特集/脱炭素社会の実現に向けた社会づくりとは~「1.5度特別報告書」を受けて考える~脱炭素社会の実現に向けて

2018年12月17日グローバルネット2018年12月号

地球環境戦略機関(IGES)研究顧問
甲斐沼 美紀子(かいぬまみきこ)

今年10月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第48回総会において「1.5度特別報告書」が承認され、公表されました。報告書では、1.5℃の気温上昇であっても厳しい悪影響があると指摘していますが、同時に温暖化を1.5℃に抑えることはまだ可能であることも示しています。そのためには、二酸化炭素排出量の正味ゼロ排出の達成という野心的な緊急対策が必要となり、それは社会のあらゆる側面において、かつてない規模でのシステム転換や社会の変革、ライフスタイルの大きな変化が必要であることを意味します。 本特集では、現在進められている研究や提言を紹介し、今後日本が1.5℃目標の達成に向けた道筋をどのように描いていくべきか、考えてみます。

国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「1.5℃特別報告書」によると、人間活動による温室効果ガス排出量が原因で、これまで世界平均気温は産業革命以前と比べて、1.0℃上昇した可能性が高い。そして過去数十年は10年に0.2℃の割合で上昇している。このままの気温の変化率が続けば、高い確率で、2030~2052年には1.5℃に到達すると予想される。

世界各地で熱波や豪雨が観測されるなど、われわれはすでに1.0℃の地球温暖化の影響を目の当たりにしている。日本でも熱帯夜や猛暑日は増えており、2018年は各地で観測史上1位を記録する豪雨が発生し、山崩れや洪水の影響が多発した。温暖化が加速すると今後さらなる被害が予想される。

2015年に開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で合意されたパリ協定には、世界共通の長期目標として、産業革命以前からの気温上昇を2℃未満に抑え、さらに1.5℃未満というより厳しい目標に向けて努力することが明記されている。目標を2℃ではなく1.5℃に抑えることにより、多くの気候変動の影響が回避できる可能性が高い。例えば2100年までに1.5℃に抑えた場合、2℃の温度上昇の場合に比べて世界の海面上昇は10㎝程度低くなり、地下水の塩化による被害も少なくできる。また、サンゴ礁は世界平均気温が2℃上昇した場合は事実上全滅(99%以上死滅)してしまうが、1.5℃の場合は70~90%の減少にとどめることができる。サンゴ礁の面積は地球表面の約0.1%しかないが、9万種もの生物が生息しているといわれ、漁業や生物多様性の観点から非常に重要な意味を持っている。

1.5℃目標達成に必要な排出経路

図aは簡略化した排出経路を用いた世界平均気温の予測である。簡略化した排出経路は、二酸化炭素(CO2)排出量は2020年から減少し始め、2055年にかけて直線的に正味ゼロになると想定されている(図b)。CO2以外の温室効果ガスについては、2030年以降削減されると想定されている(図d)。このような排出経路では、2100年までに気温上昇は約50%の確率で1.5℃以下にとどまると推定される。図aの右側の細い縦棒で示された範囲は、2100年の気温推定値の可能性の高い範囲であり、太い縦棒で示された範囲は、33~66パーセンタイル値である。

世界平均気温の上昇を2℃に抑えるためには、2030年までに、CO2排出量を2010年のレベルに比べて約20%削減し、2075年頃までに人為的CO2排出量と植林などによる吸収量をバランスさせる必要がある。一方、気温上昇を1.5℃に抑える場合は、2030年までにCO2排出量を約45%削減し、2050年頃までに人為的CO2排出量と吸収量をバランスさせる必要がある。このためには、社会のあらゆる側面で急速かつ広範な、これまで例を見ないシステム転換が必要とされている。

累積CO2排出量とCO2以外の温室効果ガスの将来の放射強制力が温暖化を1.5℃に抑える確率を決める
(出典:IPCC SPM Figure 1, 2018)

気温上昇を1.5℃に抑えるために必要なシステム転換とは

気候変動を1.5℃に抑えるためには、エネルギー・土地利用に関わるあらゆる部門での大規模な変化を伴う。いろいろな分野を統合した大規模な変化がシステム転換である。エネルギー部門や産業部門などが、別々に対策を取るのではなく、あらゆる部門での連携した対策が必要となる。

エネルギー供給部門では、再生可能エネルギーの導入を加速することによって、CO2排出量がゼロのエネルギーを供給できる。産業部門、交通部門、民生・産業部門では、できるだけ電化して、CO2排出量がゼロあるいは非常に少ないエネルギーを使うことにより1.5℃目標に貢献できる。すでに多くの省エネ製品が開発されているが、消費者に受け入れられる必要がある。技術的な革新だけでなく、社会的な革新も含めたシステム転換が必要である。

必要な「持続可能な発展との協働」

2015年には持続可能な開発目標(SDGs)も国連総会で採択された。1.5℃特別報告書の目的は、気候変動の脅威や持続可能な発展および貧困撲滅への世界的な対策を強化することであり、単に、温室効果ガスの排出量を抑えることだけではない。今すぐに温室効果ガス排出量をゼロにすれば、気温上昇を1.5℃以下に抑えることができる。しかし、生活レベルの維持・向上も重要である。

1.5℃目標は非常に厳しい達成目標である。2100年まで常に1.5℃以下に保つ道筋も考えられるが、そのためには、2030年以前に世界の総温室効果ガス排出量がピークを迎え、その後減少する必要がある。別の道筋としては、一度1.5℃を超え、2100年までに1.5℃以下に戻ってくる、気温のオーバーシュートと呼ばれている道筋がある。一度1.5℃を超えた場合、1.5℃以下に戻ってくるためには、大気中のCO2を除去する必要があり、そのための方策として、BECCSと呼ばれている、バイオエネルギーとCCS(炭素回収・貯留)の技術を組み合わせたものがある。このためには、大規模な植林が必要であり、農業用に土地を使うか、バイオエネルギー用に土地を使うかの選択を迫られる場合もある。炭素貯留の安全性の検討も必要である。大規模な植林は生態系を破壊する可能性もある。

再生可能エネルギーが安く供給できるようになれば、途上国でのエネルギーへのアクセスを向上させることができる。一方で、再生可能エネルギーへの転換が十分効果的に設計されなければ、エネルギー価格が高騰して、生活を脅かす可能性があり得る。

交通の電化は大気汚染を改良させ、大気汚染による健康被害を減少させることができる。森林がきちんと管理されなければ、水資源に悪影響を及ぼす。SDGの第12番目の目標「持続可能な生産と消費」を達成することは、脱炭素に貢献する。さまざまな温室効果ガスの削減対策以外の要素も合わせて対策を実行していくことが、持続可能な社会の実現につながる。

今後の課題

COP21に向けて、各国が気候変動枠組条約事務局に提出した「自国が決定する温室効果ガス削減目標(NDC)」では、そのすべてが実行されたとしても、2030年の人為起源の温室効果ガス排出量は年間約52~58GtCO2となり、2100年には約3℃気温が上昇する可能性が高い。このNDCをどれだけ野心的なものにしていくかが、1.5℃目標を達成するカギを握る。

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