日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第45回 歴史ある港町の水産物を観光資源に―福井・三国町

2020年12月15日グローバルネット2020年12月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

福井県北部にある三国港(坂井市三国町)は、北前船の交易や九頭竜川の舟運で栄え、古くは三津七湊さんしんしちそうの一つ三国湊みくにみなととして知られる。早朝に港にある西洋式防波堤のエッセル堤(1882年完成)の先端まで1kmほどを歩いた。近くにあるレトロ地区も散策した。海運と文学がテーマのミニ資料館「マチノクラ」、江戸時代の町家「旧岸名家」、大正の近代化遺産「旧森田銀行本店」などが集まる一角だ。かつて北国一の遊郭があり『好色一代男』で知られる井原西鶴も絶賛したという。行こうか、行くまいかと迷った男たちの心情が遊郭に通じる小橋の欄干の名「思案橋」に示されているようだった。

旧森田銀行本店

●北前船フォーラム開催

福井県内では三国の他に小浜、敦賀、南越前も北前船の寄港地などとして有名だ。その中でも三国のある坂井市では2018年7月、県内では最初となる第24回北前船寄港地フォーラムが開かれた。三国湊が日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」に追加認定されたことを記念した。全国の関係自治体が参加し、福井名産の笏谷石しゃくだにいしが北前船で全国へ運ばれたこと、福井県を代表する名勝東尋坊とうじんぼうや「日本100名城」の一つである丸岡城などの魅力を発信した。

三国湊の繁栄を物語る古い建物の代表格が旧森田銀行本店だ。北前船による廻船業で繁盛した豪商の森田家は明治半ばに銀行業に乗り出し、1920年に竣工した本店は後に福井銀行三国支店として使われた。

欧州ルネサンス様式のデザインの外観は存在感を示し、しっくい模様がある内部は荘厳な雰囲気が漂う。建物は登録有形文化財として保存されている。

三国港は旧森田銀行本店の近くにある。正式には福井港の三国港地区(南の福井臨海工業地帯にあるのが本港地区)であり旧三国港なのだが、一般には三国港と呼ばれる。えちぜん鉄道の終着駅名としても残る。

早朝の市内探訪を終えて坂井市の市役所を訪ね、漁業と観光の情報を収集した。概略を聞き、再び九頭竜川に沿って車を走らせ三国港に向かった。底引き漁船や小型漁船が係留されていたが、人の姿はほとんどなかった。港にある三国港市場は地元水産業の拠点で、「越前がに」や「甘えび」などの水揚げで知られる。越前がには本誌前月号の越前町漁協と同じく地理的表示(GI)保護制度登録の黄色のタグが付けられ、三国港の名前が入る。三国独自の取り組みとして、毎年、皇室に献上している越前がにと同じ規格のカニには「献上品質ガニ」のタグが付く。最上級ブランド「越前がにきわみ」もある。地元や近くの芦原あわら温泉などで人気のカニ料理になる。

三国の越前がにについて、林業水産振興課主任の田嶋厚志さんは「選別基準が県内で一番厳しいことです」とプライドをのぞかせる。

越前がにと並ぶ自慢は、取扱高8億円のうちの6割を占める甘えび(ホッコクアカエビ)だ。甘えびの漁はカニ漁をはさんで9~10月、3~6月まで近海の水深200~500mの海域で捕る。三国の水揚げは県内最大の年間約210t。艶やかな朱色で腹に青い粒状の子がある「子持ち」が最も高級品とされる。

甘えび漁船は昼過ぎに漁に出て、夜に帰港する。これに合わせた夜の競りには仲買人や鮮魚店の人たちが集まる。田嶋さんによると「漁師たちが太鼓判を押す食べ方は生で食べること。『甘味とプリッとした食感があって最高』と言います」。

そんな甘えびも実は90%が隣県石川県の金沢中央卸売市場に出荷される。北陸地方で水揚げされた甘えびの多くは、価格形成力の高い金沢中央卸売市場に集荷されるからだ。近年は甘えび以外の魚介類も、漁業者の高齢化や減少で市場の活力が弱まったことから、他の市場に流れているという。田嶋さんは「市場の活力を取り戻すことや老朽化している市場施設の再整備などが今後の課題です」と三国港市場復活に期待する。

●新人海女2人デビュー

取材前に情報を調べたところ、三国港から少し北にある雄島おしま周辺で雄島漁業協同組合の海女漁業が行われており、福井県の無形民俗文化財として継承への取り組みが続いていることを知った。

海女はバフンウニ、サザエ、アワビ、ワカメなどを捕り、塩ウニに加工した「越前うに」や砂抜きしたサザエを安島漁港内にある荷さばき所で直売している。越前うには日本三大珍味の一つだ。

海女は午前7~10時ころに海に潜るとのこと。市役所で問い合わせてもらい「今日は波が高いので漁に出ていない」と知ったのだが、ともあれ現場を見るべし、と雄島へ。途中にある東尋坊は柱状節理で知られるが、数年前に訪れており、水森かおりが歌う同名の歌にある別れ旅を思い浮かべながら通り過ぎた。

柱状節理で思い出したのは以前訪ねた北アイルランドのコーズウェー海岸。石柱の上を歩けるジャイアンツ・コーズウェー(「巨人の石道」)が地球の造形の迫力を感じさせた。片や東尋坊には高さ55m の展望タワーが立っている。それなりに人気のようだが、見事な自然景観には不釣り合いで異質な人工物に映る。

雄島へつながる橋(長さ224m)に着くと、朱塗りの橋は海の青とコントラストが美しく、島へ渡ると神社や自然林があってゆったりと散策できた。

最近の明るい話題は、雄島漁協で新人海女2人がデビューしたこと。平均年齢70歳超のベテラン海女に30歳代以下の2人が加わった。いずれも地元出身者で、うち1人は県などが主催する漁業者育成制度「ふくい水産カレッジ」で学んだ。漁業者の高齢化が進んで担い手減少が著しい坂井市では1990年には187人いた海女が30年間で49人(2020年)へと大幅に減少しており、新人海女の活躍が期待されている。

赤い橋でつながる雄島

●著名な文人ゆかりの地

三国は多くの文人たちとゆかりがある「文学の町」でもある。小説家高見順の生誕地であり、5年滞在した詩人三好達治や萩原朔太郎、室生犀星など著名人の名前がずらりと並ぶ。先に紹介した森田銀行を経営する森田三郎右衛門と名妓・田中よしの娘として生まれた俳人森田愛子(1917~47年)もその一人。高浜虚子(1874~1959年)に弟子入りした美貌と教養、気品ある愛子は結核のため29歳で夭逝した。虚子と愛子の「虹」の相聞そうもん句は胸が熱くなる師弟愛を感じさせる。

取材を終えると、三国は自然と多彩な歴史、大人の文化も香もある「穴場」だと感じたが、見方を変えれば歴史や観光などの情報の訴求力が弱いだけかもしれない。大変もったいないことだ。

甘えびのような潜在的な観光資源がまだ多く眠っているようにも感じた。市水産振興基本計画(2019年3月制定)では、水産業を核として地域振興を考えている。「三国市場さかな祭」「三国湊かに祭り感謝祭」(いずれも今年は中止)があるのだから、三国港市場こそ観光モデルコースに含めるべきだと思う。

三国港

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