食料システムの在るべき姿とは~気候変動の抑制と飢餓解消の両立に向けて~今、食料「システム」を問う理由

2021年09月15日グローバルネット2021年9月号

東京大学 理事、未来ビジョン研究センター教授
グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
石井 菜穂子(いしい なおこ)

 今月、ニューヨークで「国連食料システムサミット」が開催されます。「食料システム」は、過剰な肉食などの食生活や食料廃棄物が気候変動を加速させ、健康への影響や飢餓人口増加の一因ともなっているなど、地球規模の問題を抱えており、「現在の食料システムは持続可能ではない」との認識から、その見直しと変革が求められています。
 気候変動の緩和、食料供給の安定、飢餓の解消のために、食料システムをどのように変えていくべきか。本特集では、まず、食料システムの意味と変革の必要性を確認し、過剰な食料生産・廃棄の現状やその解決のための実践例を紹介し、食料システムの中でさまざまなステークホルダーにどのような行動が求められるのかを考えます。

 

どうして今 食料「システム」サミットか?

私たちの毎日の生活にとても身近な「食」。しかしこの「食」を農業と結び付けて考えることはあっても、「食」という「システム」として考えることはあまりなかった。今年9月に国連が音頭を取って開催する「食料システムサミット」は、農業生産・消費という通常の観点から離れて、食を一つの「システム」として捉えようとする新たな試みである。サミットを念頭に策定された日本の「みどりの食料システム戦略」も、食を「システム」として捉えている。

「食料システム」はなぜ壊れているといわれるか?

今人類は地球環境の危機に直面している。われわれのこれまでの経済発展、とくに20世紀後半以降の躍進は、地球環境に大きな負荷をかけ、それが地球の重要なシステムの容量を圧迫するようになってきた。地球システム科学者は、安定的な地球環境をもたらす重要なシステムを九つ特定したが、そのうちの既に四つ(気候システム、生物多様性、土地利用、化学物質循環(リン酸・窒素))で、私たちは地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)を超えつつあり、これまでの安定的なシステムを離れて不可逆的な未知の状態へと移行しつつあると警告している。

「食料システム」は、地球環境に負荷をかけ、プラネタリー・バウンダリー踰越の大きな要因になっている。農業生産は、温暖化ガスの25%、70%の取水、食料生産のための土地転用、とくに貴重な熱帯雨林等により60~70%の生物多様性の喪失をもたらしている。肥料に使われる化学物質は土壌、海洋汚染へとつながっていく。

一方で、人間の健康という観点からも、現在の食料システムはあまり良い仕事をしていない。いまだに8億人が栄養不良の状態にある一方、肥満で苦しむ人口は19億人に上る。世界の貧困層のほぼ80%は農村部で主として農業に従事しており、その多くは生活ぎりぎりの所得しか得ていない。食料システムを巡る富のいびつな分配とシステムの脆弱性は、新型コロナウイルスの感染拡大によって一層鮮明になった。

Food and Land Use Coalition(FOLU)の分析によれば、現在の食料システムは、その市場価値は10兆ドルだが、人の健康に及ぼしているコストが6.6兆ドル、温暖化ガス排出や自然資本毀損による環境へのコストが3.1兆ドル、所得不平等による失われた経済的損失が2.1兆ドル、全体としては11.9兆ドルのコストがかかっていると試算される。食料システム全体としてみると、隠されたコストが市場価値を上回っている。

この地球規模課題を解決するには、第一に、「食料システム」が地球の容量と衝突している経済システムの重要な一部であり、この根本的な解決のためには、システムの在り方全体を変革する必要があることを認識する必要がある。

第二に、食料システムは、生産から流通、消費まで実に複雑で多くの主体を抱えている。そのバリューチェーンは世界中に張り巡らされている。その課題も多岐にわたり断片化されて現れている。食料システム改革案は、まさにシステムとして提案される必要がある。

食料システムをどう改革するか?

