特集/気候変動にいかに適応するか~各分野で進む適応策~富山県の稲作における温暖化対策~暑さに強い新品種「富富富」の開発

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

富山県農林水産総合技術センター農業研究所 育種課課長
小島 洋一朗(こじま よういちろう)

猛暑でコメの品質低下顕著

平成29年産米の全国の品種銘柄は、うるち玄米268銘柄(その他、もち玄米71銘柄、醸造用玄米107銘柄)と極めて多い状況となっている(農林水産省、平成29年産米の農産物検査結果より)。

しかしながら、全国の総検査数量の約3割をコシヒカリが占めていること、さらにはコシヒカリの血統を継ぐ品種を含めると約7割に及ぶことを考慮すると、これら日本のイネの遺伝的多様性が極めて乏しいことが指摘される。

問題は、コシヒカリは猛暑に強くはない、ということ。すなわち、コシヒカリは、穂が出てから後に高温に遭遇するとでんぷんの詰まりが悪くなり、玄米の一部または全体が白く濁る「白未熟粒(しろみじゅくりゅう)」が多発してしまう。今年の夏も猛暑となり、全国44府県で検査されたコシヒカリの1等比率は平均で79%となったほか、一桁台となっている県もみられる(農林水産省、平成30年産米の農産物検査結果、10月末現在)。これでは、生産者の苦労も水の泡である。

富山県においても、コシヒカリは出穂後20日間の日平均気温が平均27℃を超えると白未熟粒の発生が顕著となる。実際、平成10年以降、夏場の高温が続き、1等比率の低下がみられた(下図)。

図 富山県のコシヒカリ1 等比率と出穂後20 日間平均気温の推移

このため、本県では、平成15年からコシヒカリの田植え時期をゴールデンウィークから5月中旬にまで遅らせることにより、例年、気温が低下し始める時期に出穂させる対策を講じるとともに、長期的視点から、コシヒカリの高温耐性を強化した品種の開発をスタートした。

生産現場から求められた品種特性

温暖化の影響は、実りの期間の高温による品質低下だけではなく、雨の降り方にまで及んでいる。とくに、実りの時期に台風や局所的な大雨などに合うと、倒伏による減収や品質低下が懸念される。そこで、草丈を短くして、倒れにくくすることが求められた。

また、コメをめぐる情勢が目まぐるしく変化するとともに、産地間競争がますます激しくなっている中で、より低コストで、かつ消費者にとって魅力あるコメ作りが必要となっている。その点、コシヒカリは、冷夏になった場合に減収や品質低下をもたらす「いもち病」に弱い。このため、本病に対する抵抗性を付与して、栽培期間中の農薬の使用量を削減することも必要とされた。

新しい育種方法の導入

新品種の開発にあたっては、単交配(1回限りの交配)と、そこから得られる子供たちの中から狙った複数の形質のみを同時に改良した品種を選抜することは困難であり、何か別の方法を考える必要があった。さらに、遺伝背景が狭くなっている既存の品種からは、世の中を驚かせるような、強い高温耐性が得られる確証も持てなかった。

そのような中、イネはDNAの塩基配列の解読が最も早く進んだ作物であり、各種の形質とその形質の発現に関与する遺伝子をリンクさせる研究が進められていた。平成15年当時、富山県も公設試験研究機関としては、全国で先駆けて本研究に取り組んでおり、インディカ米を含め、多様な遺伝資源を用いた実験材料を作出していた。

複数年かけて、約1万種類のイネの玄米品質を調査した結果、猛暑でも高品質な特性を持つ品種と遺伝子は、コシヒカリの染色体の一部をハバタキという品種に置換した実験系統群の中に見出した。さらに、この系統にコシヒカリを何度も交配し、原因遺伝子を絞り込むとともに、高温に強いコシヒカリである「コシヒカリ富山APQ1号」を育成した。

続いて、この品種にコシヒカリの草丈を短くした品種と、コシヒカリにいもち病抵抗性を付与した品種を交配し、遺伝背景はコシヒカリで、狙った形質のみを集積した新品種「富富富(ふふふ)」を育成した。

「富富富」は、①夏が高温でも白未熟粒が少なく(写真①)②草丈が短いため(写真②)、倒伏しにくく③いもち病に強いため(写真③)、農薬の使用量が節減できるという特長を持っている。

平成29年度には、この品種の特長を最大限に発揮させるための栽培方法の検討を行い、施肥量は、コシヒカリ慣行栽培の2割減、化学合成農薬(殺虫殺菌剤および除草剤)の成分使用回数は3割減とすることで、品質・食味・収量のバランスが最適となることを明らかにした。

「富富富」実力発揮

平成30年産「富富富」は、県内518haで作付けされ、出穂期に高温に遭遇したものの、生産者によるマニュアルに基づく適切な栽培管理により、白未熟粒の発生は少なく、1等比率は99.0%(農林水産省調べ、10月末現在)と極めて高い品質となった。また、食味についても、粒ぞろいが良く、うま味と甘みが際立っているとの高い評価を得ている。31年産では、1,000haの作付けを目標に、県産米のさらなる品質向上に努めてゆきたい。「富富富」をはじめとした高温耐性品種には、国民の主食たるコメの安定生産のみならず、豊かな農村風景と水田の持つ涵養の機能を守ってゆける力がある。

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