過去から未来へー命をつなぐタネと農第5回 タネを未来に継ぐために必要なこと

2020年09月15日グローバルネット2020年9月号

農家ジャーナリスト、AMネット代表理事
京都大学農学研究科博士後期課程
松平 尚也(まつだいら なおや)

 

国内採種復活の動き

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の影響で海外に依存する日本の種子生産に混乱が起こっている。種苗メーカーが品質管理のために行ってきた社員の海外派遣ができず、種子の生産量や品質に影響が出る可能性があるということだ(2020年7月21日付日本農業新聞)。では国内に種子生産を移行すればよいと思うのだが、国内種苗メーカーをまとめる日本種苗協会によると、国内では生産に適した場所が少なく、コストが合わないと主張している。

一方、海外でも気候変動が深刻化し、種子の安定生産が困難になる事例が出ている。さらに人件費上昇など海外での種子生産条件が悪化する中で、国内で新たに種子生産に取り組む事業者も出てきた。2016年、西日本タネセンターが福岡で約40棟のビニールハウスを建て種子事業を始めた。同社が事業開始の理由に挙げるのは、海外の種子生産現場における課題であった虫害や交雑そして品質の低さの解消だ。現在、キュウリ、トウガンなど約80種の種子を栽培しているが、新型コロナ以降、問い合わせが急増し、新たな種子生産の依頼が来るようになったという。

私がつながりのある種苗会社も最近、種子の売り上げが伸びていると聞く。新型コロナを契機に暮らしを見直す機会が生まれ、種子への関心が高まっているのであろうか。いずれにせよこれまで見えなかった種子と食卓の関係に光が当たることは重要だ。なぜならポストコロナの食を考える上で持続可能な種子と農業についての議論することは不可欠だからだ。

飢餓の世界的流行を小農の種子への権利へ

考えたいのは、今後の日本の食農システムと種子の関係だ。日本の食料輸入は、世界の食料貿易の1割に及んでおり、今後も安定して輸入できるかは不透明だ。日本は種子そして食料の海外依存を見直し始める必要があるといえる。その際に考えたいのは、世界の食料格差や食料・農業の持続可能性という視点だ。

国連は7月、新型コロナによる貧困の増加でこれまでの飢餓人口約8億人に加えて、今年末までにさらに2.7億人が新たに飢餓に直面すると警告した。その一方で世界の富裕層・国が肉食などを通じて大量の穀物を消費しており、飢餓と対極にある成人の肥満人口は約6.7億人に上っている(2016年)。

新型コロナ禍では、多国籍企業の影響力が強い世界の食農システムが機能不全に陥った。また世界の食の格差拡大の原因とされる大規模で工業的な農業もその脆弱さを露呈させた。

一方、ポストコロナで注目されているのが世界の農村を支える小農と家族農業である。国連は2014年に国際家族農業年、2018年には小農宣言を採択し、小農・家族農業が持続可能な農業の主要な担い手であり、地域資源を効率的に生かし、さらに人びとが直接口にする食料の約8割を生産しているとその重要性を訴えた。

小農宣言で注目したいのが種子への権利(第19条)が明記されている点だ。そこでは小農が種子の権利を有し、自家採種の種苗を保存・利用でき、意思決定に参加する権利がうたわれている。また小農が適切な時期に播種するために国家が十分な質と量の種子を手頃な価格で利用できるよう加盟国に求めている。この小農宣言の種子への権利と日本の状況を照らし合わせると、日本の主要農作物種子法廃止においては小農への種子の提供、そして種苗法改正案では小農の種子の権利・意思決定への参加機会の制限という側面から大きな問題があることがわかる。

