特集/タネの未来と日本の農業を考える~種子法廃止・種苗法改正案を受けて~有機農業の未来を考える~種子法廃止・種苗法改正案を受けて~

2020年04月15日グローバルネット2020年4月号

「持続可能な農業を創る会」座長、農的社会デザイン研究所代表
蔦谷 栄一(つたや えいいち)

 近年日本では、種子法の廃止、種苗法改正、遺伝子組み換え、ゲノム編集など、タネ(遺伝子資源)と農業をめぐる法的な動きが急速に進みつつあります。これらは私たちの食生活と日本の農業の在り方、さらには日本の環境や生物多様性保全にも大きな影響を与える可能性があります。しかし、それらの情報は消費者・市民には届きにくく、消費者側の関心も低い現状があります。  本特集では、持続可能な農業とタネ、それを取り巻くさまざまな人、組織、国などの取り組み、その現状と課題について、多様な立場から論じていただきます。

 

「持続可能な農業を創る会」と提言

「持続可能な農業を創る会」にまず触れておきたい。本会は、全国の農業者、生産団体、実需・流通、消費者、研究者が集まって2019年7月に立ち上げたもので、食料・農業・農村基本計画の策定につき協議する農政審議会に向けての提言取りまとめを目的とする。文字通り持続可能な農業の確立による農業政策と環境政策の一体化を中心に取りまとめ農林水産省への提言・要請を行った(下記囲み)。

「持続可能な農業を創る会」による「提言」の骨子
① 持続可能な農業の推進を農政の基本に据え、最重要取組事項として環境政策と一体化させた農業への取組強化
② 持続可能な農業の定義の明確化と具体的な取組み推進
③ 化学合成による農薬や肥料の使用量の70%削減
④ 持続農業法と有機農業推進法、有機JAS制度、環境保全型農業直接支払制度の再編成による一貫した法的、制度的体系の構築
⑤ 有機栽培、特別栽培、GAP等、さまざまな表示の整理・体系化
⑥ 卸売市場の一つとして有機専門市場の設置 ⑦ 地元有機農畜産物を使った学校給食の確立
⑧ 公共調達による有機農産物の利用促進

種子法廃止・種苗法改正の動きに対しては提言のベースとなった提言(統合版)の中で「優良種子が守られ安定供給されることは、持続可能な農業に取り組んでいくための前提です。~種子法が廃止されたものの、自家採種を行う権利は引き続き維持されなければなりません」と整理・明記している。

わが国の有機農業取組現状

ここで有機農業取り組みの現状について押さえておくと、耕地面積に占める有機農業取り組み面積の割合では0.5%(有機JAS認証だけでは0.2%)(2016年。以下同じ)となっており、イタリア14.5%(認証ベース。以下同じ)、スペイン8.7%、ドイツ7.5%、フランス5.5%をはじめとする欧米はもとより、韓国1.2%、中国0.4%の東アジアの国と比較しても大きく劣後しているのが実情である。

ということではあるが、わが国の農業者の平均年齢は66.1歳であるのに対して、有機農家のそれは59.0歳となっている。また新規就農者のうち有機農業に取り組んでいる割合を見ると、全作物で有機農業を実施が20.8%、一部で実施が5.9%(いずれも2016年)となっており、若い層では有機農業への取り組みはもはや特別なものではなくなりつつあることも確かだ。

有機農業に取り組んでいる農家の経営規模については不明であるが、小規模経営から大規模経営まで多様な担い手によって取り組みは行われているが、小規模、家族経営が主であることは間違いない。

種子法廃止等に対する現場の動き(1)

次に有機農家が現状、種をどのように調達しているのか、また種子法廃止・種苗法改正の動きをどのように捉えているのかを、千葉県山武市にある農事組合法人・さんぶ野菜ネットワーク(以下「さんぶ野菜ネット」)を取り上げて確認しておきたい。

さんぶ野菜ネットは正組合員46名、准組合員15名、研修生13名によって構成される農事組合法人である。JA山武郡市有機部会を2005年に独立させたもので、2017年7月現在で、登録圃場は87ha、うち有機栽培圃場48.7ha、特別栽培圃場38.3haとなっている。

