フォーラム随想ボディーランゲージ

2020年11月16日グローバルネット2020年11月号

自然環境研究センター理事長
(元 国立環境研究所理事長)
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)

新型コロナウイルス(COVID-19)感染は、感染者が世界人口の1割に達した可能性が高いと世界保健機関(WHO)が発表するなど、収まる兆しが一向に見えない。多くの感染者と死亡者が出る一方で、すべての人びとがさまざまな行動変容を求められている。

外出時のマスク着用、三密の回避、こまめな手洗い、大声の会話を控えるなどである。ほかにも、今までなじみのなかった行動が増え、例えば会議の方式も変わりウェブ会議が急増している。

ウェブ会議といっても形式や参加者数は多様であるが、共通するのは参加者全員が一ヵ所に集まらなくてもよいことで、経費を抑えられるし、参加率を高め遠隔地や外国からの参加も容易になる。

私が参加するウェブ会議の多くは、議題も進行役(議長)も決まっており、参加者は数名から20名程度で、参加者の多くに発言する機会がある。今まで経験したかぎり、議論も十分になされ会議の基本的な目的は達成されている。

ところが、ウェブ会議が多くなったせいもあろうが、物足りなさを感じることが増えた気もする。ふと思い当たったのが、ボディーランゲージという言葉で、ボディーランゲージの効用が希薄化したようなのである。

 

アメリカの文化人類学者エドワード・T・ホールに、『沈黙のことば』という著書がある(日本語訳は1966年刊行)。ボディーランゲージの概念は、この著書の中でホールによって初めて示された。

ホールは、アメリカ先住民(アメリンディアン)の居留地で働いた経験や、海外での活動に派遣されるアメリカ人の教育に携わった経験を持っていた。著書の中で、異文化をよく理解しないと、先住民や外国人を「うそつき」とか「馬鹿な」と判断しがちと述べるなど、異文化コミュニケーションの難しさを肌で感じていたのである。彼の著書の第一の目的は、アメリカ人に自分以外の文化圏の人びとを理解する必要性を訴えることであった。

ボディーランゲージは、現在では、狭義の言語を用いないコミュニケーションの手段と広義に捉えられている。例えば、身振りや手まねなどのジェスチャー、あるいは目、眉毛、口などの顔の動き、肩や腕などの動き、表情や姿勢など全身を使う動きまで含まれる。このようなボディーランゲージは、人びとの相互理解や合意形成に有効なことが多いのである。

ウェブ会議は通常の会議に比べ、ボディーランゲージが使いにくい。というのも、私がよく参加するようなウェブ会議では、画面に映し出されるのは参加者一人ひとりの顔が中心で、マスクを着けていない場合でも身体の一部しか見えないからである。その上、参加者自身も身振りや手まねなどを控える傾向が強まるようなのである。

 

多くの国の代表者が集まる国際会議では、異文化コミュニケーションと同じように、相互理解と合意形成を目指すコミュニケーションが重要なのは当然である。私の記憶に鮮明に残るのは、2017年の第23回気候変動枠組条約締約国会議(COP23)で、議長国のフィジーが提案し承認されたタラノア対話である。タラノアとは、透明性・包摂性・調和を意味するフィジー語で、タラノア対話は、2018年1~12月の1年間、参加国間での合意形成を目指して実施された。

地球温暖化防止に向けた動きは、脱炭素化への取り組みなどで前進がみられている。しかし、2020年11月にイギリスのグラスゴーで開催予定だったCOP26が、COVID-19の影響で1年間延期されるなど、重大な局面に差し掛かっている。さらに気になるのは、タラノア精神の正反対ともいえる自国第一主義を唱える動きがみられることである。

ホールが、ボディーランゲージの概念を提唱したのは半世紀以上前であるが、グローバル化が進む現在こそ、異文化間あるいは国際的なコミュニケーションの重要性が増しているといえよう。

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