種子がつくられた背景

『 日本水稲在来品種小事典 〜295 品種と育成農家の記録〜』 著:西尾敏彦、藤巻宏 、農山漁村文化協会、2020年

では現代日本でこの小農の種子の権利や持続可能な農業のための種子をどのように考えればよいのだろうか。導きの糸となるのが日本で種子を誰がどのようにつくってきたかという歴史である。そのことを考える上で格好の良書が今年3月に出版された『日本水稲在来品種小事典』(写真)だ。そこでは日本の主食であるコメの育種の原点が農民による栽培現場でのそれぞれの思いと不断の努力で育くまれてきた在来品種にあると紹介されている。日本列島で稲作が始まって約3000年、おコメの種子づくりはずっと農民により行われてきた。

注目したいのがコメの在来品種の多くが寒冷など気象条件に恵まれない裏日本と、虫被害に悩まされた九州北部の農家によりつくられてきた点である(西尾2019)。東アジアは潜在的飢餓地帯と呼ばれ、常に飢えや食料不足の恐れとともに農業が営まれてきた。その中で種子は自らのいのちと暮らしを支える重要な存在であり続けてきたのだ。

コメの在来品種が生まれた背景から指摘できるのは、種子を取り巻く社会環境や課題がその特性を決定付けたという点だ。私たちは現代日本において改めて種子を取り巻く社会課題を考え直す必要があるのではなかろうか。

現代日本における種子の課題は、その向こう側にある世界の食料格差やグローバルな食農システムである。ここでその課題を検討するために日本の最大の消費穀物であるトウモロコシと野菜という事例を取り上げる。日本は主食とされるコメ消費量の倍の量のトウモロコシを消費し、そのほとんどを輸入に依存している。しかしトウモロコシの約7割は畜産用飼料として使用され、残りの3割は甘味料として菓子や飲料水として加工されるためその関係性は見えにくい。

持続可能な種子を考えるために

日本が輸入するトウモロコシは、大規模農業の象徴である遺伝子組み換え作物(以下、GMO)の種子が使用される。GMOは、多国籍種子企業の種子市場の寡占、農薬消費量の増加、生態系への影響が懸念され欧米では批判の声が出ている。こうした輸入トウモロコシ消費を持続可能な方向に変革していくために、日本の農政で近年取り組まれている畜産用飼料の国産化を意味する飼料米の生産をさらに進めていくことが求められる。

野菜については、本誌355号で紹介した指定野菜14品目のみを年中供給する野菜政策の見直しも重要だ。とくに夏野菜等は年中出荷するためビニールハウスで加温して栽培されるため、大量のエネルギーを消費している。例えばトマトの約8割、キュウリの約6割がハウス施設栽培で行われている現状があり、その栽培方法は気候温暖化防止の観点からも是正が求められる。この課題解決のためには、毎日の食卓から考えられるように食べ物とエネルギー消費の関係に注目していくことも必要になってくるといえる。

持続可能な種子を考えていく上では、気候変動の農業への影響という課題も避けて通れない。毎年深刻化する大雨や台風の影響の中で、農業の継続が困難になってきている。この課題に対応する一つの方策は、大規模で単一の種子をつくる農家ではなく多様な種子を育む農家と農業が持続できる環境をつくることではないだろうか。

注目したいのは伝統野菜などの在来作物や地方野菜だ。伝統野菜を10年以上栽培し続けてきた実践の中で、風土の中で育まれてきた在来作物には気候変動に環境適応性があると感じるからだ。換言すれば種子の多様性保全は大切な気候変動への対策であり持続可能な方向ともいえるのである。

西川(2019)によれば、種子の多様性は作物と人間の相互依存関係と利用に保全される資源とし、すべてのステークホルダーが関与する責任ある管理が求められるとしている。この考えを多くの人びとと食卓と農場から実践することを目指したい。そのために必要な運動を考えることが次なる課題になるといえる。

参考文献:
・西尾敏彦(2019)「水稲『在来品種』考」『農業研究』日本農業研究所 第32 号
・西川芳昭(2019)「持続可能な種子の管理を考える―権利概念に基づく国際的枠組みと農の営みに基づく実践を繋ぐ可能性―」『国際開発研究』第28 巻、第1号

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