日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第20回 変貌する川で命をつなぐシシャモ―北海道・十勝川

2018年11月16日グローバルネット2018年11月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

キーワード: カラフトシシャモ 個体群 水質調査 農地

スーパーなどの店頭に並んでいるシシャモの9割以上は正式名カラフトシシャモ(カペリン)という魚だ。北海道には日本固有種の“本物”のシシャモがいる。漢字で書くと「柳葉魚」で、アイヌ伝説では神様からの贈り物だとされる(諸説あり)。

前回取材した襟裳岬から東へ移動して、シシャモが太平洋から産卵のために遡上してくる十勝川にやって来た。帯広市の南、十勝川が流れる豊頃町で「十勝川のシシャモを守る会」会長の和田宏樹さんに会うことができた。シシャモはサケに比べれば小さな魚だが、北海道の自然と人間のなりわいの接点であるような存在であることがわかってきた。

十勝河口橋から十勝川上流を望む

●絶滅が心配な個体群も

カラフトシシャモもシシャモも同じサケ目キュウリウオ科に属するが、シシャモはシシャモ属、カラフトシシャモはカラフトシシャモ属で別種の魚。シシャモは体長12cmから18cm程度で、背側は暗黄色、腹側は銀白色。大きいうろこがはっきり確認できる。口は大きく、目の真下から後方へ伸びる。一方、カラフトシシャモは青みを帯び、うろこは皮と一体で識別できない。口は小さい。北極海、北太平洋、北大西洋など広い海域で漁獲される。シシャモの代替品として年間約2万tが輸入されている。生態についても、カラフトシシャモが海で産卵するのに対し、シシャモは川に溯上して産卵するのも大きな違いだ。

シシャモは、襟裳岬を境に西の日高側の沙流川や鵡川、襟裳岬東の十勝川、庶路川・新釧路川などに遡上して産卵する。主な個体群は日高と釧路・十勝の二つ。環境省レッドリスト(2018年)の「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」の中に、地域的に孤立しているものとして「襟裳岬以西のシシャモ」(日高個体群)が記載されている。レッドリストへの掲載による法的な規制などはないが、社会への警鐘の意味がある。日高個体群は北海道レッドリストにも「絶滅のおそれのある地域個体群(Lp)」に分類されている。日高個体群を北海道の漁獲高(2009~13年の平均)から見ると14%で、86%の釧路・十勝と大きな差がある。道東の厚岸でもごくわずかな漁獲がある。

北海道のシシャモの漁獲高は年間1,000t程度。日高個体群が遡上する鵡川がある、むかわ町はシシャモの産地として有名で、干物などの加工業が盛んだ。晴天が多く、すだれ干しなどの加工に適しているという。「鵡川ししゃも」が特許庁の地域団体商標に登録され、シシャモはむかわ町の「町魚」に指定されている。

シシャモ漁は10月から11月にかけて、川を遡上しようと沿岸に寄ってきたところを袋状の「こぎ網」で捕る。ピーク時に4,000t台もあった漁獲が激減しているため、資源回復への取り組みが続いている。遡上のピーク前に漁を終えることなど漁獲制限のほか、漁期前の資源量、遡上する親魚や降下する稚魚の量、川の産卵床などのさまざまな調査も実施されている。

シシャモと十勝川を長年観察してきた和田さんによると、産卵をしている場所は河口から10km付近。直径1mmの卵からふ化した仔魚は体長7~8mmの糸状で口も開いておらず、24時間以内に河口沖の海にたどり着いて、プランクトンを食べる。

和田さんは「サケと同じように、遡上時期はかつて10月中旬の前期群と11月中旬の後期群に分散されていましたが、現在、前期群は見ることができません」と変化を心配する。ふ化して海に下ったとき、プランクトンが豊富である必要があるが、単一群だとプランクトンの多寡による生存リスクを分散できないからだ。

●農業振興が優先される

シシャモの生態は未解明の部分が多いが、川の環境変化が漁獲減に影響しているようだ。湿地帯から穀倉地帯になった十勝平野の開拓の歴史と重なるからだ。北海道2位の長さがある十勝川(全長156km)は、多くの支流があり流域面積は9,010km2を占める。豊頃町上流の十勝川温泉近くに1935年、千代田堰堤が完成。37年には洪水対策として豊頃町の北部に総延長約15kmの統内新水路が造られた。荒れた湿地帯だった統内地区を豊かな農耕地へと変貌させた。

さらに泥炭系の土地の水はけを良くするために、しゅんせつによって川床が低くされてきた。河口から11km地点の平均川床高は1957年に0.95mだったが2001年は1.11mと深くなっている。シシャモの卵がふ化するためには、新鮮な川の水が必要だが、川床が低くなって流れがよどむと、卵の上に沈殿物が積もり、卵は酸欠状態になって死んでしまう。

現在の千代田堰堤は壮大な流水の風情やサケの大量遡上が見られ、十勝地方の観光名所の一つとなっている。現状だけ見ていると、人間の手が加わる前の自然を想像するのは難しい。

和田さんは北海道大学水産学部増殖学科(水産動物学講座)を卒業後、豊頃町に就職し、水産資源に携わってきた。個人レベルでも、シシャモの保護活動を続けている。自然再生推進法(2002年制定)を機に民間ベースで十勝川をテーマにした自然再生協議会を立ち上げようと準備したが、共同発起人が急逝したため、取り組みをシシャモを守る会に引き継ぐことにした。

十勝川のシシャモを守る会は、同町内外の住民らで構成する自然保護団体で、2008年に発足した。メンバーは大学教授や会社員など20人ほど。毎年実施している「身近な水調査」は今年で11回目になる。100km上流の清水町や産卵地付近の背負川などで川の水を採取して水質検査をしている。中小企業の団体にも活動への協力を呼び掛けている。「十勝のシシャモを絶滅危惧種にはしたくない」という和田さんは、「シシャモは増殖方法が確立されておらず、産卵適地を維持するよりほか方法はなさそうです。人為的な産卵床の造成も考えられますね」と話す。

●十勝開発の拠点記す碑

さらに和田さんから「地元の川では、かつてシシャモがたくさん捕れ、ごく普通に食べられていた」「脂っこくなく、雄は甘いという味覚。お薦めは三平汁」などと情報提供していただいた後、産卵場所を見ることにした。十勝川の堤防に沿って下ると、背負樋門に着いた。近くに「旅来渡船記念の碑」があり、1992年の廃止まで90年近く渡船が運行されていたことが記されていた。十勝河口橋が完成すると渡船の歴史に終止符が打たれた。産卵場所の実感を得られないまま、樋門から1km上流にあるという、その方向にカメラを向けた。

その後、さらに堤防沿いに下ると、河口に近い大津漁港に到着。ここは明治以降の十勝地方の開発の拠点で「十勝発祥之地」の碑があった。少し先に近代的な漁港と漁協の建物が整備されている。

大津漁港

河口にある十勝河口橋(全長928m)は前回の取材(2002年)時には、堤防などの工事が進められていたように記憶している。その日の大河の川面は雨の影響で泥色に濁っていた。この橋の下をサケやシシャモが命をつなぐために、必死に遡上しているのだろうな。そんな想像から4日後、釧路で10匹1,000円(税別)のシシャモを味わった。

シシャモの干物

タグ: