USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第23回 米排ガス・燃費規制をめぐる騒動

2020年01月15日グローバルネット2020年1月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)

米連邦政府は昨年、自動車の排ガス・燃費基準の大幅な緩和策を発表した。これにより温室効果ガス(GHG)排出削減率が大きく減退することが予想され、厳しい排出削減目標を掲げる州や自治体、環境団体との激しい係争が続いている。自動車業界も連邦政府派と州派に二分し、混沌とした状況になっている。

●運輸セクターの炭素排出動向

アメリカでは、2016年まで電力セクターからのGHG排出量が最も多かったが、効率化や低炭素電力への移行などにより年々減少し、17年には運輸セクターが29%と電力28%を上回った。電力以外のセクターでも排出量は減少傾向にあるが、運輸は1990年比で22%増と大きく増えている。

排出量が増えているのは、車の走行距離自体が増えているからである。運輸全体の排出量の中で、乗用車(セダンやワゴン)と小型トラック(SUV、ミニバン、ピックアップトラック等)が59%と圧倒的なシェアを占めており、中大型トラック(23%)を合わせると自動車由来の排出が80%以上に上る。とくに中大型トラックは、1990年から2017年までに走行距離が2倍、排出量が90%増えている。しかしながら、燃費・排ガス規制は14年に施行されたばかりであり、16年までの燃費改善率は1%と大きな成果は出ていない。

一方、乗用車と小型トラックは、走行距離は同期に44%増加しているものの、排出量は14%増にとどまっており、規制により一定の効果が出ている。

●燃費基準の経緯

乗用車の燃費基準「企業平均燃費基準(Corporate Average Fuel Economy standards:CAFE)」は、オイルショックの最中の1975年、石油消費の削減を目的として制定され、82年には小型トラックも対象となった。その後長い間、大きな基準の改訂はなかったが、2004年に小型トラックの規制が強化され、07年に乗用車の規制も強化された。

施行から87年までに燃費は68%改善し、その後04年までに12%悪化したが、再び改善傾向に転じ、17年までに29%改善している。炭素排出量は燃費と連動しており、87年までに41%減、04年までに14%増、17年までに23%減となっている。

●基準設定の管轄

燃費基準の設定は、運輸省傘下の国家道路交通安全局(NHTSA)の管轄だが、07年に環境保護庁(EPA)が車両のGHG排出基準を定めることになり、12年基準から両者が共同で設定している。

両局に加えてカリフォルニア州大気資源局(CARB)も、連邦大気浄化法により排ガス規制当局として認められている。同法では州や自治体が独自の規制を設定することを禁じているが、大気汚染が深刻だった同州では同法制定以前から大気浄化に関する厳しい規制があったため、特別に連邦法の適用免除が認められている。他州が同州基準を採用することも許可されているが、規制や州ごとにEPAの認可が必要である。

同州では1990年からZEV(Zero Emission Vehicle:電気・燃料電池・プラグインハイブリッド)規制を課しており、州内で一定台数以上の自動車を販売する企業は、販売台数に応じて規定割合のZEVを生産するよう義務付けている。また、09年から乗用車に対して連邦基準よりも厳しいGHG排出規制を課しており、両基準とも連邦法の適用免除が認可されている。

現在、同州のGHG基準を採用しているのはニューヨークやマサチューセッツ等13州とワシントンDC、ZEV基準を採用しているのは9 州あり、今年に入ってからコロラド、ミネソタ、ニューメキシコも採用することを発表している。これらを合わせると、米乗用車・小型トラック市場の40%を占める。連邦とのダブルスタンダードとなることを避けるため、12年以降、三者で基準間の整合性を取っている。

●連邦政府の緩和策

現行の連邦基準では17~25年型車の燃費・GHG排出目標が定められており、GHG基準は25年までに163g/mi(101g/km)、燃費基準は17~21年(乗用車と小型トラック合算目標41mpg(17.4kml))と22~25年(目標49.7MGP:(21.1kml))の二段階に分かれている。後者は暫定値であり、18年4月までに中間評価を行い、市況等を考慮して確定されることになっていた。

ところが、16年11月の大統領選直後、EPA長官が急きょ、同年7月に公開された技術評価報告書に基づいて、現行の22~25年基準を妥当とする評価案を発表。12月末までパブリックコメントを募集し、翌年1月、前政権の任期終了2日前に現行基準を妥当とする最終決断を発表した。

大幅な期日前倒しで業界との調整が十分でなかったと見られ、自動車業界は翌2月に新政権に対して、最終決断を撤回して当初の予定通り中間評価プロセスを進めるよう要請した。これを受け、EPAは3月に最終決断の見直しを発表。当初期日の翌年4月には、現行基準は厳し過ぎるとし、改訂が必要との最終決断を発表した。

同年9月、NHTSAとEPAは燃費・GHG排出基準の改訂案「SAFE(The Safer Affordable Fuel-Efficient Vehicles Rule)車両規制」を発表。20年の基準(37mpg:15.7kml)を26年まで据え置き、カリフォルニア州のGHG・ZEV基準に対する連邦法の適用免除を取り下げるとした。

●激化する連邦と州の争い

両局とCARBはその後調整を試みたが、交渉は決裂した。19年6月、自動車業界大手17社は大統領とカリフォルニア州知事の双方に対して共同書簡を送り、係争の長期化と不確実性による業界や消費者への不利益を避けるべく、達成可能で常識的な妥協策を両者で模索するよう要請し、業界は年ごとの燃費改善を支持している旨を記した。

これを受け、カリフォルニア州は各社と調整を行い、7月にフォード、ホンダ、BMW、フォルクスワーゲンAGの4社が同州の妥協案に合意し、現行の連邦排ガス基準より緩い基準(22~26年までに50mpg(21.2kml))を任意で採用すると発表した。同州は他社もこれに追随すると期待したが、その後合意に至った企業はない。

NHTSAとEPAは9月にSAFE第一弾として「単一の全米プログラム」を立ち上げ、同州基準の免除取り下げと連邦法の適用義務化を公式に発表した。これに対し、カリフォルニア州と同州基準に賛同する22州とワシントンDC、ニューヨーク市とロサンゼルス市が即座にNHTSAを起訴し、後にEPAに対しても別途訴訟を起こしている。

同月、司法省はカリフォルニア州と協定を結んだ4社に対して独占禁止法の疑いで調査を開始。翌10月には、GM、トヨタ、フィアット・クライスラー、日産、ヒュンダイ、マツダ、スバル、キアなど多くの自動車メーカーがホワイトハウスの働き掛けに応じ、連邦政府側に訴訟参加した。

11月、カリフォルニア州はこれに応酬し、20年以降、同州の燃費基準を採用する自動車メーカーのみから公共安全車両を除く公用車を調達し、セダンに関しては内燃機関のみを搭載した公用車の購入を禁止するとの方針を発表した。

SAFE第二弾となる新GHG・燃費基準はじきに発表されることになっているが、発表後はさらなる係争の激化と長期化が予想される。係争が長引けば、自動車業界は二重基準の対応に追われる可能性がある。

連邦政策が時代に逆行していることは明らかである。欧州や日本は厳しい燃費基準を設定して低炭素社会への移行を進めており、自動車業界ですら連邦緩和策を行き過ぎと捉えている。国や世界に役立つ政策立案より前政権の規制撤廃に固執する現政権の姿勢を正すことはもはや不可能だろうが、次期大統領選の結果次第で軌道修正は可能である。一連の騒動から何を学ぶのか、米国民の真価が問われることになるだろう。

タグ: