特集/未来の在るべきエネルギーの姿とは②~持続可能な地域社会のためのエネルギー~地方自治体における2050年脱炭素を実現するために~永続地帯研究の知見などから

2021年02月15日グローバルネット2021年2月号

千葉大学大学院社会科学研究院 教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

 昨年10月、菅首相は所信表明演説において2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。そのためには、大規模集中型の原子力発電や石炭火力発電から持続可能な地域分散型の再生可能エネルギーに移行することが求められます。
 先月号で日本のエネルギー政策の現状と、今後の計画見直しに向けた課題についてご紹介しましたが、今月号では2050年の脱炭素社会の実現に向けて、想定できる地域の姿やすでに進められているエネルギーの地産地消の取り組み、それを阻む政策を変えようとする市民の動きなどについてご紹介し、未来の在るべきエネルギーの姿について考えます。

 

2050年カーボンニュートラルを宣言する自治体

菅総理は、2020年10月の所信表明演説の中で「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」と述べた。この背景には、2019年以来、全世界で気候危機に関する認識が広がり、2050年カーボンニュートラルが世界の趨勢となったことが挙げられる。欧州連合(EU)は、2020年3月に、2050年にカーボンニュートラルを達成することを明記する初のヨーロッパ気候法を提案した。中国は、2020年9月に、国連総会の一般演説において、習近平国家主席が「二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量と除去量を差し引きゼロにするカーボンニュートラルを目指す」と表明した。菅総理の所信表明の後、アメリカでも、遅くとも2050年までに温室効果ガスのネットゼロ排出を達成することを公約に掲げるバイデン大統領が誕生した。

このような世界や国の動きに応じて、国内の地方自治体でも2050年カーボンニュートラル宣言を行う動きが見られるようになった。2050年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言する自治体は、環境省の集計によると、2021年1月22日時点で、209自治体(28都道府県、119市、2特別区、49町、11村)に達している。

カーボンニュートラル宣言自治体は進んだ自治体ではない

倉阪研究室と認定NPO法人環境エネルギー政策研究所が2020年3月に公表した「永続地帯2019年度版報告書」では、住み続けるために必要なエネルギーとして民生用と農林水産業用のエネルギー需要を推計し、このエネルギー需要が域内の再生可能エネルギーでどの程度供給し得るかを試算している。

その結果、域内の民生・農林水産業用エネルギー需要を上回る再生可能エネルギーを生み出している市町村(エネルギー永続地帯)の数は、2018年度に119になった。また、域内の民生・農林水産業用電力需要を上回る量の再生可能エネルギー電力を生み出している市町村(電力永続地帯)は186となっている。

このとき、当時カーボンニュートラル宣言を行った181市町村の中で、永続地帯研究における電力永続地帯に相当する市町村は18市町村であり、宣言市町村全体の9.9%となっている。一方、電力永続地帯市町村数が日本の総市町村数1,741に占める割合は10.7%である。つまり、カーボンニュートラル宣言を行った自治体が、カーボンニュートラルに近い自治体というわけではないことがわかる。とくに、宣言自治体には、政令指定都市の8割に当たる16政令指定都市、県庁所在都市の4割に当たる19県庁所在都市など、大都市が多く含まれている(※文末参照)。日本全体では民生・農林水産業用の電力需要の16.7%を再生可能エネルギーで賄っているが、浜松市(23.4%)、佐賀市(19.4%)を除けば、これら大都市の「自給率」はこの数字を下回っている。

脱炭素に向けた長期的計画的な省エネ・再エネ投資が必要

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、各自治体においては、どのように取り組んでいくべきなのだろうか。これまでのように、温暖化に関する普及啓発を中心とした取り組みでは、とてもカーボンニュートラルは達成できない。こまめに電気を消しましょうといった取り組みではまったく不十分であろう。省エネ行動を行う市民の割合を増やすことを目標に掲げる自治体も多いが、実質的な効果がない目標である。我慢をする省エネではなく、廃熱を発生させないための投資を計画的に行うべきである。固定価格買取制度によって再生可能エネルギーの導入が増加したと満足している自治体もあるが、間違っている。都会資本が利潤目的で地域に設置するやり方では、耐用年数が到来した後、再投資される保証がまったくない。持続的に設備更新がなされるよう、地元資本によって維持更新費用分の資金が地域に留保される形で導入されるべきである。

