ホットレポート気候政策の変革と市民の行動を求めるポンテウ博士のメッセージ

2021年04月15日グローバルネット2021年4月号

立命館大学経済学部教授
稲澤 泉(いなさわ いずみ)

『Climate Crisis, Democracy and Governance』(Springer: 2020年9月刊)は、欧州連合(EU)の欧州経済社会委員会(European Economic and Social Committee)における農業、地域開発、環境および持続可能な開発部門のユニット長であるエリック・ポンテウ(Eric Ponthieu)博士による著作である(原文英語)。本書は、長くEUにおいて環境政策に関与してきた著者が、若者を中心に大胆な気候変動政策を求める運動が広がりを見せる中、気候危機に対応するために政策提言(マニフェスト)を行うものである。

本書の読者としては、主として欧州の政策決定者、企業、NGOおよび個人やメディアが想定されている。しかし、とりわけ植田和弘京都大学名誉教授との厚誼を契機に、日本の環境政策の進展を注視してきた著者より、今回特別にメッセージの寄稿を受けた(囲み記事参照)。以下では、本書の概要を紹介することとしたい。

本書の構成と概要

本書は、現代の諸場面を切り出したエッセーと10のマニフェストによる2部構成となっている。エッセーでは、市民の認識や行動変化から政府の役割、気候ガバナンスや消費行動に至るまで多様なテーマにつき著者の観察が記される。マニフェストでは、①野心を有する国家の必要性 ②気候保護を総意とした社会変容 ③市民社会と市民との連携 ④能力開発による長期ビジョンの実現 ⑤統合的アプローチによる長期ビジョンの継続 ⑥ビジネス部門の動員 ⑦トランジションへの資金供給 ⑧localレベルでの効果的行動 ⑨経済政策の改革 ⑩持続可能な消費の普及、につき提言がなされる。

マニフェストの内容から推察される通り、本書の守備範囲は多岐にわたる。一方、著者は、EUの環境政策におけるlocal(市町村等)とregional(より広い州や複数の州等)のレベルおよびコミュニティレベルの役割につき長く知見を蓄積してきている。本書も、これらに係る提案が最も参考となると思われた。こうした考えから、以下では、これらに焦点を絞って概要を紹介したい。

著者はマニフェスト③および④において、熟議民主主義の役割を強調し、こうした取り組みが若年世代との間の緊張を縮小するとする。そして、マニフェスト⑤において、科学に基づく専門家の視点の積極的導入と同時に、政府のコミットメントが市民に適切に伝えられる必要性を説く。マニフェスト⑧では、localレベルでの行動の方途を提言する。EUの組織体である欧州地域委員会(European Committee of the Regions)がlocalとregionalレベルでの対話におけるガバナンスの機能不全を指摘したことを踏まえ、ボトムアップ型の行動強化に加えて、よりlocalなレベルでの市民参加の仕組み作りが重要であるとする。具体的には、localとregionalレベルの当局による環境整備に加えて、認知度向上や能力開発・能力強化のために市民側の体制整備を指摘する。単に異なるレベルでのガバナンスを存在させるだけでなく、カギとなるアクターと市民を集わせることによる目的の共通化や人的・財政的資源から得られるlocalレベルのダイナミクスに着目すべきと説く。また、local、regionalと国の三つのレベルのガバナンスがより一貫性と効率性を高めるために、国に対してマルチレベルおよびマルチステークホルダーに係るガバナンス向上のためのメカニズムの創設を求めている。

本書の知見・意義と若干のコメント

第一に、上述の通り、著者のEUにおける経験に基づいて、市民社会および市民の具体的な関与の方策につき、実例の情報と取り組みのアイデアが示されている。言うまでもなく日本は、公害問題の顕在化に対応し地方自治体が国に先駆けて公害防止条例等を制定した。日本の環境政策の形成に果たした地方自治体の役割は大きく、環境政策上の効果を発揮した※。その後、日本においては政策形成過程における市民社会や市民の関与がともすれば形式的となっている側面もあり、欧州における取り組みと提案の内容は改めて今後の環境政策の効果向上の参照点として示唆的である。第二に、EUは2019年12月に2050年カーボンニュートラルへのロードマップを示した後、2030年時点の目標引き上げ、市民参加を促す気候協約、欧州気候法案の提起や1兆ユーロ規模の官民資金の動員計画など着実な取り組みを進めている。本書の内容もこれら政策を踏まえており、広く参考情報が得られる。本稿では紹介を割愛したが、経済政策、資金確保に向けた取り組みや消費社会への批判的考察など、著者の幅広い関心と考察からは、欧州における気候危機対応の先進的な発想が伺える。