人参、里芋をはじめとして、およそ60品目の野菜を生産しており、年間販売高は4億9千万円(2016年度)で、正組合員46名で単純に割れば1千万円超となる。

種や苗の調達を見ると、自家採種しているものと購入しているものとに大別される。自家採種しているのは60品目のうち落花生、里芋、唐芋、八ツ頭、亀戸大根であり、その他は購入されている。自家採種を基本としながらも栽培面積が多いと対応が困難となり購入せざるを得ないという事情による。人参、里芋、落花生、レタス類、大根、葉物・果菜類別に品目担当者が決められており、その品目担当者会議で品種とともに購入の是非が決定される。

種の購入にあたって、日本では大手の種苗会社は有機の種苗を扱っていない、また扱う考えもないという難問が存在する。フランス等のような有機種苗を専門に扱う会社がなく購入先の確保に往生しているのが実情で、有機種苗の専門会社を育成していくことが、今後、有機農業を拡大していくための大きな課題となっている。

自家採種はさんぶ野菜ネットの生産および経営の継続に不可欠であり、自家採種の権利は守られなければならないとして、常勤理事の下山久信氏は生協等消費者団体と一緒に「タネちばの会(=種子を守る千葉県条例を求める実行委員会)」を立ち上げ、その副実行委員長として県議会に条例制定を働き掛けるなど、外部活動にも積極的に取り組み、かつリードしてきた。この6月には県条例が制定される見込みだという。

種子法廃止等に対する現場の動き(2)

本会とも連携しながらやはり基本計画への提言を行っている日本有機農業研究会は、その提言の中で〈種子の保存・継承〉という項目を設けて施策を詳述している。直接の現場ではないが、長年有機農業に取り組んできた農家の意向を反映していることから施策部分のみ抜粋して引用しておく。

・(種苗関係)
①有機農家の自家採種の促進、種苗交換会の普及・充実等、有機農家が有機農業に適した優良な有機種苗を自ら保全し、利用することができるよう施策を講じると共に、有機農業団体のそうした取組みを支援する必要がある。
②猛暑等の異常な気候変動が続いており、こうした気候変動に強い新品種の有機種苗の開発が必要である。

・(種子政策)
①政府による安価で高品質、各地域の気候・風土に適した種子の提供と開発(主要農産物種子法の復活)
②農民の種子の権利の尊重(種苗法関係)
③在来種や固定種の農家による自家採種・増殖の奨励
④一般市民への啓発・教育事業(自家採種の講習会、消費者向けに在来・固定作物を食べて応援することを啓発する講演会などを含む)への支援
⑤農家が行う、在来種や固定種の栽培試験や育種への助成
⑥国内の零細な種子生産や販売会社への支援などの諸策が必要である。

「種は公共財」が基本の有機農業

以降は個人的見解となるが、種子法廃止・種苗法改正の動きについて総括しておけば、そもそも種子は長い歴史の中で、気候や風土に合わせて地域で改良されてきたもので、まさに公共財として位置付けられるべきものである。新品種の開発者に知的財産権を付与して一方的な権利を保護しようとする流れは、長い歴史の積み重ねを無視した非倫理的な“侵害”としか言いようがない。

この根幹にあるのは行き過ぎた資本の論理と近代化であり、種子・種苗問題の本質はここにある。種はF1(雑種第一代)で開発されることによって自家採種が困難になり、固定種・在来種は減少し種の均一化が進む。併行して農産物貿易の自由化圧力が強まる中、政府支援は特定農家に集中され、小規模農家、家族経営は減少して担い手不足は深刻かつ農村コミュニティの希薄化も甚だしい。また農薬・化学肥料の大量使用によって土壌の劣化、地力の低下は著しく、あらゆる面で農業は持続性を喪失しつつある。とくに懸念されるのが昨今の異常気象による災害の急増であり、この原因が二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増加による気候変動にあることはもはや定説化しつつある。

まさに足元から食料安全保障が揺らいでいるもので、土壌の持つ温室効果ガス貯留効果を発揮させていくとともに、気候変動に耐性を持つ種子開発の前提としての種子の多様性を維持していくことは食料安全保障の必要条件となる。これに対応する有機農業をはじめとする持続性可能な農業を推進していくためにも、種の公共財としての位置を回復していくことは最重要かつ喫緊の課題なのである。

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