日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第40回 アマモ場再生した日生の海で育つ絶品カキー岡山・備前

2020年07月15日グローバルネット2020年7月号

ジャーナリスト

吉田 光宏(よしだ みつひろ)

 

岡山市から東へ走って兵庫県との境に近い備前市日生町にやって来た。ブランドカキの養殖とアマモ場再生など環境対策で知られている。訪れた4月中旬は新型コロナウイルスを恐れて臨時休館している施設や食事どころが多かった。目の前の瀬戸内海には日生諸島の島々が広がり、鹿久居島かくいじまに架かる備前(はーと)日生大橋や「みなとの見える丘公園」からはカキいかだが浮かぶ日生湾や小豆島などへ通う旅客船が絵になる。

●生育が早く1年で出荷

漁港にある日生町漁業協同組合の魚市場「五味の市ごみのいち」近くのレストランでお昼に食べたカキフライは、衣が申し訳程度に付いているだけで、大きくうまみが感動的だった。生カキや魚介類を販売している五味の市では、ソフトクリームにカキフライを鬼の角のように刺した「カキフライソフト」に度肝を抜かれた……。

漁港に停泊している漁船には、これからカキいかだに垂下するカキの種苗を付けたホタテ貝が積まれていた。すぐそばのカキ打ち場では10人ほどが今シーズン最後のカキ打ち作業中。和気あいあいと会話を弾ませながら手を動かしていた。

カキ打ち場

カキの本場の雰囲気をたっぷり感じてから、日生町漁協(正組合員75人)専務理事の天倉辰己さんに面会した。アマモ場の再生など環境に配慮した漁業を実践してきた中心人物だ。

天倉さんによると、日生周辺の海は遠浅で豊かな海の幸に恵まれている。古くから「日生千軒漁師町」と呼ばれ、江戸時代に加子浦(公用船や参勤交代の船に薪水や労役を提供した港)として栄えた。波が穏やかで、陸から豊富な栄養が流れ込むカキ養殖の適地であり、カブトガニの本州東限の生息地とされる。漁業者たちは、高度成長期以降に持ち上がった沿岸の開発計画などから豊饒な海を守ってきた。

日生の海は水深が浅く冬になると海水温が低くなり、魚が沖合に移動して漁獲量が激減する。このため、冬場の漁業として1961(昭和36)年から始めたのがカキ養殖だ。2013年には「日生かき」として商標登録した。カキ養殖の比重が次第に大きくなり、現在は漁船漁業との兼業が多い。

日生町漁協の特徴は共同作業と共同出荷。組合員のつながりを大切にしており、「組合員はお互いに切磋琢磨しながら、過密養殖にならぬよう配慮して漁場管理と生産管理に力を入れています。強い者が勝ち残るのではなく、地域の人びとがともに安定した生活できればいいですね」と天倉さん。

カキ養殖は広島と同じ「いかだ式垂下法」で、カキの幼生を付着させた「れん」を潮の干満がある場所で環境に順応させた後、海面に浮かべたいかだに垂下(本垂下)する。本垂下は4~5月に行い、11月から水揚げする。育ちが早い「1年物」だ。多くを出荷する名古屋では岡山のカキではなく日生のカキとして有名になっている。天倉さんは「味に自信があります。一度食べたら差がわかりますよ」。筆者は先ほど食べたカキの味を思い出して大いに納得した。

6次化や観光との連携に力を入れており、五味の市などに年間40万人が訪れている。2月下旬の恒例のカキ祭りには5万人が押し寄せる。JR日生駅から会場まで無料のシャトルバスとシャトル船でつなぐ。潮風と湾の風情を楽しめるミニクルーズが好評だという。

カキいかだの浮かぶ日生湾

●海底の泥の上にカキ殻

アマモ場の再生や海ゴミ回収に力を入れてきたのは「環境問題をとくに意識したことはなく、少しでも魚介類を増やそうと思ったから」。天倉さんは、循環可能な漁業と海の環境が切り離せないことを長年の活動を通して学んだという。カキいかだの移動が終わった後、底引き網で海底に落ちたカキを回収しているのもその一例だ。カキが腐敗して海が汚れるのを防ぐのが目的で、回収したカキは五味の市で販売し養殖と底引き網の漁業者双方に利益をもたらす。

アマモは水深の浅い海底に繁茂し、魚介類の産卵や隠れる場所となる「海のゆりかご」。1950年ごろには590 haあったアマモ場が1980年にはたった12 haに減少した。アマモ再生プロジェクトがスタートしたのは1985年。最初は干潮時に干潟に種子をまく方法だったが、種子が海底に定着しなかった。県の水産試験場の指導を受けてカキ殻を敷き詰めて濁りをなくし、根付きやすくするなどした。試行錯誤が続き、最初は効果がよく確認できなかったが、少しずつアマモ場は回復し、魚も徐々に戻ってきた。下水道整備が進むと一気に広がり、現在250 haまで回復した。

アマモは多年草で5~6月に繁茂し、白い花を咲かせ、種子をつけるが、高水温の夏に枯死してしまう。

「昔は越冬して地下茎で繁殖していたのですが。海水温の上昇は温暖化と密接な関係があると思います」。捕れる魚種だけでなく、海の環境そのものが変わっていることに天倉さんは不安を隠さない。

地元の中高校生の「総合的な学習」に取り入れてもらい、アマモの採種や流れ藻の清掃などに取り組んでもらっている。消費者にもパンフレットやホームページなどで大切さをアピールする。

アマモの話が進むと天倉さんは大きなせっけんを取り出した。英国のヘッケルズ(Haeckels)社製のせっけんで、アマモの種を採った後の葉を材料に使っている。現在は英国やネットでしか販売していないという。

このせっけんの発売のきっかけになったのが2016年6月の「全国アマモサミット2016 in備前」。翌年、沿岸域総合管理(ICM:Integrated Coastal Management)の手法を取り入れた「備前市里海・里山ブランド推進協議会with ICM」(会長:淵本重廣日生町漁協代表理事組合長)が設立された。漁協を中心に農協、森林組合、商工・観光団体、文化・教育部門、自治会などが参画し、商品開発やまちづくりなどを通じて循環型地域社会を作ろうとしている。

●カキオコの人気上昇中

日生では、日生発祥のカキ入りお好み焼き「カキオコ」を味わおうと決めていた。元々は家庭で食べられていた料理で、生地に生カキを入れて焼き上げる。2011年にB1グルメグランプリに出場。知名度は年々アップしている。だが、残念なことに旧商店街にある発祥の店は定休日。必ず出直して来ようと心に決めた。

日生の取材を終えると、西へ向かい、瀬戸内市邑久おく虫明むしあげにある長島の国立療養所長島愛生園に立ち寄った。かつてハンセン病患者が隔離され不条理な差別や偏見を受けた。島では現在も快癒した元患者が余生を送る。旧事務本館(歴史館)で悲惨な歴史を知り、やり場のない悲しみを覚えた。

長島と本土をつなぐ邑久長島大橋(人間回復の橋)を渡るとき、東に虫明湾が見える。日生と同じく、多くのカキいかだが貼り絵のように模様を描いていた。

さらに西へ向かうと「日本のエーゲ海」といわれる牛窓を通る。近くの黒島にある砂州でAKB48の姉妹グループSTU48が歌うのは『瀬戸内の声』。その動画は瀬戸内海の美しさを余すことなく伝えている。

カキフライが角のように
刺さったカキフライソフト

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