食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第7回 トウモロコシが彩るアンデスの食文化~エクアドル・アンデスの食の変遷

2018年08月20日グローバルネット2018年8月号

ナマケモノ倶楽部
和田 彩子(わだ あやこ)

南米エクアドルは、日本の4分の3ほどの小さな面積にもかかわらず、世界の中でも高い多様性を誇ります。6,000m級のアンデス山脈が連なる山岳地方、アマゾン川の源流があるアマゾン地方、南極からのフンボルト寒流とエル・ニーニョ暖流が太平洋沖でぶつかるため複雑な生態系を生む海岸地方、そして大陸と陸続きになった歴史を持たないため多くの固有種が存在するガラパゴス諸島で成り立っています。

私が住んでいるのは、このアンデスの山岳地方コタカチという郡の小さな村です。一口に山岳地方といってもさまざまで、この郡の中に、同じアンデス山脈の麓でありながら、標高などによって、まったく気候が違う地域が存在します。コタカチ郡の主な産業は農業ですが、私がナマケモノ倶楽部のスタッフとしてフェアトレードや有機農業の推進活動、鉱山開発反対運動支援をしているインタグ地方は、このコタカチ郡の標高の低い所(500~2,000m)で、気候は亜熱帯、コーヒーやサトウキビ、パイナップルやパパイヤ、バナナなどの果実の栽培が盛んです。一方、そこから直線距離で約20kmしか離れていない私の住居は、標高2,400~3,500mの、キチュア民族という先住民族が多く住む高山気候の地域にあり、トウモロコシ、ジャガイモ、豆類などが主な作物です。私は2006年から縁があり、先住民族のある村に居を構えることになりました。

収穫を待つトウモロコシ畑。後ろに見えるのは高さ4,621mのインバブラ山

●トウモロコシと巡る一年

この村は農村で、周囲のほとんどの人たちがトウモロコシを植えています。雨季が始まる10月頃に一斉に畑を耕し、家族総出でトウモロコシの種をまきます。そこに植えるのはトウモロコシだけでなく、数種類の豆やサンボと呼ばれるウリ科の植物も一緒です。豆はそのつるをトウモロコシの軸に這わせ、トウモロコシは、マメ科植物の窒素固定に助けられています。サンボは、土壌の表面を覆う形で生え、水分の蒸発や過剰な雑草の増殖を抑えてくれます。パーマカルチャーでいうところのコンパニオン・プランツ(共栄作物)ですが、こちらでは「三姉妹」と呼ばれています。複数の作物を同時に植えることで、土は豊かになり、水の消費を抑え、生態系のバランスを保ち、複数の収入をもたらしてくれるのです。ちなみに下水道が発達していない村々では、現在でもトイレがない所が多く、トウモロコシ畑の一番真ん中の、人から見られないところで用を足していたので、地域の皆さんは、そこのトウモロコシの育ちが一番良いと冗談まじりによく話してくれます。

2月には、パウカ・ライミといわれる、トウモロコシの実りを祈るお祭りがあります。パウカとは、トウモロコシの開花を意味します。そして乾季を迎え、収穫を終えると、一年で一番大きいお祭りのインティ・ライミの到来です。インティ・ライミは太陽の神様のお祭りといわれていますが、つまりは収穫祭です。収穫したトウモロコシを神様にお供えし、母なる大地に感謝するのです。

アンデスの伝統的な主食は、もちろんトウモロコシ。トウモロコシそのものの種類もたくさんありますが、生のもの、乾燥したものの両方を使い、その調理法も多岐にわたります。乾燥したトウモロコシを揚げ焼きにしたもの、何十種類ものスープ(おしるこのような甘いものもある)、粉にし、パンやおやき、蒸しパンのようにしたもの、ポップコーン、茹でてから乾燥させたものを戻したもの、発酵させた甘酒のようなチチャという飲み物など、種類によって使い分けています。豆やジャガイモ、カボチャ、キヌアなどの穀物類のスープに、トウモロコシとともに、野草(クレソン、野生アマランサスや野生キヌアの若芽)を茹でたものを添えるのが主なアンデスの食事です。それにアヒと呼ばれる唐辛子のソースが付きます。お祭りや結婚式など特別な場合は、貴重な鶏、豚、牛、クイと呼ばれるテンジクネズミをつぶして食べます。そこから取れる油は貴重な食用油として、再度使われます。このように、種類は少ないものの、一つのものをいろいろな変化をつけて楽しむというのがアンデスの食です。

