過去から未来へー命をつなぐタネと農第4回 ローカルフードの挑戦~食を軸としたグリーンリカバリーを~

2020年08月18日グローバルネット2020年8月号

アグロエコロジー研究家
印鑰 智哉(いんやく ともや)

農家が種子を守る担い手であり続けた長い時代が過ぎて近代に入ると、国や地方自治体がその中心を担うようになる(本誌2020年6月号松平尚也氏の記事参照)。そして、近年、多国籍企業が参入し、その活動範囲を押し広げるために、公的な種子事業の民営化を推し進めている状況を7月号で見てきた。民間種子企業は寡占が進み、地域の種子は多国籍企業のグローバルな品種に置き換えられようとしている。しかし、気候変動やポストコロナへの対応が求められる中で、再び、地域の種子が重要になってきている。地域の種子を取り戻すことは可能なのか、見てみたい。

産業化された種子

都市化が進むにつれ、農場と市場の距離がどんどん遠くなる。長距離輸送に向いた品種改良が行われ、長距離輸送に耐える皮を持つトマト、買い物カゴに入りやすいサイズの長ネギなど、市場流通の都合に合わせた農作物に変わっていく。農作物は工業製品とは異なり、形もサイズもまちまちになりやすい。とくに伝統的な在来種は同じ親から採られたタネから育てても、多様性に富んでいる。それに代わり、均一な収穫物が採りやすいようにF1交配種が使われることが多くなる。F1交配種とは異なる種類の親をかけ合わせてできる次の子の世代だが、それぞれの親の顕性遺伝の性質だけがF1世代では出現するため、均一の収穫を得るのに適している。それを使ってさらにF2を作ると今度は潜性遺伝が出現してくるため、そろわずバラバラのものとなって、種子採りは効率が悪く、農家に毎回タネを買ってもらえるので種子会社にとっては都合がいい。

ネギやキャベツなどの主な食材は季節とは関係なく、いつでも入手できるように、市場に合わせて産地が変えられていく。地域の特産物を味わうのではなく、どこの産地のものであっても同じ規格品にするために、同じ種類の品種ばかりが作られていく。こうして種子の多様性がどんどん失われる。個性を失った産地は都市の市場向けに単一の原料を製造する原料供給地と化してゆく。作物の単価は下げられ、農家の収入は低く抑えられ、都会の低賃金労働を支える。

微生物と植物の共生

本来、植物は土壌微生物との栄養交換によって生きている。植物は二酸化炭素と水と太陽からの光で炭水化物を作り出す。この炭水化物は植物自身の生きるエネルギーとなるが、一方で、植物は自ら作り出した炭水化物の4割近くを地下に流してしまう。非効率と思うかもしれないが、これは実は植物が必要としているミネラルを土壌微生物から得るためだ。植物自身ではミネラルはほとんど集めることができず、微生物の力を借りる必要がある。植物から供給される炭水化物を求めて、土壌微生物は植物の周りに集まり、それを栄養源として繁殖していくが、同時に土壌微生物は自ら集めたミネラルや水分を植物に提供する。こうして植物と土壌微生物は共生している。

近年、土壌微生物が植物を育てる以外にも大きな役割を担っていることが明らかになっている。植物の根に密着する菌根菌は菌根菌糸を土の中に張りめぐらせ、粘液のあるタンパク質を土の中に放出し、風や水で流出しがちな土壌をしっかりとつなぎ止める。日照りの時も水分を地中で保持させ、過度の上昇も抑えることができる。二酸化炭素を土壌に定着させ、気候変動を防止し、水害や日照りによる被害からも守る。病原菌から植物を守る防御ともなる。この共生関係が、さまざまな生物が生きる豊かな生態系の基盤となる。

崩壊する環境

ところが化学肥料が導入されると、この植物と土壌微生物との共生関係は崩れる。植物はもはや土壌微生物からのミネラルの供給を必要としなくなり、化学肥料から得られるミネラルを吸っていけばよくなるからだ。植物は微生物に提供していた炭水化物を出す必要がなくなり、その分、成長も早くなる。化学肥料の威力は絶大だ。痩せた土地であっても化学肥料を入れればあっという間に育ってくれる。しかし、それによって失われるものは大きい。

