特集/コロナ禍から見えてきた環境破壊の罪②~強靭で持続可能な「コロナ後の世界」を目指して~「想定外」への対処 キーワードは「多様性」と「自律性」

2020年07月15日グローバルネット2020年7月号

早稲田大学法学部教授(前環境事務次官)

森本 英香(もりもと ひでか)

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のための緊急事態宣言が解除され、日本の社会全体は「コロナ後」の姿を模索し始めています。これからは経済や社会、日常の生活が受けた大きなダメージを速やかに回復し、より良い社会を構築することが求められます。
 本特集は、そのための具体的な対応として、循環型社会、自然資源を擁した観光地、そして金融機関の環境・社会問題への対応などについて論じていただき、強靭で持続可能な社会をどのように築いていくべきか、今後の社会の在り方について考えます。

 

「想定外」への対処

コロナ禍は、まだまだ収束のめどが立ちません。20世紀初頭のスペイン風邪も収束には約3年を要しました。コロナ後の世界はコロナ前の社会ではないとして、さまざまな試行錯誤が始まっています。

しかしながら、リスクは無数にあること、同時多発に起こることも考えておく必要があります。たとえば、コロナ報道の陰で、北海道から東北北部の太平洋沖で最大30mの津波が起きる可能性がある、富士山の噴火に伴って大規模な首都機能のまひが生じる可能性があるという警鐘が専門家から出されました。表にあるようなリスクを想定しても現実のリスクはそれを上回る可能性があります。「想定外」に対処するという柔軟な姿勢がいるのではないでしょうか。

都市化、集約化、均一化がもたらす弱点

今回のコロナ禍において、都市化、集約化が社会の脆弱さとなりました。また、グローバル化、社会の均一化も同様です。今回のコロナ禍で人流の途絶は衝撃的でしたが、物流、とりわけ、食料、エネルギー供給の途絶はありませんでした。パニックが生じなかったのは、この点によると思います。医療従事者だけでなく物流を担った人たちに感謝する一方で、世界中どこでもいつでもという物流モデルに疑問を感じます。地域の物は地域で、自国の物は自国で、足りなければよその国にという重層化した物流メカニズムや価値構成が必要ではないでしょうか。

「想定外」に向き合うヒント

コロナ禍中、社会からの遮断による孤立感と家族や友人とのつながりの重要さを改めて感じた人は多いと思います。組織から締め出され、つながるとしてもネットだけという状況下で、頼れる、また、守るべきは、家族や友人と改めて感じたのではないでしょうか。

また、地域で、あるいはバーチャルにさまざまな形のコミュニティが活発に動き出しました。リモートワークが普及する中で、専業主婦をはじめ多くの人に新しく活躍の場が生まれてきました。地域で身近な人と支え合い、デジタルを通じて遠くの人と助け合い、生きがいややりがいを感じるケースも多かったと思います。余った食材をデジタルを通じて購入するなど助け合いの流通モデルも生まれています。

「家族・友人との絆」「リアル・デジタルを通じたコミュニティの絆」。この二つは、職場への共依存の結果、これまで存在感が薄れていたものが、再び輝き始めたのだと思います。個人や家族を核として、地域や友人、共通の関心を持った新しい仲間とつながり、また、デジタルを通じて複数のコミュニティに属して助け合うのが当たり前の社会となる先駆けだと思います。

さらに、「住まい」の意義が変わりました。家族を守る場であり、仕事場、教育の場であり、コミュニティの拠点となりました。ある意味本来在るべき姿であり、デジタルを通じて高度化するだけでなく、災害時に電気・通信・食料などのライフラインを自前で維持する自律型であることが求められるでしょう。立地も見直され、通勤に縛られることなく、家族やコミュニティとの関係を優先した選択が可能となっていきます。こうしたライフスタイルの変化が「想定外」に向き合うヒントとなるでしょう。

