USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第25回 新型コロナウイルスによる米環境対策への影響

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ

新型コロナウイルスにより、米国社会は大きく変わった。4月半ば時点で感染者数は60万以上、死者数は3万近くに達している。3月半ば、連邦政府は全国民に外出自粛を要請し、40以上の州が自宅待機令を発動、食料品店や薬局、警察、病院、物流等の生活に不可欠な事業を除き、人と接する事業の営業停止が命じられた。これにより多くの人が職を失い、失業保険の申請数は史上最高を記録、経済はまひした。

人びとは家にこもり、感染と生活の不安を抱え、先行きを案じる日々が続いている。医療従事者や食料品店等の生活に不可欠な事業に携わる人びとは、感染の危険を冒して他者のために働いている。州や自治体は不足する医療用品の入手や市民や企業への資金援助に奔走し、生活に不可欠でない企業は本業でない医療用マスクやガウンの製造を始める等、従業員の雇用を守るためにさまざまな策を講じている。人の命や明日の生活が脅かされる非常事態の中、環境問題に配慮する余力は失われている。

感染拡大に伴う環境対策の縮減

これまで多くの自治体が、環境負荷削減に向けてマイカーから公共交通へとモーダルシフトに取り組んできたが、感染拡大後は公共交通の運行数を減らしており、必要でない限り利用しないよう市民に訴えている。感染防止のため、ウイルス検査場にドライブスルー形式を採用する自治体も多いが、自家用車がないために検査を受けられず困窮する市民も出ている。

また、自治体はここ数年、レジ袋やカトラリー等の使い捨てプラスチック製品の規制を強化してきたが、感染予防策として使い捨て製品の価値が見直され、規制の施行延期や一時停止が相次いでいる。ニューヨーク州では、3月1日からレジ袋の配布が禁止されることになっていたが、持参したマイバッグに付着したウイルスからの感染が懸念され、施行は5月に延期された。メイン州でも今年4月の施行予定が来年1月に延期され、07年からレジ袋配布を禁止しているサンフランシスコ市は、ウイルス対策の一環として、小売店に対して顧客によるマイバッグやカップ、その他再利用する製品の持ち込みを禁じた。スターバックスやダンキンドーナツ等の大手飲食店も、マイカップの使用を停止した。

ウイルスによる損失が最も大きいとされる航空業界は、炭素排出削減義務を軽減すべく動き始めた。同業界は、国連の国際民間航空機関(ICAO)により、2021年から炭素排出基準値を超えた分の排出枠を購入してオフセットすることが義務付けられている。基準値は19~20年の排出増加分を元に各社に割り当てられるが、ウイルスの影響で運行量が激減しているため基準値が下がり負担が増すとして、業界団体がICAOに規制の改訂を求めている。

これらの企業や自治体は、ウイルスの影響によりやむを得ず環境負荷削減策を縮減したと見られるが、一方で感染拡大の混乱に乗じて規制緩和を促進するような動きも見受けられる。

ウイルスの政治的利用

3月末、環境保護庁(EPA)はウイルスに起因する環境規制違反の取り締まりを一時停止すると発表した。これにより、3月半ばにさかのぼり、汚染物質流出等の監視・報告義務違反に対して罰則が科されないことになる。同庁はこれを、同庁職員や規制当局、提携業者の人材の安全性を考慮した政策としているが、環境団体らは、データは汚染状況を知るための重要なツールであり、記録や報告は少人数で対応可能な作業であるとし、同政策はウイルスを盾にした産業界への恩赦だと批判している。議員らも、呼吸器疾患を引き起こすウイルス感染の最中に大気汚染の抑制を怠ることは非常に危険とし、政策決定の背景に関する質問状を同庁に送付している。

