特集 タネの未来と日本の農業を考える~種子法廃止・種苗法改正案を受けて~種子と農民の権利を守るために~種子法廃止をめぐる動きから考える

2020年04月15日グローバルネット2020年4月号

国際農業開発学博士
大川 雅央(おおかわ まさお)

 近年日本では、種子法の廃止、種苗法改正、遺伝子組み換え、ゲノム編集など、タネ(遺伝子資源)と農業をめぐる法的な動きが急速に進みつつあります。これらは私たちの食生活と日本の農業の在り方、さらには日本の環境や生物多様性保全にも大きな影響を与える可能性があります。しかし、それらの情報は消費者・市民には届きにくく、消費者側の関心も低い現状があります。
 本特集では、持続可能な農業とタネ、それを取り巻くさまざまな人、組織、国などの取り組み、その現状と課題について、多様な立場から論じていただきます。

 

種子法廃止に伴い模索が続く種子の安定確保

主要農作物種子法(種子法)が2018年4月1日に廃止されたことに伴い、これまで国が管理してきた食料安全保障にとって最も重要である主要農作物(イネ、ムギ、大豆)の種子について、今後、どのように安定的に確保するか模索が続いている。「日本の種子を守る会」によると、2020年2月10日現在で種子法に代わる種子条例を制定した自治体は15道県あり、今後、さらに増加するとみられる。

各条例の内容を見ると、種子の流通の国際化により種子の供給が不安定になる恐れがあるため、自治体の責任において主要農作物の種子の安定供給を目的としており、対応策もほぼ共通している。その中で特筆すべきは、「長野県主要農作物及び伝統野菜の種子に関する条例」(2020年4月1日施行)において、主要農作物(イネ、ムギ、大豆、ソバ)に加えて伝統野菜等(信州の伝統野菜認定制度により認定された伝統野菜等)を対象としていることである。その第13条において、県は伝統野菜等について、採種の技術の指導その他の種子の安定的な生産のために必要な施策を講じるとともに、品種の維持のための種子の保存に対する支援を行うとしている。他の自治体でも、同様の対応がなされることが期待される。また、北海道の条例は、第3条の基本理念において、優良品種及び優良種子が「貴重な財産」であるとの認識を示しており、制定条例の中で唯一、種子の位置付けに触れている。

育成者権強化で審議が進む種苗法の改正案

種苗法の改正案が2020年3月3日に国会に提出されて、新品種を育成した者の知的財産権(育成者権)を強化する方向で審議が進んでいる。種苗法では1978年の成立当初から、農家の自家採種の慣行に配慮して、農家による登録品種の自家増殖(収穫物の一部を貯蔵し、種子として使用すること)を原則として認めた上で、その例外として栄養繁殖※(※ 種子からでなく、根・茎・葉等の栄養器官から植物を繁殖させる方法で、親と同じ均一な個体の集団を形成)する植物に属する品種についてのみ、自家増殖を禁止してきた。今回の改正では、種子繁殖をするイネをはじめとする食料安全保障上重要な作物も含め、一律に種苗法により新品種として登録されたすべての品種の自家増殖が禁止され、育成者権者の許諾を必要とする改正案となっている。

種子を守る「農民の権利」

次に、種子を守る国際的な動きとして、その実現策が議論されている「農民の権利(Farmers’Rights)」について考えてみたい。農民の権利は、2004年に発効した食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR、日本は2013年に加入)の前文と9条に定められている。世界の農民が食料・農業用の植物遺伝資源(PGRFA:農作物のタネ)の保全、改良および提供において、過去、現在および将来において行う貢献に由来する権利とされ、次の五つの要素、①PGRFAの保全、改良および提供面で農民が大きな貢献を行ってきており、引き続き行うことを認めること、②伝統的知識(TK)の保護、③利益配分に参加する権利、④意思決定に参画する権利、⑤自家採種した種子を保存、利用、交換および販売する権利からなる。とくに、⑤は農民が自家採種する自由で、農民の権利の中心概念といえる。これらを実現する責任は各国政府にあり、そのニーズおよび優先順位に応じて、国内法に従い、必要な措置を取るとされている。

