特集/シンポジウム報告「気候変動影響研究と対策の最前線」IPCC第2作業部会での緩和・適応のトレードオフに関する考え方 ~政策決定者はどのように理解してきたか?

2019年07月16日グローバルネット2019年7月号

アルフレート・ヴェーゲナー研究所教授
IPCC第2作業部会共同議長
ハンス・ポートナーさん

日本における気候変動対策の状況は、ここ数年で大きく変わってきており、現在、気候変動対策における緩和策と適応策は車の両輪と捉えることの必要性が求められています。環境省が、研究テーマを提示し、産学民間の研究者から提案を募って実施する研究資金「環境研究総合推進費」で研究が進められているプロジェクト「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(S-14)」(代表者:沖 大幹 東京大学生産技術研究所教授)は、2015 年度から始まり、今年で5 年目を迎えました。本特集では、5月8日に京都市内で開催されたシンポジウムで発表された同プロジェクトの研究に関する最新報告を紹介します(2019年5月8日、京都市内にて)。

 

IPCCの第5次評価報告書(AR5)では、リスクを半定量的測定で分析し、気候変動によるリスクだけでなく、適応策・緩和策によるリスクも比較する必要を示しています。そしてこの評価サイクルから明らかなメッセージが出てきました。主要なリスク、影響を避けること、そして適応の限界です。

気温が4℃高くなれば適応する能力そのものも損なわれ、気候変動の程度も高まります。ですから1.5℃の上昇を目指し、緩和策と適応策を同時に進めてリスクを減らし、適応だけで達成できないことは緩和で達成する、この二つのバランスが大事です。

適応の限界にどう対処するべきか

それではどのように適応の限界に対処したらいいのでしょうか。一つは進化的な適応のチャレンジ、もう一つは人間による適応のチャレンジです。私たちの行動には限界があり、まず、危険や暴露量、脆弱性等リスクを認識する必要があります。そして、技術的・自然に基礎を置いた解決策を実行するということが重要です。

適応策についてはリスクとその時間の関係を見る必要があります。海面上昇の予測値は、現世紀末には1mを少し超えますが、適応策を取らなければそのリスクはさらに高くなります。そしてある転換点を超えるとそのリスクは一気に上昇し(ティッピングポイント)、リスクは受け入れられないような状況になります。特に東欧諸国や小さな島では住むことができなくなり、他の国に移動する必要が出てきます。そのため、移動にかかる支出と被害の額や適応の費用、緩和の費用等、すべてを考えてバランスを取った形で判断する必要があります。

大きく違う1.5℃と2℃の世界

そして、適応策がすでに実行されていても、一部はもう限界に達した地域があります。気温上昇1.5℃の場合、気候変動の速度はゆっくりで、陸生生物も淡水生物も適応可能です。そしてサンゴ礁の半分は影響を受けず、海面上昇は2100年までに1m以内に抑えられます。また北極の夏の海氷は残っており、海洋の酸性化については中程度です。もちろんこの状態が良いというわけではなく、あくまでも妥協策ということになります。1.5℃でも、例えばサンゴ礁は最大90%失われるかもしれませんし、北極の海氷は100年に一度は完全に溶けてしまいます。

一方、2℃になるとリスクはより高くなります。気候変動の速度は速く、多くの種はその速度に追い付かない、そして海面上昇は長期的には1mを超え、北極の海氷も10年に一度は夏に完全に溶けてしまいます。そして海洋の温暖化や酸性化のリスクはより高くなり、作物生産もリスクにさらされているでしょう。

1.5℃の世界を達成するために

適応策はすでに実施されていますが、適応策の限界に達している所もあり、緩和策なしの適応策では不十分だということは明瞭です。では1.5℃の世界を達成するためには何をする必要があるのでしょう。二酸化炭素(CO2)の排出量は2030年までに45%削減する必要がありますが、1990年ではなくて2010年と比較して、ということが重要です。そして2050年にはその排出量を完全に正味ゼロにしなければなりません。そしてメタンやブラックカーボン等CO2以外の温室効果ガスの削減を実行し、それによって健康にすぐに直接的に効果があるのです。

また、AR5では排出量削減についていくつかの経路も示しており、2020年ですでに地球全体のCO2の排出量を減少に移行さなければならないことを示しています。いずれにしても2050年ぐらいには排出量をマイナスにし、吸収が排出を上回るような状況を作り、炭素の回収貯留とバイオマスエネルギーを組み合わせた技術(BECCS)を利用することが必要になります。これは植林をして木を伐採し、燃やしてエネルギーを作る、その時にCO2を大気に放出せずに地中に貯留しますが、植林のためにインドの国土の2倍の面積が必要になり、それができないと十分な効果は発揮されません。

より野心的な目標達成が重要です。適応策の研究とその限界、関連のシナリオについて、これまでの報告書の中で発表してきましたが、それらはさまざまなステークホルダーの理解への橋渡しになり、解決策の選択肢やリスクを低減させる能力に対する理解や、適応・緩和策に関連する新たなリスクの理解を深め、政府や各機関との明確な関連性を特定することができるのです。

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