2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを越えて最終回 SUSPON シンポジウム報告「スポーツの力でつくるサステナブルな未来」

2021年05月17日グローバルネット2021年5月号

本連載の最終回は、「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク」(SUSPON=サスポン)が開催したシンポジウム「スポーツの力でつくるサステナブルな未来」からの報告をお届けします。このシンポジウムは、スポーツ大会関係者向けにこれまでの活動や提言をまとめた冊子(下囲み)の完成に合わせて開催されました(2021年3月16日オンライン開催)。(GN編集部まとめ)

冊子『スポーツの力でつくるサステナブルな未来 ~スポーツ大会を支える皆さんへ』
2016 年に設立されたSUSPON では、東京大会の運営に携わる行政や組織委員会、企業などに対して提言・提案を行い、開かれたディスカッションの場を設けてきた。このような活動をもとに、本冊子では、さまざまなスポーツイベントの関係者向けに、持続可能な運営を行うための考え方や具体的な方法を提案している。PDF 版はSUSPON のWEB サイトからダウンロードできる。

 

 

 

ごみゼロ部会 (天野 路子/地球・人間環境フォーラム)

東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京大会)を契機に、「脱使い捨て」の取り組みを定着させ、循環型社会の構築を目指して活動してきました。

三つの提言を行っています。まず、使い捨て容器に替えてリユース食器、リユースカップを導入しようという提案です。スポーツイベントでは、とくに飲食を伴う場面でたくさんの使い捨て容器がごみとして出され、スタジアムに散乱している光景も目にすることがあります。そうした使い捨ての容器を、洗って繰り返し何度も使うリユース食器・カップに切り替えることで、ごみを削減しようという取り組みです。2018年11月に味の素スタジアムで開催されたラグビー日本代表対ニュージーランド代表の試合で4万3,000人のお客様を前に実践した内容も冊子に紹介しています。

二つ目の提言は、給水インフラの導入でペットボトルなど使い捨て容器に頼らない水分補給対策をする取り組みです。スタジアムに給水設備を整える以外にも、タンク式の給水機や水道直結式の仮設給水ステーションなどさまざまな方法があります。

三つ目はごみの分別ナビゲート活動で、これは東京大会でも実施が予定されている取り組みです。ボランティアが分別ステーションに立ち、お客さん自身に資源を分けて返却してもらい、回収する取り組みです。実際にお客さんが手を動かす参加型で、イベント会場だけでなく、普段の生活でのライフスタイルも見直すきっかけにもなることを期待するものです。

 

エネルギー部会 (深津 学治/グリーン購入ネットワーク(GPN))

「再生可能エネルギーの利用を当たり前にすることで、いつまでもスポーツを楽しめる社会を目指そう」ということで活動しています。

実践1では、東京大会の23の競技施設に対して、電力契約についてアンケート調査をしました。その結果は、二酸化炭素(CO2)が少ない再生可能エネルギー(再エネ)による電力契約をしている施設もある一方、都道府県などが所有・管理する施設については、それらの自治体から指示も受けていないため、何も実践していない旨の回答が多くありました。地方自治体は電力契約の再エネへの切り替えが義務付けられていないという背景があることがわかりました。

実践2では、再エネ電力使用状況を調べるため、競技施設を持っている地方自治体などに対して電力契約に関する実態調査を実施したところ、電力の環境配慮契約方針を策定している団体と未策定の団体があり、凸凹の状況であることがわかりました。

当部会としては、電力契約の変更やグリーン電力証書の活用などによって東京大会で消費する電力を100%再エネにするという提言を行ってきましたが、東京大会以外のスポーツイベントにも引き継げるような提言をしていきたいと考えています。

 

生物多様性部会 (志村 智子/日本自然保護協会(NACS-J))

生物多様性部会では、1964年の東京オリンピックの経験を踏まえて、東京大会では今残されている自然もレガシーとして残していきたいと「東京大会による生物多様性への影響を、ゼロネットロスではなくネットゲインを目指そう!」を掲げて活動しています。

提言1は、カヌー・スラローム競技会場建設予定地を自然の干潟である葛西沖三枚洲(東京都江戸川区)から変更してほしいという目標で、SUSPON結成以前から日本野鳥の会東京を中心に行われてきたものです。2015年2月に東京都による会場変更要請を国際オリンピック委員会(IOC)が受け入れ、この目標は達成することができました。次の目標として、葛西沖三枚洲をラムサール条約湿地にすることを、東京都に宣言してもらうことを目指して働き掛け、これも2018年に無事に成立しました。

自然の豊かさというものはいろいろな活動のベースになっていると考えており、スポーツをするときにもこの視点で、スポーツ団体の皆さんとも一緒にサステナブルな社会をつくっていきたいと思っています。

 

ボランティア部会 (山口 記世/NPO iPledge(アイプレッジ))

『東京大会をきっかけに、あらゆるボランティア活動の現場を「持続可能な未来をつくる学びの機会」に!』していきたいと考え、提言や実践を行ってきました。ボランティア活動を単なる無償の労働力に終わらせず、ボランティアが学ぶことができる、それが大会の運営側にとってもプラスになるかを考えて活動しているNPO/NGOが今回集まって提言しています。

