21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第41回 新型コロナウイルス対策を考える

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

新型コロナウイルス対策の経緯

2020年1月30日、世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルス感染症について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。

政府の新型コロナウイルス感染症対策本部は、2月13日に「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策」の中で水際対策を行い、ウイルスの国内まん延を食い止めること等を公表した。しかし、効果を上げることができず、国内での感染事例が広がっていった。

安倍総理は2月27日に3月いっぱいの全国一斉臨時休校を要請する。その際総理は、「患者クラスター(集団)が次のクラスターを生み出すことを防止することが極めて重要で、徹底した対策を講じるべきだ」「ここ1、2週間が極めて重要な時期だ」と発言している(2020年2月27日読売新聞)。

3月24日には、総理は7月開催予定だった東京五輪・パラリンピックを1年程度延期することについて、国際オリンピック委員会と合意したことを公表する。

4月7日には、総理は新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を行った。緊急事態措置は5月6日までで、緊急事態措置を実施すべき区域は埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県及び福岡県とされた。ただ、「緊急事態を宣言しても、社会・経済機能への影響を最小限にとどめ、諸外国で行われている「ロックダウン」(都市封鎖)のような施策は実施しない」と対策本部の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」では述べられ、自粛によって人と人との接触を8割減らすことを求める内容となっている。

同じ4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」では、布製マスクを、政府による買い上げにより、介護施設利用者等・妊婦、小学校・中学校・高等学校の児童・生徒および教職員に、1人2枚配布し、全世帯に1住所当たり2枚配布することが盛り込まれた。

4月16日には、緊急事態宣言の対象を全国に拡大した。また、すべての住民に1人10万円の給付を行う方針を示した。

新型コロナウイルス対策の教訓

新型コロナウイルスの拡大防止策は、本稿を執筆中も現在進行形であるが、これまでのところ、この件に関する日本の政策立案は残念ながら極めてお粗末な状況になっている。

まず、政策立案は、「現状認識は悲観的に、対策立案は楽観的に」というスタンスで行わなければならない。「現状認識は悲観的に」というのは、最悪のケースに対応できるように備えておくということである。

現状認識は、事実に基づいて可能な限り客観的に行う必要がある。これまでのところ、新型コロナウイルスそのものに効く抗ウイルス薬の開発がまだであること、病状が自覚されない人からも感染する可能性があること、ウイルスに感染した人の中に急激に病状が悪化して死に至る人が存在すること、といった事実が確認されている。このウイルスは、人体の粘膜で増殖するものの、物の表面に付いたウイルスは24~72時間くらいたてば壊れてしまうとされる(厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A」)。

これまでの拡大防止策は、ライブハウスやスポーツジム等、集団感染が起こった場所を公表し、営業自粛を呼び掛ける「クラスター対策」を中心に行われてきたが、ウイルスの性質を考えると過去に集団感染が起こった場所と類似の場所だけで起こるわけがない。クラスター対策は後追い対策に終わってしまって、結果的に感染経路不明者が多く発生することとなった。

2月末の全国一斉休校の際に、ここ2週間が山場とされたが科学的な根拠は示されていない。全国の学校を一斉に休校にするという政策と、ウイルスの拡大を防止するという目的がかみ合わなかった。

五輪について1年延期し2021年7月開催を決めたが、1年間でワクチンを開発して、それを世界に行き渡らせることは困難といわれている。科学雑誌「サイエンス」の論文(K issler, Tedijanto, Goldstein, Grad, Lipsitch (2020)“ Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2through the postpandemic period” Science, 14-Apr-2020)では、2022年までソーシャルディスタンスが必要となる可能性があるとされる。現状認識が楽観的にすぎ、科学的知見に基づいていない。

4月になって、8割接触を減らすという方針が示されたが、そのための政策が講じられていない。「自粛」によって、人と人との接触を8割減らすことは困難である。布製マスクの配布政策も、配布コストを考えると馬鹿げた判断である。各家庭で自作できるものを政府が配布する必要はない。10万円の給付についても、経済活動の活動停止策が伴わなければ、かえって接触拡大につながる可能性がある。

新型コロナウイルス封じ込めのための政策

では、感染経路不明者をなくし、ウイルスを封じ込めるためにどのような戦略が必要だろうか。このためには、ウイルスを保有する可能性のある者を特定し、一定の管理下に置く必要がある。一定期間、少なくとも2週間の経済活動の活動停止は避けられない。具体的な政策は、たとえば以下のようなものとなろう。

1)対象期間の生活費(食費、光熱水費)として、住民1人当たり一律定額の給付を各世帯に行う。この給付は、所得税の課税対象とし、所得の多寡に伴う不公平感を事後的に是正する。

2)対象期間は、生活維持に不可欠な業務(食品・生活必需品等の流通、エネルギー、医療、介護、保育、各種公務、各種情報インフラ)を除いて、出勤を停止させる(在宅勤務はOK)。

3)対象期間は、給与・家賃・リース等各種支払い対象期間に含めないこととさせる(給与生活者の生活費は定額給付金で賄われる。給与・家賃・リース支払いを免除すれば、各種事業者も事業継続が可能となる)。この場合において、業務を停止していない人への給与支払いは継続させる(この場合、定額給付は、リスクを冒して出勤する人に報いるための給付や、在宅勤務に対応するための給付となる)。

4)対象期間は、生活維持に不可欠な外出を除き、原則外出禁止とする。また、各家庭において健康維持に努めるとともに、発熱等疑わしい症状があった場合には指定機関に報告する義務をかける。

5)疑い症状の報告者に対しては、すぐに入院させる重症者を除き、まず、在宅でPCR検査を受けられるようにするとともに、感染者・濃厚接触者は指定場所に滞在しなければならない義務をかける。

6)このための検査能力人員拡大と指定場所の確保も同時に行い、特にリスクが伴う医療現場に対しては、現物を含む手厚い給付を行う。

7)対象期間において発生した業務上の損失(食材等の廃棄、イベント中止等)については、活動停止との因果関係が明確なものについて、事後的に補償する。

実際に似たような政策を講じている国もある。ニュージーランドは、ウイルス封じ込めのため4週間の世帯ごと隔離を行っており、在宅勤務できない人には給付金が支給されている。この政策の目的が国民にも共有されていて政府支持率88%とされる(クローディアー真理「ニュージーランドのコロナ対策が「世界中から絶賛されている」ワケ」『現代ビジネス』2020.4.18)。

ポイントは、10万円の給付の目的を国民全体で共有し、強制力の伴う形で期間を定めて経済活動を止めることである。緊急な立法措置により、上記のような政策を講じてウイルスを封じ込めない限り、補償を伴わない自粛状態がだらだらと継続し、国民生活や経済活動は結果的に大きな打撃を受けることとなる。2週間程度で立法措置を行う間に、みんなで引きこもる準備をすればいい。

そして、2021年に五輪・パラリンピックを開催したいのなら、まず、上記のような強制力の伴う措置を講じて、国内で感染経路不明者をなくすべきである。その上で、感染経路不明者をなくした国だけを五輪・パラリンピックで受け入れる旨を宣言して、日本が世界のコロナウイルス対策を牽引すべきである。

経済活動の継続を優先して、「諸外国で行われている「ロックダウン」(都市封鎖)のような施策は実施しない」とする政府の判断がそもそも間違っているのである。

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