「農民の権利」を認めていた武者小路実篤

ところで、私は2019年から市民農園を借りて野菜作りをしている。江戸東京野菜の「内藤トウガラシ」を自家採種し、その種子を昨年、初めて播種して育てた。今年、収穫して気付いたことは、薬味としての利用だけでなく、茎ごと乾燥させると、ドライフラワーとして室内の装飾に使え、心の癒やしをもたらすということだった。野菜の画を描くのが好きだった武者小路実篤は『野菜讃』の中で、「野菜はどれもこれも美しい、唐辛は色が美しく、赤はあくまで赤く、青(熟し切らない奴)はあくまで青い」と書いている。この「唐辛」は「内藤トウガラシ」のことかもしれない。また、実篤がよく描いた描いた南瓜は「鵠沼くげぬまかぼちゃ」(写真)ではないだろうか。この南瓜の栽培は、現在、神奈川県内の2軒の地元農家が試行錯誤しながら継続しているそうだ。調布市若葉町にある武者小路実篤記念館では毎年夏休み期間に、小中学生向けの自由研究サポートとして、この南瓜を取り寄せてその絵を画くことを続けている。在来品種のタネを保存する取り組みとリンクできたら素晴らしいと思う。

実篤の野菜(南瓜)の画のモデルと思われる「鵠沼かぼちゃ」

そして最後に実篤は、「雑草のような草の中から、食物としてこんないいものを探し出し、それを段々発展させて今日の状態にした、我々の先輩に感謝するものだ」と書いている。彼は、「農民の権利」の最初の要素、在来品種の保全、改良及び提供面で農民が果たしてきた大きな貢献を認めていたといえる。

「農民の権利」実現のために進む取り組み

ITPGRでは、最近になって、農民の権利を実現するための議論の場となる農民の権利臨時技術専門家会合(AHTEG-FR)を設置し、その第1回会合が2018年9月、第2回会合が2019年5月に開催された。そして、AHTEG-FRへの付託事項である次の2点、(1)採用可能な各国措置、優良事例等の一覧表の作成、(2)農民の権利を実現するための選択肢の策定について活発な議論が行われ、その検討結果が2019年11月の第8回ITPGR締約国会議で報告された。この第8回締約国会議の決議6/2019において、AHTEG-FRを2年間延長開催して付託事項を完了させることが決まった。また、締約国に対しては、①種子政策等において農民の権利実現のための国の対策を検討すること、②農民組織とその関係者を農民の権利の実現に関する議論に参画させること、③持続的で生物多様性の高い生産システムを推進すること、④農民の権利を実現する参加型手法として、例えば、シードフェアの開催、地域シードバンクの設置、地域生物多様性に関する登録簿の作成等を求めている。

AHTEG-FRに報告された優良事例を一つ紹介する。北欧起源の種子を保存しているノルディック・ジーンバンクでは、「趣味用の材料移転契約(趣味MTA)」を作成し、農民や園芸家からの要請にも対応し、種子の配布をしている。種子の販売はできないものの、趣味の規模での増殖、非商業目的での収穫物の販売、趣味MTAによる他者への移転ができることが報告されている。なお、月刊誌『現代農業』では昨年から誌上タネ交換会を実施しており、この決議のシードフェア開催要請に応える前向きな取り組みといえる。

食料自給力を高めるために~われわれの責務とは

食料自給率が37%と先進国で最低レベルの今、予測される気候変動等に備えて食料自給力を少しでも高めるために、イネ、ムギ等の主要農作物の種子については、公的な管理・供給体制を維持すること、また、野菜や穀類も含めた在来品種の種子については、地域の共有財産・文化財と位置付けて、教育現場や市民農園・公園等、日常生活またはその近くに取り入れて利用しながら、地域全体の支援や寄付を活用しつつ、農家の自家採種を中心に位置付けた保全・利用・啓蒙活動によって次世代に引き継いでいくことが、われわれの責務と考える。

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