化学肥料により、土壌微生物が減少する。土壌微生物を失った土壌は泥と化し、雨や風で流出しやすくなる。土壌中に蓄えられた膨大な炭素は大気中に放出され、気候変動を加速させ、水も失われる。さらに悪いことに病原菌からの防御を失った植物は病気になりやすくなり、より多くの農薬が必要とされるようになる。

化学肥料の中で最も多く必要とされる窒素肥料の製造方法は天然ガスを大量に燃やすことによって空中で化学変化を起こさせ、空気中の窒素をアンモニアの形で引き出すというものだ。その製造には莫大な化石燃料が使われて作られる。農薬も石油から作られる。農薬や化学肥料に依存した農業は化石燃料で動いている。気候変動を引き起こすその原因の中心の一つがこうして産業化された農業である。

化学肥料と農薬がセットとなった産業的な農業が世界の環境を追い詰めている。すでに世界全体で平均3分の1の表土が失われており、このままでは国連食糧農業機関(FAO)はあと30年後には土壌の90%がダメージを受けると警告している。土壌を失えばもはや化学肥料をどれだけ投入しても農業は不可能である。

地域の種子をよみがえらせることは可能か?

こうした中、近年、急速に注目を浴びるようになったのが在来種の存在である。在来種は化学肥料なしでも育ち、地域の気候や土に合っているため、大きな環境負荷をかけずに育てることができ、しかも病気に強く、栄養や風味にも優れていることが多い。そうした種子は均質化された産業的な種子に比べて多様性を保っているため、環境の変化に対しても適合能力が高い。

しかし、現在の食品市場を前提に考える限り、こうした在来種を基盤にした食のシステムを構築することは難しい。まとまった量を長距離運ぶためには収穫時期もサイズもそろえられるF1品種でないと難しいからだ。かつての在来種の産物の調理法も失われてしまっていたりして、買い手が見いだせず、在来種の市場が広がらないという問題も存在する。種子だけ復活させても、食べる人を増やさない限り回っていかない。

しかし、遠距離輸送を前提としたグローバルな食のシステムは新型コロナウイルスの影響で止まり始めた。ローカルな食のシステムへの移行へ関心が集まる。このシステムを変える時がやって来たのだ。

ここで必要となるのが、食に関わる領域を超えた人たちの連携である。つまり、農家から消費者、学校関係者、医療関係者、料理研究家、流通業者、レストランなどの連携である。

たとえば韓国では学校給食に地域の種子から採れた産物を活用する仕組み(ローカルフード育成支援条例)を作り、成功を収めているようだ。地域で採られた種子を使って、化学肥料や農薬に頼らずに生産した農産物をローカルフードとして認証し、学校給食や公立病院や地域のレストランで活用していこうというものだ。行政に任せずに地域の人たちが参加して、ローカルフード委員会を構成し、地域の食の計画を作っていく。

ブラジルでも農家の在来種を守る種子条項が2003年に作られ、イタリアなど欧州連合(EU)各国でも在来種を守る動きが本格化し、米国でも昨年、ネイティブ・インディアン種子保護法案が提案された。地域の農家の種子を生かす政策が世界各地で始まっている。

食を軸としたグリーン・リカバリーを!

産業的な食のシステムが環境を破壊し、気候変動を激化させている。種子はその食のシステムの出発点であり、システムにがっしりと組み込まれている。種子を農家だけの問題にしてしまえばこのシステムを変えることは不可能だろう。多くの市民が自分の問題、社会全体の問題として考え、まず、小さな市町村単位の学校給食などの食のシステムを変えることから取り組み始めることは効果的な方法になるだろう。

気候変動やウイルス感染に脅かされる未来を変えるためにも、多くの市民が関わって種子を地域に取り戻し、地域の食のシステムを変えていく必要がある。

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