一方、コメントとしては、マニフェスト④では長期ビジョンの実現のために、政治的利益で結ばれた幅広い連合の必要性が説かれ、政権交代によってビジョンが変更されないために、市民や企業との間で目標に係る契約を締結すべきことが提唱される(欧州で進められている気候協約はその実例であろう)。また、上記で紹介した通り、よりlocalなレベルでの市民参加の仕組み作りと中央政府による新たな取り組みが重要である旨が提言され、著者の視点はすでに十分な情報を有する。他方、こうした気候協約や市民参加の仕組みについて、より具体的な内容や稼働上の現状と課題に係る考察が得られればさらに有益と思われる。

おわりに

EUはこれまで環境政策の分野で世界をけん引してきた。本書は、そうした原動力の一つとして、識見と経験を蓄積し理想を追求する専門家集団の存在が重要であることを伺うことができる著書である。日本においては未着手の取り組みの提言も多く、参考となる著書といえる。

 

日本の読者へのメッセージ

エリック・ポンテウ

2020年10月、日本は、EUが2019年12月の「Green Deal」提案で定めた道筋を取り入れ、2050年までに温室効果ガスをネット・ゼロに削減することを目標とする旨宣言した。同年11月には日本の国会の両院が気候非常事態宣言を行い、日本における今後の気候政策が強固な法的基盤を有することが示唆されている。

この目標は明らかに転換点ではあるが、この野心的な目標がどのように達成されるかは完全に未解決な課題である。日本は、再生可能エネルギーや電気自動車等の技術的イノベーションにより、一種の改善されたbusiness-as-usualのアプローチで、トランジションを進めるのだろうか。あるいは、経済社会環境面でイノベーションの新しいサイクルを始動させ、未開拓の脱炭素化のレバーを活性化させるべく社会の総力を活用するのだろうか。

この大転換には、技術イノベーションのみでは不十分であることは多くの証拠に示されている。過去20年、先進国政府は、市場の混乱や生活様式の変化が発生することで選挙において再選されなくなる事態を回避するために、エネルギー供給と産業成長のための新技術を育成し問題解決を進めた。新技術では問題は解決し得ないとの考えを受容することで、社会全体(whole-of-society)のアプローチによる議論が開始できるだろう。

炭素価格化、都市や地方自治体のゼロカーボン化やESG投資による企業努力は必要なステップであるし、日本政府が生活様式の変化と社会経済上の課題に対峙することは大いに歓迎されることである。しかし、そうした変化がどう実行され得るかは不明確である。伝統的なトップダウンアプローチを新しい参加型手法により補完し、市民社会の受容性と能力強化を極大化するべき時が来たといえるだろう。

このメッセージは、わずか29年の短い時間でカーボンニュートラリティを費用効率的に実現するために、日本政府に対し、全社会にわたる包括的かつ公開の議論のためのアジェンダ設定を勧めるものである。そのために政府、ビジネスおよび個人の3者が協働し、全セクターにわたってステークホルダー、市民社会組織やコミュニティーがインセンティブを有することが必要である。

こうした政策形成と実践の構造改革のためのインスピレーションが本著書で見つかるかもしれない。世界が前例のない健康、環境と社会面での課題に直面する中で、政府は必要ならば規制を通して先進的な役割を果たすべきで、市民と市民社会もその能力増強が不可欠である。

著書は10のマニフェストを提言する。民主的なガバナンスと制度を目指す国々には挑戦であり再生の道である。長期の統合的なビジョンから始まり、リーダーシップ、対話やlocalの行動等を通した政治的経済的な思考変化の手順を示す。この著書は、各国政府に気候政策の決定と実行の方法に変革を求めるとともに、若者を含む個人が情報を得て強力で責任ある行動のために多数を占めることを求めている。

※ Allwood,J., Azevedo,J., Clare,A., Cleaver,C., Cullen,J., Dunant,C., Fellin,T., et al. (2019):Absolute Zero(https://doi.org/10.17863/CAM.46075

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