「多様性」と「自律性」

生物多様性は生命の存続を賭けた仕組みです。遺伝子レベル、種レベル、生態系レベルという多層階での多様性が、長い地球の歴史の中で生命の存続を担っています。

種や生態系が単純化した場合は、外部からの侵略に極めて脆弱です。かつてヨーロッパでブドウ畑がアメリカ原産の害虫によって全滅に瀕しました。フランスも産量の3分の2を失うなど大打撃を受けたのです。その時も、ギリシャ、イタリア、フランスのピレネー、スロベニアの種は生き残りました。

「想定外」に対処するキーワードは「多様性」と「自律性」です。多様な特性を持ったコミュニティがそれぞれ自律すること、そして連携して「1+1=2」以上の強みを発揮することが有効であり、生存確率を高めることになります。このことは、個人レベル、地域レベル、国レベルでも当てはまるでしょう。

そのためには、まず、本来の機能に回帰した「住まい」を核とした地域コミュニティの再構築が必要です。個人が社会を支える担い手として活躍するためには、まずは「リアル」の世界でお互いに生活支援ができる地域をデザインすることが何よりも必要でしょう。

それとともに、今回広範に広がった「デジタル」をベースとしたコミュニティの成長は重要です。

今回のコロナ禍下で、売り先を失った地元産品をデジタルを通じて活用する新しいコミュニティができました。多くの異業種企業がデジタルを通じてつながり、マスクや医療従事者のための防護服を作ったり、学校に行けない子供たちのために教材を提供したりしました。デジタルを活用しリスクをチャンスに変えて社会に貢献する数多くのビジネスモデルを、新常態の担い手としてしっかりと育てていく必要があります。

新しい社会のインフラ

多様性を持ったコミュニティが自律的に活動し、同時に多層階に広がり、グローバルにも連携していく、そういったエコシステム(生態系)を構築していくことが、「想定外」のリスクに備えた社会像となるでしょう。とりわけ、フェイタルな生活基盤、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏が言うところの「命を守る分野」(食料やエネルギー、医療や教育など)について、自律性を組み込んでいくことが何より必要です。

それでは、新しい社会に必要なインフラとは何でしょうか。

社会の仕組みから会社の仕組み、家の構造に至るまで手直しが必要です。

たとえば、会社であれ住宅であれ、建物の機能としてテレワーク仕様のみならず再生可能エネルギーや蓄電池、制御技術などを活用したエネルギーの自立化を進めることが必要です。また、食に関するコミュニティを形成すること、医療や教育に関する支え合いネットワークをつくることも必要です。

たくましい個をつくり、支え合うコミュニティをつくるためのソフト・ハードこそ、「想定外」に向き合うしなやかで強い社会のインフラではないでしょうか。

人間中心の社会をつくることを目的とした「Society 5.0」(※ 内閣府の第5 期科学技術基本計画において提唱された、AI やIoT、ロボット、ビッグデータなどの革新技術をあらゆる産業や社会に取り入れることにより実現する新たな未来社会の姿)実現の好機でもあり、第5次環境基本計画が提唱する「地域循環共生圏」につながるものです。

変わる「豊かさ」の定義

「非常態」が遠いものではないことがわかりました。「豊かさ」の価値基準も劇的に変わるかもしれません。いかに高価なものでもいざという時に役に立たなければ意味がありません。いざという時に「安心感」につながることが重要な要素となります。

持続可能な開発目標(SDGs)を持ち出すまでもなく、あるいは気候変動問題を持ち出すまでもなく、他者_途上国など他の国の人びとや未来世代_の犠牲に立った豊かな生活は偽物です。情報の瞬時化、グローバル化の中で、知らないで済むという選択肢はありません。いかに高価なブランド品であっても、途上国の奴隷労働の女性や子供が作っていると知って、なお自慢できるでしょうか。

物の豊かさから心の豊かさへという「生活の質」の概念が変わるのと同様、「物の価値」の評価基準も変わらざるを得ないでしょう。

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