冊子では、ボランティアスタッフを受け入れる側への提言とボランティアとして参加する側への提言に分けています。一つでも二つでも皆さんの参考にしていただくことがあればうれしいと思います。

 

SUSPON Youth(サスポンユース) (那波 夏美/Climate Youth Japan(CYJ))

「大会競技だけでなく、サステナビリティについても世界の人々に注目してほしい。そして若者の意見が反映される社会に!」と掲げ、提言は三つあります。

提言1は、東京大会のカーボンフットプリントの算定に輸送部門を取り込むということです。カーボンフットプリントとは、商品やサービスの原材料の調達から廃棄に至るまでのライフサイクルを通して排出される温室効果ガスの排出量を、CO2に換算しわかりやすく表示する仕組みのことです。ロンドン大会では、持続可能な大会にするという目標のために観客の移動によるCO2排出量を輸送部門として、大会のカーボンフットプリントに取り込みました。東京大会では、会場が見直される前後とも輸送部門がカーボンフットプリントに入っていません。

提言2は、「サステナビリティを考慮した調達コードについて明確な指針を」設けるということ。そして提言3は、「若者の声を取り入れる機会を」つくってほしいということです。東京大会ではパブリックコメントは募集されたのですが、大会の企画段階で若者が、組織委員会と話す機会はあまりありませんでした。東京大会に限らず、大規模なイベントの際にはこれからの社会を担っていく若者が大会運営の企画の段階で意見や提案を伝えられる機会が与えられることを望んでいます。

 

平和とスポーツ部会 (坂崎 一/NPO法人インターナショナル世界平和の響き)

東京大会を平和のレガシーをつくるきっかけにできたらよいと考えて活動しています。ユネスコ憲章の前文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と記されており、東京大会をきっかけに人びとの心の中に平和のとりでを築き、平和に基づく持続可能な社会の実現を目指そうと提言しています。

具体的には、私たちが推奨する、世界193ヵ国の国旗をすべて掲げて平和を願うイベント「WPPC(World Peace Prayer Ceremony)」を大会期間中に開催することを提言しています。東京大会の開会式の入場行進の時などに電光掲示板にその国の言葉で平和という言葉を流していくことが実現できたら、メディアを通じて世界にアピールできるのではないかと考えています。

 

責任ある調達部会 (川上 豊幸/熱帯林行動ネットワーク(JATAN))

責任ある調達部会は、大会に利用されるモノやサービスを調達するときに責任のある形で調達されていくことを目指して、活動しています。

三つの提言を掲げています。提言1は「持続可能性に配慮した調達基準・方針の作成と公表を」です。提言2は、基準づくりにNGOや市民を含む幅広いステークホルダーの意見を巻き込むということです。東京大会では調達基準の策定段階でステークホルダーの意見を聴くというプロセスがあり、全体的な調達方針はそれなりのレベルのものになりました。しかし、パーム油や木材など個別の調達基準は緩いものになってしまいました。

提言3は調達基準の運用の仕方についてです。調達基準には書いてあっても、組織委員会などが自分たちの都合の良いようにその解釈を変えて、私たちの視点から見ると基準に合っていないと考えられるものを、セーフだと判断する事例が出てきました。そのため、NGOなどの指摘を踏まえて透明な形で基準運用をしてほしいということを掲げています。


~ ステークホルダーからのメッセージ ~

①サステナブルな未来づくりに「スポーツの力」を活かすために 
 梶川三枝さん(一般社団法人Sport For Smile代表理事)

Sport For Smileは、スポーツを通した社会変革を推進する日本初のプラットホームとして私が10年前に立ち上げた非営利団体です。「Sport and Sustainability International」という欧州ベースのプラットホームに創立団体として2018年に加盟後、日本に世界の動向を伝える活動も展開しています。

2015年のパリ協定と持続可能な開発目標(SDGs)が起点になり、2021~2030年までの行動の10年が始まっています。カーボンニュートラルの達成期限である2050年に対して、世界のスポーツ界がどのような対応をしているのかという視点で説明させていただきます。

一番大きな潮流があったのは2018年でした。気候変動枠組条約のCOP24(第24回締約国会議)で「スポーツ気候行動枠組み」が発表されました。これはCO2の削減とサステナビリティに関する行動を起こしていこうという世界トップレベルのスポーツ界の団結です。これを受けて、国連とIOCがハイレベルフォーラム「Sport Positive Summit」を開催し、スポーツの力でサステナブルな未来にどのように貢献できるかという議論をしています。その中で、2021年1月にイギリスのプロサッカーリーグのプレミア・リーグのサステナビリティ・ランキングを出しました。サッカーの強い、弱いということだけではなくて、各チームのサステナビリティに関する取り組みが評価されるようになっています。