ムユ・ライミ種のお祭りにて

ムユ・ライミ種のお祭りにて

●トウモロコシ中心から変化する主食

しかしながら近代化によって、先住民族の人々の農業も食も生活様式も大きく変わりました。農薬・機械が導入され、森林が伐採され、農地の面積が増え、土壌流出が起こり、小気候や川の水量・水質も変わり、結果として生態系が変わってきました。人々の生活も、以前はミンガと呼ばれる共同作業によって、耕作、種まきなどをしていましたが、トラクターを借り、個々人でやることによって、種の交換などが減りました。消費者の嗜好によって市場が左右され、売れ筋の、改良された大粒で黄色い柔らかい種類ばかりが植えられるようになりました。昔は少なくとも300種類ものトウモロコシがあったといわれますが、エクアドルのシードセイバーズ(種の保存会)の調査によると、その種類は50種類程度にまで減ってしまいました。一般的に市場で見られるのは、せいぜい4~5種類です。畑全体の環境、生態系のバランスが崩れたことから生産性が下がり、さらに農薬の使用量が増えるという悪循環が起こっています。交換文化が減り、同じ種類の種ばかり使うので、近交弱勢といわれる、遺伝子の近いもの同士が交配し、劣性遺伝を繰り返すことによって形質の弱い個体が増加する現象も起きています。

食事そのものも大きく変わりました。つい30年ほど前まではなかった米や小麦粉を使った麺類などが登場し、主食がそれらに取って代わりました。トウモロコシのチチャの代わりに甘い炭酸飲料が、トウモロコシのパンの代わりに白い小麦粉のパンが、たくさん消費されるようになりました。こうした食の変化は、人々に、肥満や栄養失調、貧血という悪影響を及ぼしています。また米や麺は、現金がないと買えません。トウモロコシは自分たちで育てられるので、出費は最低限に抑えられますが、こうした物の消費が増えることで、貨幣経済への依存度が高くなりました。

●多様な種を保存するための取り組み

こうした状況を憂いて、地域の先住民族団体や、シードセイバーズは、トウモロコシなどの失われつつある多様な種の保存のために、さまざまな活動に取り組んでいます。先住民族団体は、年に一度、ムユ・ライミという種のお祭りを開き、村々に住む人々がそれぞれの畑で採れたトウモロコシをはじめとする種などを交換しています。そこではほとんど市場では見られなくなったカラフルなトウモロコシが並びます。シードセイバーズも定期的に種の交換会を開いています。エクアドルは、南米で唯一憲法で遺伝子組み換え種子の輸入を禁止している国ですが、一方で現行政府により遺伝子組み換え種子の輸入を合法化しようという動きがあります。それに対して、シードセイバーズは、反対運動や多種多様な種の重要性、遺伝子組み換えの危険性について一般市民に関心を持ってもらうようなワークショップや、伝統食材を使った料理教室などを開いています。

ムユ・ライミ種のお祭りにて

シード・セイバーズの種の交換会

エクアドル政府は、「貧困」「食糧不足」に過剰に反応するきらいがあります。豊かさ=量という図式の下、遺伝子組み換え作物の生産効率は4倍になるからと推進したり、ベネズエラから安価な化学合成肥料・農薬を購入し、農民に無料で配布したりと、効率一辺倒の農業を推進しています。しかし伝統農業や多様な伝統作物というものは、それまで農民が何世代にもわたって培ってきた英知やお金や量だけでは計れない豊かさが詰まったものなのです。先住民族の人々や、エクアドルに限った話ではないのかもしれませんが、今、本当の豊かさとは何か、が問われています。

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