特集/気候変動にいかに適応するか~各分野で進む適応策~日本企業も取り組み始めた「適応ビジネス」

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

オルタナ総研所長・主席研究員、ニッセイ基礎研究所客員研究員
川村 雅彦(かわむら まさひこ)

2018年12月1日、気候変動適応法が施行されました。地球温暖化によるさまざまな分野への影響を回避・軽減するために、国、地方自治体、事業者、国民など多様な関係者が連携・協力して適応策に取り組んでいくことが、法的に位置付けられています。 本特集では、建築分野と農業分野における具体的な適応の取り組みについて、そして日本企業による適応ビジネスについて紹介し、気候変動に対する今後の適応策の在り方について考えます。

 

世界の企業では気候変動に対する危機感が高まっている。これまで日本企業では気候変動対策と言えば、「緩和」(二酸化炭素排出の低減)が中心であった。しかし、今後は、多くの日本企業が認識していない「適応」(気候変動リスクへの対応)がより重要性を増す。

希薄な日本企業の「適応」認識

近年、世界各地で気温上昇が著しい。それに伴う降雨パターンの変化も著しく、洪水や干ばつの増加、台風やハリケーンの大型化、山火事の大規模化、また生態系の劣化、海面上昇による塩害などが発生している。気候変動は人的被害を含め社会経済にも甚大な悪影響を及ぼすようになり、もはや人類が避けることのできない、着実に進む地球環境の劣化である。

気候変動の悪影響を食い止めるためには、「緩和」に加えて「適応」が不可欠である。緩和とは、温室効果ガス排出の削減と森林吸収の促進である。これに対して適応は、気候変動による悪影響の回避・軽減、あるいはそのための備えを意味する。それゆえ、車の両輪のように緩和と適応の両面が必要である(図1)。しかし、日本企業の間では適応に関する議論をほとんど聞かない。海外に比べて、日本企業の適応に対する認識は希薄である。

「適応」は難しい理屈ではない

日本企業は適応の「認識」は弱いが、実は無意識に適応を「実践」していることも多い。例えば、来週に強い台風が来ると予報があれば、企業は予防対策を取るであろう。今年は暖冬との長期予報があれば、スキー場経営者の対応も想像できる。

とくに流通業、アパレル産業、外食産業あるいは食品メーカーでは、天気予報を商品企画・在庫管理・発注調整に生かす「ウェザー・マーチャンダイジング」が行われている。いわば、気象情報の販売戦略への活用であり、リスク回避と同時に商機の取り込みである。

しかし、これが気候変動のように10年から30年先の経営環境の変化となると、どのようになるか不確実性が増すため、思考停止に陥るようである。3年程度の財務中心の中期経営計画しか念頭にないからであろう。逆に言えば、適応という概念を認識すれば、それを短期から中長期の戦略的思考に展開することが可能となり、広い視野で気候リスクを探ることができる。

適応における「気候リスク管理」と「適応ビジネス」

気候変動による企業経営への悪影響は、想定を超えてさまざまな領域に及ぶ。風水害による自社設備の被災、熱中症による労働効率低下など、企業は直接的な影響を受ける。さらに、2011年にタイで起きた異常降雨による工業団地の大洪水、あるいは2016年の北海道を襲った台風によるジャガイモの壊滅のように、サプライチェーンの被災による間接的な影響も懸念される。

そこで、企業は想定される「気候変動に伴う経営リスク」を正しく認識して、対応することが必要である。この適応に関する企業の取り組みは、二つに分けられる。

一つは、気候変動による自社事業への悪影響に対応する中長期視点の「気候リスク管理」である。例えば、自社の主要拠点やサプライチェーンの被災防止、あるいは原材料となる農作物(コーヒー・紅茶を含む)の品質維持などである。

他方、適応をビジネスチャンスと捉え、他者の適応策を支援する製品・サービスを提供する「適応ビジネス」である。これには、災害検知・予測システム、暑熱対策技術や耐温性作物の開発、乾燥地帯での灌漑技術、あるいは保険商品の見直しに至るまで、実に多様な事例がある。

なお、2017年の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言では、上述の「物理的リスク」に加えて、「低炭素経済移行リスク」として、政策・法規制、技術、市場、評判を挙げている。「ビジネスチャンス」には、資源の効率化、エネルギー源、製品・サービス、市場、顧客の復元力支援を挙げている。これらは、中長期的な時間軸から、企業だけでなく金融機関に対する問題提起でもある。

多様な業種の適応ビジネス

世界の適応のグッド・プラクティスから見た適応ビジネスは、直接リスク対応、間接リスク対応、社会的信望に対して、半数以上を占める(図2)。適応ビジネスの多い業種は、「コンサルタント・環境サービス」に次いで「金融・保険」「情報技術・通信」「エネルギー・設備」「化学・製薬」などである。

「適応ビジネス」の先進事例

適応ビジネスは“時代の要請”ともいえるもので、顧客の適応に貢献できる製品・サービスを開発・販売することである。業種的な制約はないが、とくに気候リスク・マネジメントや適応能力向上のコンサルタントは需要が高まる可能性がある(図3)。上表に日本企業の先進事例を示す。

今後、既存・新規市場を問わず、適応ビジネスでは海外の企業や消費者が新しい顧客となることが予想される。そのためには、顧客の気候レジリエンス向上のための「適応ビジネス=ソリューション・ビジネス」という発想が必要である。個別の製品・サービスから発想すると、視野を狭めることになる。

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