特集/シンポジウム報告「気候変動影響研究と対策の最前線」世界全体では気候変動対策にいくらかかるのか?

2019年07月16日グローバルネット2019年7月号

芝浦工業大学教授
平林 由希子 (ひらばやし ゆきこ)さん

日本における気候変動対策の状況は、ここ数年で大きく変わってきており、現在、気候変動対策における緩和策と適応策は車の両輪と捉えることの必要性が求められています。環境省が、研究テーマを提示し、産学民間の研究者から提案を募って実施する研究資金「環境研究総合推進費」で研究が進められているプロジェクト「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(S-14)」(代表者:沖 大幹 東京大学生産技術研究所教授)は、2015 年度から始まり、今年で5 年目を迎えました。本特集では、5月8日に京都市内で開催されたシンポジウムで発表された同プロジェクトの研究に関する最新報告を紹介します(2019年5月8日、京都市内にて)。

 

私たちのグループは、温暖化が進行した場合に悪影響をどれだけ減らすことができ、そのためにいくら必要かという適応策について研究を進めてきました。過去の自然災害による被害のデータでは、洪水や渇水、台風のような暴風雨、伝染病で、過去の死亡者数や被害額の約60%を占めているので、洪水、穀物生産、健康、沿岸地域の四つの分野を対象に、適応策の費用を計算しました。

洪水

最も温暖化が進むシナリオでは、過去の河川洪水による経済被害の割合は世界全体のGDP(国内総生産)の3.28%で、現在の7.6倍に増加すると予測されます。

洪水による将来の被害割合を現在と同程度に下げるために、世界全体でどれくらいの防護基準が必要かという試算や、河川堤防を造るのに1㎞あたりいくら必要かということについて、それぞれの社会経済の状況等も勘案したある条件のシナリオでは、最も温暖化が進んでいるシナリオで、世界全体では1年あたり16兆円を河川堤防に投資する必要があります。今、日本の治水事業は年間約1兆円くらいなので、その16倍を世界全体で毎年、追加的に支出すれば、温暖化による被害割合を同程度に引き下げることができるということになります。

穀物生産

2050年には現在の約1.6倍の食料が必要と見込まれていますが、すでに起きている気候変動による穀物の生産被害は過去30年間で平均すると世界全体で年間約4.8兆円に上ります。

将来、どのくらいの費用をかけてこの被害を低減させる必要があるのか、各主要穀物について計算を行っているところです。トウモロコシについては、最も温暖化が進むシナリオでは、1年あたり18.5兆円必要という試算が出ています。

健康

世界のいろいろな都市について、将来温暖化した場合の熱関連の死亡数の増減を計算した結果、1.5℃上昇の持続可能なシナリオに比べ、4℃上昇のシナリオでは、死亡数が最大で8%以上増加する地域が存在するという結果になりました。

さらに、熱中症による死亡は70~80%が高齢者で、多くが室内でエアコンを使っていなかったことから、エアコンの普及だけではなく、人びとの行動に対しても対策が必要であることがわかりました。

沿岸

21世紀末には温暖化による海面上昇等により、全球の浸水面積は37~42万㎞2、影響を受ける人は0.55~1.06億人、被害額は年間約6,000億円になります。これに対し、海岸の堤防整備で被害を軽減することができ、その費用は被害額よりも少ない4,000億円くらいで済みます。また、高価なコンクリート製の海岸堤防でなく、マングローブのようなグリーンインフラも組み合わせると費用は低減できます。

世界全体の適応費用の推計からようやくこのような数字が出てきたという状況ですが、適応し切れない地域や、適応コストが経済的に見合わない場合もあることもわかってきました。

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