特集/未来の在るべきエネルギーの姿とは①~日本の脱炭素実現のための提言~日本のエネルギー政策 ~現状と課題

2021年01月15日グローバルネット2021年1月号

ジャーナリスト
河野 博子(こうの ひろこ)

 昨年(2020年)10月、経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会で、国のエネルギー政策の基本的な方向性を示す「エネルギー基本計画」の見直しに向けた議論が開始されました。東京電力福島第一原子力発電所の事故から今年で10年。原子力を廃止し安全を最優先としたエネルギー政策を進め、真の脱炭素化社会を目指すためには、いかにエネルギー転換を進め、どのようなエネルギーミックスの姿を示す必要があるのでしょうか。
 今月号では、これまでの日本のエネルギー政策を振り返り、今後の脱炭素実現のための提言をご紹介いただきます。

 

2020年10月26日、菅義偉首相は就任後初の所信表明演説で「2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」と宣言した。温室効果ガスの排出削減と表裏の関係にある日本のエネルギー政策は、大きく転換するのだろうか。現状と課題を整理する。

エネルギー基本計画

エネルギー政策の基本的方向を示す「エネルギー基本計画」は本年、改定される。東日本大震災に見舞われた2011年の前年、2010年6月に閣議決定された第3次エネルギー計画から、2018年7月に閣議決定された現行の第5次エネルギー計画までを概観してみよう。

東日本大震災からちょうど4ヵ月後の2011年7月11日に開かれた中央環境審議会地球環境部会は、重苦しい雰囲気に包まれた。「この部会でも地震国日本で原子力発電を推進していいのかという議論があったが、結局うやむやになってしまった。私も、エネルギー基本計画で謳っているからやむを得ないのではと思った」といった反省の声が委員たちから上がった。

当時、国際社会は2008~2012年の温室効果ガスの排出削減を定めた京都議定書に続く削減枠組みをどうするか、議論と交渉を続けていた。削減を進めなければならないことは明白だった。そうした中、原子力発電を積極的に見直す機運があり、「原子力ルネサンス」などと呼ばれていた。

日本はとくにその傾向が強かった。それは「第3次エネルギー計画」に如実に現れている。ここでは、原子力と再生可能エネルギーを温室効果ガス排出ゼロの「ゼロエミッション電源」とし、2030年には全電力発電量の5割を原子力、2割を再生可能エネルギーとすると示した。また、原子力発電新増設について、2020年までに9基、2030年までには少なくとも14基以上の新増設を行うと打ち出した。

2011年3月11日の直前には、原発54基が稼働し、全発電電力量の3割弱を担っていたが、東京電力福島第一原子力発電所の事故後、全国の原発はすべてストップした。

2014年4月に閣議決定した第4次エネルギー計画では、原子力発電への依存度を可能な限り引き下げることが打ち出された。

翌2015年6月、政府は2030年度までの温室効果ガスの削減目標「2013年度比で26%減」を決め、これを裏打ちする2030年時点の電源構成「エネルギーミックス」を定めた。総発電電力量に占める割合を、再生可能エネルギー22~24%程度、原子力20~22%程度、天然ガス27%程度、石炭26%程度、石油3%程度としたのである。

2018年7月に閣議決定された現行の「第5次エネルギー計画」は、2015年のエネルギーミックスを維持したうえで、再生可能エネルギーを2050年に向け「主力電源」とすることを目指した。原子力発電については、依存度を可能な限り引き下げるとしながらも、2030年時点で「重要なベースロード(基幹)電源」と位置付けた。新増設については明記していない。

現行計画は、再生可能エネルギーについても原子力についてもはっきりしない計画だ。2030年時点の電源構成における再エネ比率をもっと上げるべきだった。一方、2030年時点での原発比率20~22%を実現するためには、30基程度が稼働している必要がある。現時点で、再稼働したのは計9基。誰が見ても現実離れした計画である。

新たな基本計画策定は、原発依存度を一層減らし、再生可能エネルギーの比率を最大限高めることができるかどうかが、焦点となる。

石炭火力発電

石炭は、地域による賦存量の偏りがなく、手に入りやすい資源であることから、世界中で発電を担ってきた。しかし二酸化炭素排出量が多いため、近年、世界各国は「石炭火力減らし」を進めてきた。

を見てほしい。燃料別の発電電力量構成比のうち、石炭火力の比率を日本、ドイツ、中国、米国の4ヵ国で見ると、2011~2018年に日本だけが比率を増やしている。

東日本大震災の後、電力を原発に頼れなくなったため、石炭火力に頼ったことが数字に表れている。しかし、日本が世界のトレンドに反して石炭火力の比率を維持、または上昇させた理由は、「原発の穴埋め」だけでは説明がつかない。政府が大手電力会社やエネルギー業界の権益に踏み込み、二酸化炭素を多く出す非効率な設備の退場を促す施策を取れなかったことが要因だ。

2020年7月3日、梶山経済産業相は「石炭火力発電削減方針」を発表、「2030年までに非効率な石炭火力約100基を休廃止させる」と打ち出した。

ようやく、である。環境団体「気候ネットワーク」は2002年から、経済産業省に対し、発電所や工場がどんな種類の燃料をどれだけ使ったかを記した定期報告書の開示請求を続けた。集まったデータから、「設備が古く非効率な石炭火力発電所がかなりある」とし、「削減余力はある」と主張した。

政府が重い腰を上げて明言した「非効率な石炭火力の退場」。ところがその一方で、「これでは非効率な石炭火力も温存されてしまうのではないか」と思わざるを得ない事態が起きている。

2020年9月14日、国が電力の安定供給確保のために創設した「容量市場」の初の入札結果が公表された。4年後の2024年に国がこのくらいは確保したいという供給量を示して行った入札だが、上限価格に近い高値で落札されたことから、「大きな発電設備を持っている電力会社が儲かることになり、非効率な設備を廃止する誘因がなくなる」と批判された。

2011年3月11日の原発事故の後、本格化された電力制度改革をめぐっては、「容量市場」をはじめ複雑な制度になっており、価格メカニズムが働きにくいという批判が根強い。さまざまな点で制度設計の在り方を見直す必要がある。

そして、カーボンプライシング施策導入の可否が、非効率な石炭火力の退場実現の決め手となろう。

カーボンニュートラル

菅首相の所信表明演説の一文、「わが国は2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」に戻ろう。

カーボンニュートラルという用語について、ここでは単純に「温室効果ガスの排出」=「温室効果ガスの吸収」の状態とする。

自然界の森林や海は、温室効果ガスの代表格・二酸化炭素を吸収する。しかし産業革命以降、人間活動による二酸化炭素の排出が激増し、自然界の吸収量をはるかに上回った。

近年は「土地利用の変化」が、温室効果ガス排出増の要因として注目されている。森林、海洋、土壌などが複雑に反応し、温室効果ガスの排出に転じるメカニズムが最近の研究で明らかになってきた。こうした研究により、東南アジアの泥炭湿地林をアブラヤシのプランテーションへと変えた開発は、膨大な温室効果ガスの排出をもたらしたことや、山火事の頻発を招いたことがわかった。

日本では近年、アブラヤシの果実から採れるパーム油やパーム油を絞った後のPKS(パームヤシ殻)を燃料として輸入・確保するバイオマス発電所が次々に計画され、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度で認定された。しかし、輸出国側での森林減少、温室効果ガス排出増、生態系の破壊が進む今、このまま進めるのは問題だ。

バイオマス資源の利用については、最新の知見をにらみながら、不断かつ柔軟に制度を見直していかなければならない。

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