年代から東京と群馬県上野村での二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』『内山節著作集』全15 巻 ほか。

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