また、Amazon社がアリーナの命名権を取得した際、自社の名前を使わずに「Climate Pledge Arena(気候変動対策誓約アリーナ)」と命名しました。世界ではビジネス界に対して行動を起こさないと許さないという状況になっています。そのためCO2排出量の把握はもちろん、削減に向けた取り組みは必須で、スポーツ界もこれができていないと今後パートナーをしてもらえなくなってくる、と私は日々感じています。

次に、スポーツファンの意識変革や行動変容を起こすことができるスポーツの力に対する社会のニーズについてお話しします。スポーツの力を活用して環境活動に取り組むことを望む未来志向の消費者(プロシューマー)が、増えているという情勢となっています。このようなことに応えられるかどうかが、今後、プロチーム団体が協賛を取れるか否かに大きく関わってくるということが、大きな流れになっています。

「スポーツを通じた気候行動枠組み」に参加するには、五つの原則にコミットする必要があります。この原則には大きく切り口が二つあります。一つが、自社の事業のサステナブルな運営の手法です。プロチームでいうとホームゲームの運営で、再生可能エネルギーを使うことやプラスチックスフリーの取り組みなどです。もう一つは、スポーツの力でファンの行動変容を起こすということです。この枠組みに日本のプロリーグの一部所属チームとして初めて署名したのが、バスケットボールのBリーグの名古屋ダイヤモンドドルフィンズです。署名を記念し、2021年1月末にフォーラムを開催しました。

日本のスポーツ界が世界に追い付くためのヒントとして一つ私から提示させていただくとすると、やはり連携・融合です。世界のスポーツ界は、サステナビリティに関するソリューション・プロバイダー(例えば空調設備や再生可能エネルギーの会社など)やSUSPONのような環境団体と密に連携してどんどん活動を実施しています。今日のようなイベントも有意義だと思いますし、この三つのセクターが連携をもっと深めていけたら良いのではないかと考えています。

幸い、世界のスポーツ界はお話ししたように大きな潮流ができてきて、一気に世界は変わっています。今、新型コロナウイルスで大変な状況もあると思いますが、だからと言って気候変動問題について何もしなくて良いかというとそうではなく、必須でやっていかなくてはいけないということが、世界の共通認識になっています。そのため今日、参加されているスポーツや環境問題に関わる皆様が皆で協力して東京大会後も引き続きスポーツの力を活用し、サステナブルな世界をつくるためにご一緒できればと思います。

 

②東京2020大会のレガシーと未来への願い
 荒田有紀さん(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 持続可能性部長)

2020年3月24日。忘れもしない大会延期決定。本番を目前に、大会会場の持続可能性の確保に向けた検討を急ピッチで進めていたところでした。東京2020大会は立候補時から環境を優先する大会を目指し、組織委員会はステークホルダーと連携しながらメダルプロジェクト(都市鉱山)、表彰台プロジェクト(廃プラ)など、様々なプログラムを準備してきました。また、ISO20121(イベントサステナビリティ)認証を取得するとともに、持続可能性に配慮した調達コードを策定し、運用しています。一方で、持続可能な大会への具現化には苦労もともない、まだ不十分とのお叱りを受けることもあります。おそらく、他のスポーツイベントや協議団体においても同じではないでしょうか。持続可能性への理解は得ても、実践には何倍も苦労するでしょう。

スポーツと持続可能性は密接に関連し、スポーツには世界を変える力があります。スポーツを楽しむ人たちは社会や地球のための行動に関心をもち、楽しんで取り組むと信じています。そのためには大会の主催者をはじめ、ノウハウをもつNGOや自治体、企業と連携できれば力強いです。組織委員会はSUSPONのセミナーに何度か参加させていただきましたが、現場に即した建設的な意見にはなるほどと感じました。

最後に、持続可能なスポーツ(イベント)に関わる皆様に、東京2020大会の持続可能性コンセプトを捧げたいと思います。「Be better, together より良い未来へ、ともに進もう。」(冊子『スポーツの力でつくるサステナブルな未来』より転載)

 

③東京2020大会のレガシーと未来への願い
 古澤康夫さん(東京都環境局 資源循環推進部 資源循環推進専門課長)

東京2020大会の持続可能性向上に向けた取り組みとして、2015年の6月に東京都環境局でシンポジウム「持続可能な資源利用を目指して ~2020年の先へ」を開催し、専門家やNGOの皆さんから提言をいただきました。5年以上前のことですが、当時会場が満席で多くの企業の関係者の方も詰め掛け、これからのオリンピック・パラリンピックでの持続可能性への取り組みに関して大きな期待が集まっている、ということを感じさせられたことを、今でもよく覚えています。

当局ではスポーツ大会にリユースカップを導入していこうと活動しました。2017年のラグビーのサントリー対東芝戦や、2018年の日本代表対ニュージーランド代表国際マッチで、地球・人間環境フォーラムやiPledgeと一緒に、リユースカップの実証実験を行いました。ただ、東京大会では、いろいろと試行錯誤したのですが、実現には至りませんでした。

今後どうなるかは、われわれのこれからの一人ひとりの行動にかかっているのではないかと思います。とくに若い皆さんとともにわれわれの世代も頑張ってレガシーを残していきたいと思っています。

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