懸念される物質の一つにメタンがある。国際エネルギー機関によると、近年メタンの排出量が世界的に増加傾向にあり、気候変動対策として、エネルギー由来の中で排出量が最も多い石油・天然ガス業界の排出抑制努力が求められている。メタンは二酸化炭素と比べて商業価値が高く、回収後のマネタイズ(収益化)が比較的容易なため業界の負担は比較的軽いとされるが、石油やガスの価格下落により業界の収益が減少しているため、排出抑制の取り組みがおろそかになっているという。こうした業界の動向を、政府が後押ししている。EPAは昨年、同業界のメタン排出規制緩和案を発表しており、今般ウイルス対策として違反の取り締まりが緩和されれば、業界の排出抑制努力は一層緩慢になると考えられる。

さらに、この数日後、運輸省とEPAは、現行基準を大幅に緩和した21~26年の燃費・排ガス基準の最終版を発表した。運輸省長官は報道発表文の中で、「コストがかかる上に達成可能性の低い燃費・排ガス基準を改正したことで、大統領はアメリカの自動車生産を再活性化するという自動車産業労働者との約束を果たした」と述べている。感染による死者数が急増し、多くの企業が営業停止を強いられている国家非常事態の最中、選挙キャンペーンのようなこの政策発表は奇異な印象を与え、メディアらが連邦政府を批判した。

今年11月の大統領選を控え、連邦政府は規制緩和策の実装を急ピッチで進めているが、感染拡大後もその勢いは衰えていないという。アメリカには、60日前までに連邦政府が制定した規制を議会が覆すことができる議会審査法という連邦法があり、次の選挙で民主党が多数派を奪還した場合、議会がこれを行使する可能性が高い。これを避けるには、パブリックコメント期間等を考慮して6月頃までには規制を発表する必要がある。非常事態の最中に燃費・排ガス基準を発表したのも、このためではないかと見られている。

故意にせよ不本意にせよ環境対策がおろそかになる中、自然界は気候変動対策を軽視してはならないと警告を発している。

ウイルスと気象災害の二重苦

3月から4月にかけ、気温の上昇とともに全米各地で気象災害が多発している。4月中旬、ルイジアナやジョージア等、感染者が急増していた南部の州を竜巻が襲い、死者数30名以上、停電世帯が数十万に上る被害に見舞われた。これらの州では自宅待機令が出されていたため、被災者の避難所生活やボランティアの被災地支援が困難になっている。一時的に自宅待機令を解禁して避難所を開設する州や、ホテルに協力を仰いで家屋を失った家族に部屋を提供する自治体、ボランティアの人数を制限して社会的距離を維持する非営利団体等、それぞれに対策を講じているが、ウイルスと気象災害の二重苦により復興作業が進まず、被災者の苦難は増している。アーカンソーやアイオワ、イリノイ州でも、感染が拡大し始めた3月末に竜巻が起こり、負傷者や家屋の損傷等の被害が出ている。全米で最も感染が深刻だったニューヨーク等東海岸の各州も4月半ばに暴風雨に襲われ、十万以上の世帯が停電被害に見舞われている。

被害が拡大するまでの時間が短く影響が広範なウイルス感染と比べ、気候変動は被害が局地的で発生までに時間がかかり、因果関係が見えにくい。そのため、対策が後手に回りがちである。しかし、ウイルスも気候変動もともに人命や人びとの生活を脅かす危険な要素であり、対策の重要性は変わらない。ウイルスか環境かどちらかではなく、両者ともに有効な方策を検討する必要があるだろう。

アメリカはこれまで、経済優先派と社会課題解決優先派とで二極化する傾向にあったが、感染拡大により、多くの人が経済も社会課題もどちらも重要であることに気付き始めている。経済を優先させて自宅待機令を早期に解除すれば再び感染は広まるが、感染防止を優先させて自宅待機を長引かせれば人びとの生活が危ぶまれる。両者の折り合いをどうつけるのか、壮大な社会実験が行われている。この先、この稀有な体験を気候変動対策に生かすことができるのか、あるいは、ウイルスの収束後に再び二極化し醜い争いを続けるのか、人びとの英知が問われている。

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