食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第10回 キャッサバ芋の焼き畑とアグロフォレストリー

2019年02月19日グローバルネット2019年2月号

NPO法人 クルミン・ジャポン代表
NPO法人 HANDSテクニカルアドバイザー
定森 徹(さだもり とおる)

●アマゾンのソウルフード「ファリーニャ」

アマゾナス州はブラジル最大の州でモンゴルほどの大きさがある。その中ではほんの小さなマニコレ市に私は10年以上暮らしてきた。

ファリーニャの製造過程。キャッサバ芋の粉を直径2mほどの巨大なフライパンでカヌーの櫂を使って豪快にかき回して炒める

この地域での食事はなんといっても先住民からの伝統のあるファリーニャ(文字通りの意味では「粉」。通常キャッサバ芋を加工して作った粉を指す)である。

ブラジルの多くの地域では一般的に食事は米飯と豆に肉や魚などのおかずが付いたものだが、アマゾンでは先住民の伝統が根強く、農村部の主食は現在でもファリーニャである。

南部大都市でふりかけのように使われるお上品なファリーニャのカリカリとした食感もアクセントになって良い。しかしアマゾンのファリーニャは質実剛健、ガリガリとした大粒のもので、中には5mmほどの大粒のものもある。場合によっては歯が欠けるのではないかと思うこともあるほどだ。

しかしこれが実に優れものである。第一に調理の必要がない。登山用アルファ米のようにすでに一度火を通してから乾燥させてあるので、そのまま食べられる。そして虫が湧かない。だから保存しやすい。

すでに火が通っているので、何も無ければファリーニャをむしゃむしゃと食べて水を飲めばお腹はいっぱいになる。肉にかけてもうまい。魚にかけてもうまい。魚のスープに入れればあっという間に魚粥のようになる。これは魚のエキスが染み込み実にうまい。

私は農村部での保健指導員養成やアグロフォレストリーという持続可能農法の普及などをNPO法人HANDSに所属して実施していた。陸路はないので当然、何日もジャングルの中の村々をボートで回る。夜は農家に泊めてもらうので食事ができるが、昼食はなかなか取りにくい。そこでファリーニャである。切ったペットボトルにコンビーフを放り込み、そこにファリーニャをぶっかける。スプーンでかき混ぜれば昼ごはんの出来上がりである。それにスプーンを突っ込み、スタッフ数名がモーターボートを走らせながら回し食いをする。実に簡単だがうまい。天気のいい日にモーターボートで風を切りながらこれを食べれば、どんな高級レストランの食事にも負けないうまさと爽快さである。

このファリーニャの作り方にはそれぞれ地域や家庭によって違いがあるのだが、私が活動していたマニコレ市での一般的な方法は以下の通りである。

  • キャッサバ芋を沈んだカヌーなどに入れて川に数日漬けてふやかすとともに発酵させる。
  • ふやかした芋の皮をむき、芋を砕いていく。ふやけているので手で押すだけで砕ける。砕いた芋を金網でこして大きな繊維を取り除く。
  • 砕いた芋を麻袋に入れて、プレス機でつぶし、水分を取る(この水分は活用するので、後述する)。
  • 水分を取ってバサバサになった芋の粉を金網でこして再度繊維を取り除く。
  • 直径2mほどの巨大なフライパンで炒める。このとき、混ぜるのに使うのはカヌーの櫂で、豪快にかき回し、空中に放り上げる。名人が空中に粉を放り上げながらかき回しているのを見るとこれが実に格好いいのである。
  • 十分に炒めて火が通り、パサパサに乾燥したら出来上がりである。50Lの麻袋に入れて保管する。

キャッサバ芋には2種類あり、強毒性のものと弱毒性のものがある。毒成分はシアン系であり、強毒性のものはそのまま食べれば死にかねない。だがその毒のおかげでキャッサバ芋には害虫などがつきにくく、栽培が容易なのである。強毒性のものの方がファリーニャにするとおいしいので、一般にこれがファリーニャ原料となる。

先程のファリーニャ加工では数段階にわたって毒抜きが行われている。まず水に漬けること。これで毒が溶けて抜ける。発酵することで毒が分解する。絞ることで毒の成分がさらに抜ける。そして絞ってから火を通すことでさらに毒が分解する。こうして毒が無い、おいしいファリーニャになるのである。

さて、その加工途中で絞った水分がある。これは容器に入れて置いておくと、でんぷんが沈殿する。湿った片栗粉のようなものができるのである。これを少し湿ったままでフライパンに入れてクレープの皮のようにする。これは現地でタピオカと呼ばれる。まるで餅のようだが餅ほど重たくなく、実においしい。

残った水分も活用する。その水分にはまだ毒があるのでピリッとする。これを煮立てて、そこにアマゾン名物の小粒の赤や黄色のピメンタ(トウガラシ)を入れて瓶詰めにするとトゥクピという調味料になる。

魚のスープに入れたファリーニャの一品

●森の破壊者? 森の番人

こういった食生活をしているのはカボクロ、ヒベイリーニョと呼ばれる人々である。彼らはこのキャッサバ栽培のために焼き畑を行うことから「森の破壊者」との汚名を着せられることも少なくない。しかし伝統的手法で行われる焼き畑は通常せいぜい1家族1haほどであり、広い範囲で移動耕作を行っている場合には大きな問題とはならない。むしろ大規模な自然破壊が起きれば彼らは真っ先に被害を受け生活を脅かされることから大規模で破壊的な開発には抵抗することが多く「森の番人」といえる。彼らは厳しい経済・社会状況に置かれている。そのため、農村部から居住市の都市部へ、さらに州都の大都市へと人口の流出が続いており、持続可能な経済発展が求められている。

●アグロフォレストリー

アグロフォレストリーは自然の森林の植生の遷移(山火事で焼けた後に草が生え、次第に森に戻っていく経過)を模倣し、1ヵ所でさまざまな作物を栽培する手法である。最初はキャッサバ芋やスイカ、カボチャなど数ヵ月で収穫できるものを植えていき、同時にバナナやパッションフルーツなど数年間収穫でき、また陰を作るものを植えていく。それらの陰を利用してカカオ、アサイなど数十年にわたって果実が収穫できるものや材木になるものを植えていくのである。単一種のプランテーションに比べれば手間がかかるので効率は若干落ちるものの、同じ植物ばかりが植わっていないので害虫や細菌・ウイルスなどによる害が少なく、農薬を減らせること、また栄養分も落ち葉などで循環するため同じ成分ばかりを作物が吸収しないので肥料も減らせるなど経営的利点がある。環境面では言うまでもない。

現在、私はNPO法人クルミン・ジャポンを立ち上げ、アグロフォレストリー普及プロジェクトを実施している。これからもアマゾン農村部住民がおいしいファリーニャや販売用のさまざまな産品を持続可能な方法で得られるように活動を続けていくつもりである。

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