食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第12回 気候変動への危機感から変容するスウェーデンの食生活

2019年06月14日グローバルネット2019年6月号

GMOフリーヨーロッパ会議 事務局
アキコ・フリッド

1993年、大都会東京のど真ん中から北欧スウェーデン南部の田舎町に移住。東京では有機野菜を買い、菜食暮らしをしていた。しかし、越して来た田舎町のスーパーに並ぶものはほとんどが輸入野菜ばかりで、無農薬野菜など売っていない。調べてみると、隣の国デンマークのコペンハーゲンにはオーガニックショップがあることがわかった。当時スウェーデンとデンマークを結ぶ橋はなく、電車と船を乗り継ぎ、コペンハーゲンまでわざわざ食品の買い出しに行った。

2019年、田舎町のスーパーには有機野菜や有機食品が当たり前のように並んでいる。都市部の店より品数は少ないが、毎日の暮らしには十分な品目数。スウェーデンの有機食品には濃い緑色でKRAVと書かれた認証マークが付けられ、欧州連合(EU)の有機基準より厳しめに定められている。EUオーガニック認証マークは、黄緑色の背景に白い星が葉の形に並んでいる。近年では、農薬や化学肥料を使った生産物との値段差も縮まり、物によってはほとんど差がない。

●2030年までに60%オーガニック

スウェーデン政府は、2030年までに国内農用地の30%を有機生産地に、そして公的機関の食品にかける予算のうち60%を有機食品に費やすことを目標に掲げた。これは、国内での有機食品生産および消費を増やし、輸出品も増やすということを目的としている。2018年時点で、有機生産地は全体の20%、公的機関(特に学校給食)で目標の60%を超えた自治体は五つとなっている。中でも一番有機食材に費用を費やしている自治体では80%超えを達成した。

2018年のデータでは、スウェーデンで生産される有機食品の内訳として、有機酪農の乳製品が40%以上を占める。次いで穀物20%。そして卵、牛肉、豚肉、鶏肉、野菜と続く。野菜は野外栽培が5%、温室栽培が4%となっている。

家族で買い物をするスウェーデン人。選んだのは90%有機食品。

●90年代から食生活に変化が

1995年にイギリスから狂牛病や変異型ヤコブ病のニュースが広がり、消費者が家畜動物の餌に関心を持つようになった。そして、1996年にはアメリカから農薬を散布しても枯れないという遺伝子組み換え大豆が、家畜動物の飼料および食品添加物としてスウェーデンに入って来た。すぐに環境保護団体と消費者団体、動物の権利を守る団体などが声を上げた。そのような得体の知れない食品に表示もせず、市場に出すとは何事か、と直接行動を起こした。翌1997年には、消費者の選択の権利を保障するため、EUが遺伝子組み換え食品への表示を義務付けた。

90年代には動物の権利を主張する若者たちのムーブメントにも火が付き始め、家畜動物の長距離運送の問題や、動物の飼育の仕方や扱い方の問題などが取り上げられ、国会でも幾度となく答弁が行われた。動物を一切食べず、動物の関わるものを一切使わないビーガンも一気に増えた。

2000年に入っても食品の安全性問題への関心は高まり続け、遺伝子組み換え食品への懸念もあり、農薬散布の危険性についても度々話題に上がった。そして2007年には食品添加物についての本が出版され、実用書としてまれにないほどのベストセラーとなり、加工食品業界が慌てて化学調味料の添加を減らした。と同時に、余計な添加物のない食品が注目を浴び、市民団体が提案した無添加食品マークの付いた加工食品がスーパーの棚に並ぶようになった。

食品アレルギーについても食品業界と小売業界が消費者の意見を聞き、スーパーに特別な棚が設置された。田舎町のピザ屋などでもグルテンフリーのピザ生地を頼むことが可能になった。特に最近では、アレルギーでなくても小麦を避ける人が増えている。小麦は品種改良を重ね、現在一般的に栽培されている小麦にはほとんど栄養がないといわれている。健康志向の消費者は、在来種の穀物を求めるようになり、固定種を使って栽培する農家も少しずつ増えている。

コーヒーやバナナ、チョコレートなどの嗜好品は外国からの輸入品となるので、公正で平等な貿易であるフェアトレードも消費者に浸透している。フェアトレードを推進する団体は、フェアトレードシティー運動を展開し、現在スウェーデンの63の自治体がその認証を受けている。

●コペンハーゲンサミットから加速

2009年にコペンハーゲンで行われた国連気候変動枠組み条約締約国会議あたりから、気候変動問題への危機感が高まり、フードマイルや、二酸化炭素(CO2)排出量と食肉生産についてもメディアで頻繁に取り上げられるようになった。

ビートルズのポール・マッカートニーが盛り上げたミートフリーマンデー(肉を食べない月曜日)運動はスウェーデンにも広がり、週に1日は菜食だけの給食を出す学校も出てきた。気候変動問題への対応として肉を減らすという考え方は定着し、外食産業も工夫を凝らした菜食をメニューに加えている。子供たちから影響を受け、一般家庭でも肉食の日を減らす人も増えてきた。

料理人たちの間でも気候変動に対応する考え方が浸透し始め、毎年、国産有機食材を使った料理大会が開催されている。スウェーデンには160を超える国々からの移民が暮らしているが、スウェーデンの食材で母国料理のエッセンスを加えた無国籍料理の店も人気だ。

同時に、食品ロス問題も深刻で、スーパーのごみ収納庫に廃棄された食品を選んで持ち帰り、食べる人も珍しくなくなってきた。この行為は違法だが、警察も見て見ぬふり、スーパーによっては、わざわざ収納庫の鍵を開けて、廃棄食品をきれいにまとめて置いておいてくれる店もあるほどだ。

火を使わないローフードも人気。ただし、ローフードにはナッツ類が多く使用されることから、栽培に多くの水を要するカシューナッツなどの問題も取り沙汰され、環境に悪影響を及ぼす輸入品ではなくスウェーデンで育つヘーゼルナッツやクルミなどを工夫して使う店も出てきた。

ミツバチへの関心も高い。花粉媒介生物に危険を及ぼすネオニコチノイド系農薬の野外での使用は禁止された。庭の片隅に巣箱を置く人も年々増えている。

●気候変動ではなく気候危機だ

昨年以来、世界中の学生から支持を受けている金曜日の学校スト運動の先駆けとなったスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリは、「気候変動などと言っている場合ではない、気候の危機だ」と政治家たちに訴えている。グレタの意見に賛同する大人は多い。「賛同するだけでなく、行動して」とグレタは訴える。

イギリスで始まったトランジションネットワーク運動もスウェーデンで広がり、ここ近年では、若い年代が中心となって小規模有機栽培を実践し、フィンランドで始まったレコリングと呼ばれる直接取引の方法で販売している。日本で60年代から提携農業としてすでに認知されている地域支援型農業との違いは、複数の生産者からまとめて注文できるという点だ。

気候が変動し、5月でも気温が20℃を超える日も珍しくなくなったスウェーデン。生物多様性の大切さがますます見直されている。農薬散布を減らし、化学肥料を減らし、もともとある植物を大切にし、プラスチックごみを減らし、地域のつながりを深めることが目下の関心事である。

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