特集/コロナ禍から見えてきた環境破壊の罪①~感染症と自然環境との関係とは~地球温暖化と人間の健康への影響

2020年06月15日グローバルネット2020年6月号

国立環境研究所気候変動適応センター客員研究員
筑波大学体育系名誉教授

本田 靖(ほんだ やすし)

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に広がり、グローバル化された世界の社会・経済は大きな打撃を受け、その脆弱性が浮き彫りになっています。ウイルス発生の背景には、人類が自然を無視し、経済活動を進めてきたことによる生態系の破壊がある、とする声もあり、人間の社会が自然環境と密接に関わっていることを改めて認識する必要があるといえるでしょう。
 今月号と来月号の2号にわたり、未知のウイルスと闘い克服し、強靭で持続可能な「コロナ後の社会」をどのように築いていくべきか、考えます。まず本特集では、文明社会と感染症の関係と歴史、そして自然環境の変化が人間の健康に与える影響について確認し、人間は自然環境といかに関わっていくかについて論じていただきます。

 

はじめに

「地球温暖化」という表現は、人為起源の温室効果ガスの過剰な排出によって起こる影響の一部を表しており、それ自体が大きな影響を及ぼすが、変化はそれだけにとどまらない。オーストラリアの一部ではますます乾燥化が進むと考えられている一方、降水量が増加する地域もある。日本に関係のある変化としては、台風の強大化が挙げられる。ただし、その頻度が増加するとはいえないようである(IPCC、2013)。さらに、増加する二酸化炭素が海洋に溶解することで、海洋の酸性化が進むことによる水産資源の減少も問題視されている。

とはいえ、そのような多彩な変化をすべて扱った全球における総合的な健康影響研究はない。その大きな理由の一つは、強い影響を受けるのが発展途上国であり、それ故にその影響の量的な評価が可能な論文が限られているということである。その中でも、ある程度包括的な研究はなされており、重大な影響を含んだ報告書で最新のものとして、世界保健機関(WHO)の報告(Halesら編、2014)が挙げられる。ここでは、その報告書を紹介し、2019年末から猛威を振るう新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを受けた、今後の温暖化対応策について考察する。

これまでの研究

2014年のWHO報告書では、熱関連超過死亡、農産物の減少による低栄養、下痢性疾患、動物媒介感染症(マラリア、デング熱)、沿岸洪水が死因として取り上げられ、将来の社会情勢(IPCC SRES A1Bシナリオ)を仮定して、温暖化がなかった場合に比べて温暖化が起こったことによってどの程度死亡数が多いのかが推計されている。なお、A1Bシナリオについては、気象庁の異常気象レポート(2014年)などに解説がある。短く説明すれば、高成長型社会で、地域格差が小さくなる世界で、すべてのエネルギー源のバランスを取る、というもので、二酸化炭素排出量に関しては、2050年頃までは抑制せず、それ以後緩やかに減少させる形をとっている。

WHO報告書では、熱関連超過死亡数を、脆弱集団である65歳以上について計算している。ただし、北海道のような寒冷な地域と、九州・沖縄県のような温暖な地域とではリスク上昇を始める気温が異なっており(Honda et al. 2014)、そのことも考慮に入れた推定値が示されている。死亡数の示されている他の死因、低栄養、下痢性疾患、マラリア、デング熱に関しては、低中所得国の小児が大きな影響を受ける。

は、上記報告書による将来予測の結果である。温暖化が進むので、熱関連超過死亡は増加傾向になるのに対し、低栄養、マラリア、下痢性疾患は減少傾向である。この理由は、気候の変化とともにシナリオにもある。すなわち、中低所得国では、所得レベルが低いために栄養が十分でなく、社会のインフラも整備されていないために感染症の機会も多いが、A1Bシナリオは、そのような中低所得国が発展して格差が縮小していく、という特徴を持つために死亡数が減少する。また、マラリアを媒介する蚊は、都市化によって駆逐されるために開発によってマラリアの死亡数が減少することが予測されているが、デング熱は、図では明らかでないものの、258人から282人へと増加傾向を示す。デング熱を媒介する蚊は、古タイアや空き缶などのちょっとした水たまりでも卵から成虫になることができ、都市環境でも増加が可能であることが、その理由として考えられている。たとえば、シンガポールや台湾の都市でも流行が起こったし、日本でも2014年には海外で感染した患者から100名以上の感染が代々木公園で起こった。

図 温暖化による追加的死亡者数
(2030 年、2050 年、SRES A1B シナリオ)

(注:2014 年WHO 報告書より許可を得て再構成)

なお、日本では豪雨や台風の被害も大きくなると考えられている。平成末期に頻発した豪雨災害の頻度は、今後も減少することはなさそうである。

新型コロナウイルス感染症パンデミック

2019年末に発生したCOVID-19感染症では、2020年5月30日時点で確認された5,704,736名の患者のうち、357,736名が死亡したという(WHO、2020)。この大流行には、現代社会のグローバル化・効率化が大きく関わっている。半日もあれば飛行機で大陸間を移動できる状況では、潜伏期間が数日あるような感染症に対して空港における検疫の効果は限定的である。また、効率を重視して、飛行機で数百人、新幹線であれば千人以上が一度に移動するようになったため、対策を取らなければその移動の間に感染が広がる可能性がある。そのような理由から、地域をまたぐ移動を厳しく制限し、感染のピークにはロックダウンやそれに近い移動制限、接客業の自粛・休業などが行われた。そして在宅勤務やオンライン授業が増加した。これらは、もちろん緊急避難的に行われたことであり、持続可能ではない部分も多いが、温室効果ガスの排出から見ると、図らずも非常に大きな削減ができたことは注目に値する。

今後の対応策

確かに、経済発展による栄養状態の改善も、現代社会で感染症が大きな問題とならなかったことに寄与していることから、経済発展を重視した政策をとってきたことは間違いとはいえないであろう。しかし、シンガポールでの第2波、ブラジルでの大流行には、低所得者層の存在が大きいと報じられている。すなわち、全体として経済的に発展していても、格差が大きければそこを突いてくる巧妙な感染症がある、ということをCOVID-19は教えてくれたといえよう。また、現代の社会システムは効率を重視することで、同様の感染症に対して非常に脆弱であることが明らかとなった。このことを教訓として、われわれは新たな社会システムを構築していかなくてはならない。

実は、その方向を示すものとして、すでに提唱されている国連の持続可能な開発目標(SDGs)が良い指針となる。その中に、貧困撲滅も入っているし、保健、気候変動対策も入っている。COVID-19は人類にとっての大きなチャレンジで、多くの人を不幸にしているが、ともすればバラバラに進みがちであったSDGsの17の目標を速やかに、総合的に推し進めるための大きな機会ともなっていると考えるべきではないだろうか。たとえば、IT企業などでも、都心に大きなオフィスを構えて仕事をしていたものが、ほとんどすべて在宅勤務に置き換えても問題ないことに気付いたように、都心の一極集中とそれに伴うエネルギー浪費は今後解消されていくであろう。地球規模で考えても、国際間の移動は縮小されて行くであろうし、発展途上国も、これまでの先進国を目指すのではなく、通信技術を駆使して、エネルギー効率の良いインフラ整備を目指すことになると考えられる。温暖化の健康影響対策も、そのような文脈のもとで地域の強靱性を高める方向に進むものと考えられる。

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