2050年のカーボンニュートラルを実現した状況を想定する

私は、カーボンニュートラルを実現する2050年に、各自治体がどのような姿になっているのかを想定することが必要だと考える。

まず、2050年の各自治体の人口と世帯数を想定する。一世帯当たりの住宅床面積や自動車保有台数を現状と変わらないと考えれば、2050年の各自治体の住宅床面積、自動車保有台数を概算できる。男女5歳区分別の就業者割合を固定的に扱えば、年齢階層別の人口分布に応じて、2050年の各自治体の就業者人口を想定できる。その就業者人口をどの業種に割り振るかを決めることができれば、業種別の就業者人口を想定できる。2050年の業種別の就業者人口が想定できれば、民間業務部門の必要床面積を概算できる。人口分布に応じて、児童・生徒数、患者数、要介護者数などを予測できれば、教育、医療、介護といった公的施設の必要床面積を概算できる。このようにして、2050年の各自治体の建物床面積、自動車保有台数を概算し、2050年の民生部門(家庭・業務)、輸送部門のエネルギー消費量を見積もることができる。

また、建物の階数を固定的に考えれば、建物の屋根面積を概算できる。業種別の事業所の面積を概算できれば、駐車場、資材置き場などの面積も概算できる。これらから、太陽光発電パネルや、太陽熱給湯器の設置可能面積を概算できる。それぞれの再エネ設備のエネルギー供給可能量の原単位を地域別に設定すれば、太陽光・太陽熱によるエネルギー供給量を想定できる。太陽光・太陽熱で賄い切れない場合は、地域に応じて、水力、風力、地熱、バイオマスなどの再エネで補うことを検討する。

農林水産部門についても、就業者人口に応じて、作付可能面積などを予測し、エネルギー消費量を概算できる。作付可能面積が予測できれば営農型太陽光発電の設置可能面積も概算できる。

バックキャストによるカーボンニュートラル政策を立案する

2050年に各自治体において、民生部門、輸送部門、農林水産業部門のカーボンニュートラルが実現する状態を構築できれば、次に、いつ省エネ・再エネ投資を行うべきかを考える。2050年に稼働している建物・自動車などがいつ建設され、購入されるものかを考察すれば、省エネ・再エネ投資のスケジュールがわかる。また、持続可能な形で更新していくためには、これらの投資を一気に行うことは適切ではない。たとえば、太陽光パネルの寿命が25年とすると、2050年に存在する太陽光パネルのうち25分の1が更新時期を迎えることが理想である。そして、適切な時期に適切な省エネ・再エネ投資が行われるように、どのような政策を実施するかを考える。

なお、製造業や発電所については、国や都道府県の政策で事業者にカーボンニュートラルを実現させると考え、基礎自治体の考察からは除外してもよかろう。

以上のように、2050年カーボンニュートラルを実現するために、2050年の地域の姿を想定し、そこから毎年の省エネ・再エネ投資量を概算し、それが実現されるように政策を検討するという、バックキャスティング思考に基づく具体的な政策立案が求められるのである。

現在、環境研究総合推進費「基礎自治体レベルでの低炭素化政策検討支援ツールの開発と社会実装に関する研究」(2019-2021:研究代表者倉阪)において、上記の考え方に沿った「脱炭素政策検討支援ツール」の開発を進めている。また、そのベースとなる自治体別の未来予測については、すでに「未来カルテ2050」として公開している。これらを通じて、地に足の着いた形で脱炭素戦略が各自治体レベルで検討されることを期待したい。

※カーボンニュートラル宣言を行った自治体
県庁所在都市:
札幌市、水戸市、さいたま市、千葉市、横浜市、新潟市、金沢市、静岡市、京都市、大阪市、神戸市、松江市、広島市、高松市、松山市、福岡市、佐賀市、熊本市、鹿児島市
政令指定都市: 札幌市、さいたま市、千葉市、横浜市、川崎市、相模原市、新潟市、静岡市、浜松市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、福岡市、北九州市、熊本市
(出典)環境省「地方公共団体における2050 年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」2020.1.22 時点

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