特集/脱炭素社会の実現に向けた社会づくりとは~「1.5度特別報告書」を受けて考える~バックキャスティング思考による脱炭素イノベーションの実現

2018年12月17日グローバルネット2018年12月号

(同)地球村研究室代表、東北大学名誉教授、星槎大学特任教授、酔庵塾塾長
石田 秀輝(いしだ ひでき)

今年10月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第48回総会において「1.5度特別報告書」が承認され、公表されました。報告書では、1.5℃の気温上昇であっても厳しい悪影響があると指摘していますが、同時に温暖化を1.5℃に抑えることはまだ可能であることも示しています。そのためには、二酸化炭素排出量の正味ゼロ排出の達成という野心的な緊急対策が必要となり、それは社会のあらゆる側面において、かつてない規模でのシステム転換や社会の変革、ライフスタイルの大きな変化が必要であることを意味します。 本特集では、現在進められている研究や提言を紹介し、今後日本が1.5℃目標の達成に向けた道筋をどのように描いていくべきか、考えてみます。

 

子や孫が大人になったときにも、笑顔あふれる美しい国であるためには何を考えるのか。少なくとも、避けて通れないものは二つの限界だと思う。一つは急激に劣化する地球環境問題、とりわけ気候変動や生物多様性の劣化は生活に大きな影響を与え始めた。もう一つは物質的消費欲求の劣化である。

「嫌消費」「断捨離」「ミニマリスト」に代表されるように、もう物は欲しくない、物が売れない、そういう時代を迎え、現在の消費型社会(金融資本主義、グローバル資本主義)は少なくとも先進国では限界を示し始めた。この二つの限界が社会の閉塞感を生み出し、それが少子高齢化や人口減少に大きな影響を与えていることもあながち間違いではないだろう。その一つの大きな山場が2030年頃だと考えている。

脱炭素社会への移行はライフスタイルの変革から

喫緊の地球環境問題の一つは地球温暖化であるが、同様に生物多様性の劣化、海洋流出プラスチックも極めて重要な問題である。そもそも、これらの問題はどのようにして発生したのか。それは間違いなく「人間活動の肥大化」であり、気候変動はその結果起こったリスクの一つである。ちょっとした快適性や利便性を求めた結果、際限のない負荷を環境に与えてしまったのである。

言い換えれば、脱炭素は極めて重要だが、それは対処療法的にではなくライフスタイルの変革を伴うことが重要である。例えば電気自動車は、電池のエネルギー・体積密度はともに化石エネルギーの1,000分の1程度で、使用する銅の量はガソリン車に比べ4倍弱に増加する。さらに、対処療法的な手段(フォーキャスト思考:今日を原点として将来を考える思考法)では、資源やエネルギーの枯渇や生物多様性などの他のリスクにも影響を与え、テクノロジーのトレードオフを起こす可能性が極めて大きい。

ライフスタイルの変革によって、求められるテクノロジーやサービスが結果として脱炭素に大きく貢献するという視点が重要である。

バックキャスト思考による心豊かな暮らし方のかたち

2030年をターゲットに二つの課題に同時に答えを出さなければならないが、それは快適性や利便性のみを求めた発散型の社会から、「一つの地球」で暮らすという収束型の社会への転換でもある。この転換を、現在という視点(フォーキャスト)で見れば、未来は快適性や利便性の否定であり、人が有する欲の構造「生活価値の不可逆性」からすれば、到底受け入れられるものではない。

一方で、一つの地球という制約の中で、心豊かな暮らし方のかたちを考えるという視点(バックキャスト)では、1980年代半ばから、ものの豊かさより心の豊かさを求める人が増え続け、車から自転車へ、家庭菜園やDIYブームなど、すでに多くの予兆が現れ始め、新しい暮らし方の可能性が見えている。

過去から未来へは、時間軸としては連続しているが、社会構造、少なくとも暮らし方という視点では、その移行は非連続であり、過去に経験したことがない新しい未来を新たな足場で設定しなければならないのである。

心豊かな暮らしをあおる要素

筆者らは、厳しい地球環境制約の中で心豊かな暮らしを明らかにするため、バックキャスト手法で構築した5,000を超えるライフスタイルの社会受容分析、および、戦前に成人し高度経済成長の準備が整いつつあった1960年代に40歳代の働き盛りを経験した、すなわち、制約の中で豊かな暮らしを実践したことがある現在90歳前後の600人を超える聞き取り調査から、心豊かな暮らし方のかたちを明らかにし、それをライフスタイルという視点で切り出した()。今の多くの人たちは、自立型のライフスタイルを求めているが、現実には依存型のライフスタイルをあおる社会が主流で、「あなたは何もしなくていいです」という全自動の商材やサービスばかりで、多くの人たちが求める社会・ビジネスとは反対方向を向いている。

一方、多くの人たちは自立を求めている。自立型のライフスタイルといえば自給自足という概念が多くを占めるが、依存型の暮らしをしてきた人が急に自給自足ができるわけではなく、自立と依存の間に隙「間」が空いている。現実社会では「間」が抜けているのである。「間」を埋めるということは、不自由さや不便さを個(人)やコミュニティの知恵や知識とスキルで乗り越えることで、その結果、得られる達成感や充実感、愛着の湧く世界である。「間」はビジネスや政策、研究テーマの宝庫なのだが、制約の中での豊かさを考えなくてはならず、フォーキャストの視点では見え難い。「物を欲しがらない若者」などの言葉が新聞や雑誌で多く見られるが、現実には「間」を埋めるテクノロジーやサービスを求めているように思う。

なぜ人はあえて制約を求めるのか

快適性や利便性をあおる商材がありながら、なぜ人はあえて制約を求めるのか。地球上で唯一の持続可能社会を有する自然を切り口に考えてみる。自然は完璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動している。なぜそれが可能なのか。脳の構造から考えてみると、アメリカの神経生理学者ポール・マクウィーンの三層構造仮説によれば、脳は心拍、呼吸などの生命維持機能を担う第1階層、本能的情動や感情、種の保存、母性的な欲動を担う第2階層、言語機能や記憶・学習能力、創造的思考能力を担う第3階層から成る。

一方、昆虫は第1階層と第2階層しか持たず、脳細胞は10万~100万個で、人間の1,000億個とは桁が違う。第3階層の無い昆虫にとってのメモリーは、今、目の前にあるものだけであり、より多くの情報を得るために昆虫はあちこち移動して情報を集め、その情報(自然)の中で最適な解をつくり、持続可能な社会を創るのである。

人間は見たものを第3階層の中に蓄え、大量のメモリーを組み合わせ、自分にとって理想的な世界をイメージすることができる。さらに、そのイメージされた世界を現実解に置き換える。山を削りビルを建て、地面を掘り進めて地下資源やエネルギーをくみ出し、自分の思考に合うように環境を改変する。その結果が地球環境問題を引き起こした。

今、求められているのは、第3階層と第2階層をつなぐこと、換言すれば、目の前にある、ちょっとした不自由さ、不便さを第3階層にある知恵や知識と第2階層の具体的な行動(技)で超えていくということである。これが「間」を埋めるという概念であり、それを今、社会が求めているといえる。

最後に

「間」はバックキャスト視点でしか見えないが、その要素はすでにかなり明らかになり、「車の要らない町に必要な移動媒体」など具体的なビジネスのかたちを考える研究会も2018年11月からスタートする。日本が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された科学技術政策の基本指針Society 5.0とこの「間」がどのように関連付けられるのか、楽しみでもある。

※「第5 期科学技術基本計画」において提唱された、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会

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