食料システムの改革案として検討されている案の中で、私自身が「ゲームチェンジャー」として期待するアプローチを三つ紹介する。第一はEAT-Lancetレポートの提案であり、地球にとって健康な食習慣、とりわけタンパク質の摂取源をなるべく植物由来のものにシフトすることが、人の健康にとっても良いことを示し、その理想的なメニューを提示した。

第二に、食のバリューチェーンすなわち生産・流通の過程で生じる環境負荷をどう把握し、その情報をどのように消費者に伝達していくかである。現在は、消費者にその情報が伝わりにくく、行動変容を起こす力が発揮できていない。デジタル化がこれをいかに促進するかの議論が活発になっている。また温暖化ガスで議論の進んでいる科学に基づいたターゲットを、生物多様性や水など自然資本についても設けられないかといった試みが進行中である。

第三に、自然資本をいかに価値付けし、経済取引の中に取り入れていくかである。自然資本は、食料システムに深く関係するが、これまで経済システムには明確には反映されてこなかった。しかし近年のESG投資の高まりにみられるように、物的資本、金融資本以外にも、経済社会の持続性にとって重要な「資本」があることが認識されてきており、自然資本はそのうちの一つである。自然資本を経済システムに反映していくには、何を、どのように測り、どのように報告するかについて標準形が定められていく必要がある。

日本の役割

私は食料システムサミットのチャンピオン・ネットワークの一人として、昨年来サミット関連の議論に携わってきた。「食」はすべての国にとって、それぞれ固有の文化、歴史、国民性が育んできたものであり、「食料システム」の抱える地球規模課題に共通の解決策を求めることの難しさを実感してきた。しかし地球と人類が直面している危機のスケールと切迫は、あえてそうした難しさを乗り越えて、システムとしての解決策を模索することを余儀なくしている。食をシステムとして捉え、抜本的な解決策を、なるべく多くの人を巻き込んで探索していこうとする主催者、とくにカリバタ特使の熱意に心から敬意を表するし、サミット参加者の多くも、この認識と決意を共有してきていることをうれしく思う。

それでは、食料システム改革のために、日本が貢献できることは何か。日本の農業生産に由来する温暖化ガスは4%にすぎず、その負荷は国内生産ベースでは大きくない。むしろ日本の役割は、食料の一大消費国としてのそれであろう。日本はカロリーベースでみて、食料の6割強を輸入しており、食料システムの環境や社会の持続可能性への貢献は、輸入されている食料を抜いて考えることはできない。

東京大学グローバル・コモンズ・センターが、国連の「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)や米国イェール大学と開発した「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックス」( 詳細はこちらから(英語))は、国内生産のみならず、輸入を通じた環境負荷(海外効果)も併せて把握する。日本については、比較的良好な国内評価にもかかわらず、輸入品の生産過程における森林破壊による生物多様性の損失や大規模農園における肥料による土壌汚染の影響によって、総合評価が低下することが見て取れる。地球環境への貢献は、国際的なバリューチェーンを通して見ることが重要であり、その改善のためには海外パートナーと一緒に努力する必要が示唆される。食料輸入大国として、そのバリューチェーン全体を通しての持続可能性を確保していくことに、日本として大きな役割がある。この役割を果たすには、既に述べたように、バリューチェーンを通じての環境負荷の把握と、それを消費者にまで伝達していくための仕組みづくりが必要である。

さらに、日本として貢献できる分野は、日本の食習慣の健全性である。Eat-Lancetレポートが示したように、日本の食習慣が地球にも人間にも望ましいことがわかってきた。食習慣は文化的な要素もあり、簡単に他国に展開できるものではないが、最近の海外での日本食ブームを追い風に、食習慣と健康を結び付けて考える習慣の醸成は重要であろう。

本稿では、食料システムがいかに「壊れている」か、しかし一方で、もし改革が進めばいかに多くの問題が解決に向かい、ビジネスの機会が生まれ、そして素晴らしい生活を手にすることができるかを見てきた。こうしたビジョンを皆で共有し、解決策をシステムとして考えていく、「食料システムサミット」はそのための得難い機会である。

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