環境条約シリーズ 335塩基配列情報をめぐって決裂した食料農業植物遺伝資源条約

2020年02月17日グローバルネット2020年2月号

前・上智大学教授 磯崎 博司(いそざき ひろじ)

 食料農業植物遺伝資源条約(ITPGR)の第8回管理理事会(GB8)が2019年11月11日から16日までローマにおいて開かれた。そこでの最重要課題は多国間制度(MLS)の改正であり(本誌2016年3月)、2013年からMLSの機能改善に関する作業部会が交渉を続けてきていた。その主要論点は、定型素材移転契約(SMTA)の改正により利益配分を義務化することおよび条約附属書の改正により対象遺伝資源を拡大することであった。

 両改正は2017年のGB7で採択される予定だったが、付属書改正に開発途上国が反対したため決定を延期して、GB8に向けて会期間交渉が続けられていた。2018年の後半以降、上記作業部会は、準備や非公式の会合を含めて交渉を続けたが、GB8の前には合意できなかった。そのため、GB 8中に特別交渉会合が設置されたものの、改正SMTAの支払い料率および塩基配列情報(DSI)の取り扱いをめぐって調整作業は難航した。最終日に示された議長の統合案によっても合意に至らず、交渉は決裂した。そのような場合、今後の再交渉を促進するため会期間の検討の継続を決めることが多いが、それも一切行わないこととされた。

 そのように全面決裂となった背景には、近年、開発途上国がITPGRにおいて、DSIの利用に利益配分を義務付けるよう主張してきていることがある。そのDSIの取り扱いは、生物多様性条約において、条約対象である遺伝資源の定義に情報は含まれていないとする先進国と、情報利用に利益配分を義務付けようとする開発途上国との間で最大の対立議題となっている。その関連もあって、GB8の場で開発途上国は、DSIの取り扱いについて強い主張を続けたのである。

 実は、DSIの取り扱いは、医薬、科学、育種、知財権、貿易、データベースなど、先端技術・情報の管理と利用に関わるさまざまな条約や国際組織においても重大な関心事項になっている。今回のITPGRにおける全面決裂という事態が、それらにおける検討や交渉にどのような影響を及ぼすのか注目されている。

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