食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第23回 食の近代化の流れで見直されるタンザニアの在来食・野生植物

2021年04月15日グローバルネット2021年4月号

宇都宮大学 国際学部 准教授
阪本 公美子(さかもと きみこ)

タンザニア共和国は東アフリカに位置し、100以上の民族から構成される。都市ダルエスサラームにいると、庶民食の定番はトウモロコシのウガリ(練粥)とムチュジ(多くの場合、塩味の濃い肉入りトマトと玉ネギ味の汁)、安価な外食としてはチップスマヤイ(フライドポテト入りオムレツ)とソーダが挙げられる。紅茶にもふんだんに砂糖を入れ飲むのが好まれる。生活習慣病にならないのかと心配していたところ、近年、糖尿病に苦しんでいるケースに頻繁に出会う反面、人によっては、健康志向も進みつつある。

実はタンザニア国内には異なる植生があり、多民族であることも加わり、地域ごとに食文化の特徴がある。

●南東部湖畔のご飯と魚のココナツ煮

私が長年通っている南東部リンディ州の村は、湖の氾濫源を利用して米とトウモロコシを二毛作で栽培している。湖や海の魚を、村内で多く栽培されているココナツで味付けし食べている。食卓に上るココナツ味の魚で食べる米飯は、私のお気に入りのメニューだ。

筆者のお気に入りメニューでもある米飯と魚のココナツ煮

魚のココナツ煮は、米飯だけでなく、ウガリとも食べられる。トウモロコシのウガリが一般化しているが、モロコシのウガリや、トウモロコシとモロコシの粉を混ぜたブレンドのウガリもある。モロコシは、粉にせず、石臼で丁寧にひいてから、米飯のように炊くこともある。おそらく手間がかかるため、日常的には出ないが、「今日は何のウガリだと思う?」と、私が喜ぶのを予想した質問をしてくれる。

昼にウガリ、夜に米飯というパターンは私が滞在した家では多かったが、米の方が高価なため、もしくは家庭の趣向もあって、ウガリ中心の家庭もある。また市場価格とかかわらず等量(バケツ一杯)物々交換する習慣もある。米とモロコシの価格は米の方が高いと思われるが、モロコシの方が「お腹にたまる」ため、食料不足に備えて、米とモロコシ、それぞれバケツ単位で交換するという。地域の知恵である。

キャッサバもさまざまな形で食べられる。飢餓の食事というイメージで語られるが、タンザニア全土が食料不足のとき、キャッサバが配給された。典型的なこの地域の飢餓の食事は、野生芋ミンゴッコ(Dioscorea hirtiflora subsp. orientalis)をおかずにし、乾燥キャッサバ(ムコパ)を製粉したウガリである。ミンゴッコは、細長く、子芋に似た味で、少し粘り気がある。芋をおかずに芋のウガリ、とも思うが、ミンゴッコだけでなく、キャッサバのウガリもそれ以上に餅のような粘りがあり、意外とおいしい。村やリンディ市の人もミンゴッコは好きなようで、村の直売所や、祭りのときに立ち上がる市、リンディ市内で、森で堀り、生や茹でたものが売られている。

キャッサバは、生でおやつにつまんだり、揚げたり、焼いたりしても食べられる。また朝食には、ココナツ味に煮たフタリとしても食べられる。他方、朝食に、砂糖入り紅茶も一般的であり、米を炊き巨大タコヤキのように丸く焼いた(揚げた)キトゥンヴゥア、小麦の砂糖なしドーナツのマンダジ、チャパティ(インドのチャパティと比較すると、油の使用量は半端ではない)と食べることもある。もともと味付けも濃いが、砂糖や油の使用は気になるところである。農村でも、生活習慣病は散見され、無縁ではない。

●半乾燥地のウガリとムレンダ

半乾燥地ドドマ州の農村では、ウガリとムレンダが食卓によく上る。大皿(時に鍋)のウガリとムレンダを、家族のメンバーがそれぞれウガリを握り、ネバネバのムレンダのおかずを付けて食べる。

ドドマ州の農村で食卓によく上るウガリとムレンダ。
ウガリを握り、ネバネバのムレンダを付けて食べる

ムレンダは、ネバネバとしたおかずの総称である。ドドマの農村では、ニセゴマ(ゴマ科Ceratotheca sesamoide)やヒルガオ科サツマイモ属(Ipomoea sp.)などの葉物の食用雑草を乾燥させ調理するが、都市や他地域ではオクラで作ったおかずも「ムレンダ」と呼ばれている。日本人の感覚でいうと、納豆ご飯のようにお米で食べたくなるが、ウガリ以外で食べられているのは、見たことがない。

ウガリは、在来雑穀としては、トウジンビエやモロコシがあるが、鳥の被害に遭いやすいことや、子供の趣向によって、トウモロコシに転換している農家・地域が少なくない。それでもトウジンビエやモロコシをあえて好む地域や人びともいるだけでなく、在来雑穀の栄養価が再評価されている面もある。

ウガリとムレンダのメニューは、写真映えしないが、実は、栄養価がすごい。昨年、ドドマのある農村で、栄養分析のために女性たちに数種類の食用雑草を集めてもらい、栄養分析をした結果、ほとんどの種類の食用雑草は、鉄分、カルシウム、タンパク質が高いことがわかった。Gudrun B. Keding氏の論文(https://doi.org/10.1177/156482651103200306)でも、ドドマ農村の女性たちは、野菜の摂取が高く、ヘモグロビン濃度が高いということが明らかになっている。Wolfgang Stuetz氏らの論文(https://doi.org/10.3390/nu11051025)でも、他地域より葉物野菜を食べることにより、ビタミンAと鉄分摂取が多いことを示している。ドドマ州は、しばしば食料不足や飢饉を経験しているにもかかわらず、統計データでも女性の貧血の比率が低い。

ドドマに暮らす農牧民のゴゴの人びとは、ウガリとムレンダを日常的に食べるが、牛を持っている「裕福」な家庭では、雨季にウガリと牛乳を食べる。牛乳がおかずになるのである。このメニューは「ごちそう」で、牛を持っているか、牛乳を買う現金がないとありつけない。牛乳は、不足しがちなたんぱく源を補足できる意味では貴重であり、「ムレンダに加えて」というメニューであると栄養バランスが改善する。しかし、「ムレンダに代えたおかず」となると、一食分の野菜が減ることになる。村での貧者の粗食も、富者のごちそうに勝る可能性は否定できない。

●活用される野生食用植物

ドドマの食用雑草以外にも、各地で野生食用植物が活用されている。主に雨季になる野生の果物であったり、時に毒抜きは必要であるがイモ類であったり、さまざまな種類がある。若い人に忘れられていると思いきや、野生の果物が子供たちのビタミン補給になっていることもある。前述の通り、飢餓の食べ物と思われていた野生芋が、今や、市場での人気のおやつやおかずになっていることもある。

絶対的な食糧不足や、所得や富と連動するタンパク質不足は対応する必要があるが、必ずしも農業生産性の向上や、所得向上のみが解決策ではない。既存の資源を活用し、野生食用植物を含めた在来食を見直すことによって、近代化に伴う生活習慣病の予防や改善が行える可能性もある。現在、科学研究費助成事業で「東アフリカの野生食用植物・在来食の可能性―タンザニアにおける栄養分析を通して」に関する研究をしているが、成果を地域に還元し、地域の資源を活用した人びとの「粗食」の見直しや、近代化された食や農、さらには環境に関する問題提起に貢献できればと思う。

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