特集/世界は森林減少を止められるか?-持続可能な森林利用への道なぜ今、森林保全か?-気候変動対策としての森林

2019年05月15日グローバルネット2019年5月号

森林総合研究所 国際連携・気候変動研究拠点 国際研究推進室
(REDD研究開発センター)
井上 泰子(いのうえ やすこ)

世界の森林減少のスピードは一時期より緩やかになっているといわれるものの、減少は続き、累積で見ると膨大な面積の森林がこの数十年に失われています。持続可能な開発目標(SDGs)の目標15(陸の豊かさも守ろう)には「森林減少ゼロ」が掲げられていますが、その具体的な方法や方向性は明らかにはなっていません。持続可能な森林利用を目指し、世界の森林減少をいかに食い止めるか、世界の森林の現状、および減少ゼロに向けた新たな手法・方策などを紹介します。

 

わが国でも近年、「50年に一度の大雨」「記録的な猛暑」と発表されるような異常気象が頻繁に発生するようになった。

2015年に妥結し、翌年発効した気候変動枠組条約パリ協定の第5条には、森林による対策の重要性が位置付けられている。個別のセクターでパリ協定にその役割が言及されているのは唯一森林だけであることからも、その重要性が国際的に高く認識されていることが示されている。

本稿では、米国ホワイトハウスのシンクタンクとしても著名なCenter for Global Development(CGD)から昨年発行されたセイモア氏他著『なぜ森林か?なぜ今か?』(Frances Seymour and Jonah Busch, Why Forests? Why Now? : The Science, Economics, and Politics of Tropical  Forests and Climate Change)の内容紹介を中心に、私たちに「今」求められている森林からの気候変動対策を考察する。

気候変動と森林(緩和貢献)

同書は、気候変動対策の緊急性を認識し、森林による解決策の強化を迅速に図るべきと主張する。森林は、気候変動を抑制する役割、つまり緩和への貢献とともに、気候変動による影響を抑制したり、回避したりする適応への貢献の役割も担う、つまり気候変動の緩和策と適応策の双方の解決策として重要な役割を持っている。

また、健全な森林がそこにあるとき、森林は主要な温室効果ガスの一つである、人為的活動により排出量が増大してきた二酸化炭素(CO2)を吸収して成長し、そして伐採されない限り木の体内に蓄積し、固定された状態を保持することを説明している。森林が失われると、その土地におけるこうしたCO2吸収能は失われる。しかし、木材として利用され、例えば家屋の材料となれば、炭素は放出されず固定されたまま利用できることとなる。また、伐採後、再植林され、森林が造成されれば、新たに植えられた森林はCO2を吸収して成長していく。もし伐採後の土地に農地や工場、宅地などへの土地利用変化が起これば、その土地の吸収能は失われることとなる(図1)。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(AR5)には、「人為的要因が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的要因であった可能性が95%以上である」と記載された。AR4で分析された森林減少による温室効果ガスの排出は17%だったが、AR5では11%となっており、数字上、減っているように見えるが、実は増加しており、割合の変化は化石燃料由来の排出増大のスピードが加速しているためである。『なぜ森林か? なぜ今か?』は、熱帯林の森林減少による排出分である8%を食い止め、森林の回復努力をすることにより、現行の世界の排出の24~30%の緩和策として貢献することができると試算している(図2)。

熱帯林が消失したことによる温室効果ガス排出量は、中国、米国の全排出量よりは少ないが、ヨーロッパ連合、インドの排出量よりも多いと分析されている(2012年)。森林減少の多くの原因は、最大消失国のブラジルでは牧畜地への転換、東南アジアではオイルパーム(アブラヤシ)といった、輸出を目的とした農産物生産が主要なものとなっている。これに対処するため、例えばヨーロッパで進められているバイオエネルギー推進策等による農林産物輸入が世界の森林減少をもたらす現況を分析し、2030年までにパーム油をバイオエネルギー原料として使用することを廃止する決定を下している。

気候変動と森林(適応貢献)

『なぜ森林か? なぜ今か?』は、森林は直接的・間接的に気候変動による影響に関与しており、気候変動は気象災害により、そして森林減少からの林産物・サービスの恵みの消失により、貧困を招いており、排出につながるだけでなく、高価な代替策が必要とされていることを指摘している(図3)。

森林を保全・回復することで得られるサービスとしては、貯水や水量調整能、侵食防止、河川への養分補給、あるいはミツバチ、鳥、コウモリの受粉や動物の食料となるどんぐりなどの供給など生態系の各段階へのさまざまな貢献といった役割がある。また、気温上昇を緩慢にしたり、マングローブの護岸機能による津波の影響の減衰も数多く報告されている。森林を保全することで、周辺住民の収入源、食料供給、エネルギー生産、健康、安全、生物多様性保全といったSDGs(国連持続可能な開発目標)に掲げられた多くの目標の達成に貢献することが指摘されている。

SDGsは「誰も置き去りにしない」ことを理念として掲げているが、『気候変動の経済学』を著したニコラス・スターンは、『なぜ森林か? なぜ今か?』の前文を寄稿し、気候変動の影響により、年々増大する洪水、干ばつ、熱波、降雨量変化等の気象激甚災害や作物・生態系への悪影響により、最も貧しい人びとがより強い被害を被っていることを想起しつつ、SDGsの目標達成に向けた取り組みには、とくに富んだ国が率先して熱帯林保全のための取り組みに貢献すべきと主張している。

日本が果たすべき役割

わが国においては、戦時中の木材需要の増大に応えるために供出され尽くした森林蓄積は、戦後徐々に回復が図られ、充実期を迎えている。技術開発や政策的支援の後押しを活用しつつ木材を効果的に利用し、他の素材に代替することで排出をできるだけ回避し、再造林により吸収を図ることは、重要な緩和のための貢献策となる。こうした経験を生かし、気候変動の緩和・適応対策のため、SDGs の達成に向けた地球規模の人道的協力のため、パリ協定に掲げられた「森林減少・劣化からの排出削減、持続可能な森林管理、森林炭素蓄積の増大、森林保全の役割」の実施と支援について、とくにその資金的、技術的支援に、各国・地域のニーズに応えた、お互いに顔が見える協力を推進することが世界からも期待されている。

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