日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第54回 守江湾の干潟でカブトガニとカキが共存―大分県・杵築

2021年09月15日グローバルネット2021年9月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

別府市内の宿を出て東の国東くにさき半島方面へ向かう。途中の日出城址ひじじょうしから、のどかな別府湾を望むことができた。さらに進むと江戸時代に城下町として栄えた杵築きつき市。南北の台地に築かれた武家屋敷をつなぐ「酢屋の坂」「塩屋の坂」の石畳を歩いてみた。観光パンフレットにあった「きものが似合う歴史的町並み」が納得できる落ち着いた情景。早朝だったので着物姿の女性には出会えなかったが…。

[酢屋の坂」(手前)から「塩屋の坂」を見る

杵築市にはミュージシャン南こうせつさん(大分市出身)が住んでいる。地元ではコロナ禍に負けず元気を出してもらおうと4月、南さん作曲の『おかえりの唄』(作詞:星野哲郎)のイメージ動画をネット公開した。歴史と自然に恵まれた杵築のさまざまな場所で人びとが「おかえり」と笑顔で手を振っている。

●種苗放流で漁業者支援

動画の中の杵築の風景にちらちらっと守江湾が出てくる。別府湾の北東部にあり、遠浅で干潮時には約350haの干潟が現れる。「生きている化石」カブトガニが生息している。

今回の取材で訪ねた杵築市農林水産課水産係の河村武志さんは、日本カブトガニを守る会大分支部の事務局長を務めている。事務所の廊下にカブトガニの飼育スペースを設け、職員や来訪者が見学できる。水槽が並んだ中に1㎝ほどの幼生が100匹はいただろうか。毎年5~6月に幼生を放流したり、小学校4校が干潟観察会をしたりしてカブトガニを見守っている。

杵築市は30年前に市長の発案でカブトガニの保護活動が始まった。河村さんは「昨年37ヵ所の産卵を確認しました。1桁だったものが2010年以降は2桁を維持しています」と説明した。九州北部を取材し「カブトガニがいる海と漁業」(時事通信社「農林経済」2005年)と題した記事で取り上げたことがあり、杵築市が守江湾のシンボルとして熱心に保護してきたことを知っている。取材時は漁業者が網にかかったカブトガニの記録を取り、海に返してもらう代償として市がクルマエビの種苗放流をしているという内容だった。財政事情が厳しくなった現在でも450万円の事業費を確保して支援を続けている。

杵築市役所にあるカブトガニの飼育コーナー

●カキ焼き小屋がずらり

現在の守江湾の主要な水産物は戦後まもなく始まった養殖カキ(マガキ)だ。八坂川など大小9本の川が流れ込み、海中の栄養分が豊富な湾ではカキの成長が早く、味も濃厚だ。杵築市が県内で最大の産地で25の養殖業者がいる。カキはすべて殻付きで福岡方面などに出荷している。生産量は年間100tから150tで、昨年度は約110tだった。

広島の筏式とは異なる簡易垂下式と呼ばれる方法で、浅瀬に打ち込んだ竹の杭の間に幹綱みきづなを張り、そこに幼生が付着したホタテ貝の殻の「連」をつるす。連の長さは3mほど。広島の筏式が約9mあるのに比べると短い。

守江湾のカキ養殖

11月に宮城県の種苗を導入、干潟で環境に慣れさせる「抑制」を行い、翌年3~4月に本養殖に入る。10月末に出荷が始まる。

守江湾沿いの国道213号沿いには11月から翌年3月までカキ焼き小屋がずらりと並び、「杵築カキ街道」が出現する。守江湾を眺めながらカキ料理を味わう冬の風物詩なのだ。

新たな取り組みとしてシングルシード(一粒ガキ)の養殖への取り組みが始まった。県内では中津市、国東市、佐伯市などで拡大しているもので、杵築市は今年試験収穫する。また、安定して種苗を確保するために数年前から天然採苗の試験を続けている。

豊かな守江湾だが、近年自然環境は変化しており、2002年の公共下水道整備で水質が良くなったりアマモが増えたりした一方、12年の北部豪雨の翌年からアサリが採れなくなった。潮干狩りは休止したままで、県や市、漁協などが協力してアサリの資源回復を図る「母貝団地」を造っている。ネットを張るなどしてナルトビエイやクロダイなどによる食害を防ぐもので、試行錯誤を続けている。河村さんは「魚種によって漁獲の変化はありますが、カブトガニが生息できる海の環境は他の生物にも好条件となると考えています」と漁業とカブトガニの共存を意識している。

●骨切り加工できる施設

カキのほか、最近注目されているのがハモだ。近年大分県内で漁獲が増えている。杵築では主に底引き網でハモを捕り、大分県漁業協同組合杵築支店が買い取り集荷して主に京阪神に出荷していた。ところが、盆を過ぎるとハモの価格が下落するため、脂の乗った「秋ハモ」をブランド化し、手頃な価格で流通させようと2019年、美濃崎漁港に加工処理施設を造った。手間のかかる骨切りを機械で行い、急速冷凍して出荷できるようにしたのだ。県内ではハモ料理発祥の地である中津市が知られるが杵築はハモを食べる習慣がなかった。だが現在では「夏にハモ、冬にカキ」のブランド化が進み、市内にはハモ料理が食べられる店が次々と出現。イタリアンレストランでもハモを使ったメニューがあり、ふるさと納税の返礼品にもなっている。

河村さんに話を聞き終わったのが昼時だったので、カキ街道にある食堂「きつき漁菜館」でハモを食べることにした。注文したのはハモカツ丼。普段は湯引きして辛子酢みそで食べるのだが、揚げたハモは初体験だ。揚げたてで淡泊な魚肉とかりかりさくさくの食感。ユズこしょうをつけると絶妙な味だった。店の人は「次は刺し身もどうぞ」と勧めてくれた。

店内を見渡すと、1981年に大分県で開かれた第1回全国豊かな海づくり大会(大会テーマ「そだてよう 豊かな海を ふるさとを」)の記録本が置いてあった。天皇皇后両陛下や「一村一品運動」で知られる当時の平松守彦知事(1924~2016)の姿があった。日本の漁業の振興と発展を図ることを目的に現在も続いている海づくり大会が大分県から始まったことは、漁業県大分の誇りとなっている。

カキ養殖の様子は守江湾の東側に突き出している砂嘴さしである住吉浜から撮影した。カメラの望遠ズームで狙うと、海にいくつもの竹棒が刺さっていた。カキは海水に浸かっているので干潮になっても見ることはできない。

撮影したのは干潮時で、それまで時間があったので国東半島で一番高い両子ふたご山(標高721m)の中腹にある両子寺ふたごじを訪ねた。国東半島で栄えた山岳宗教文化の寺院群である六郷満山ろくごうまんざんの総寺院である。全国の磨崖仏まがいぶつ(自然の岩壁などに彫られる仏像)は6~7割が大分県に集中し、国東半島に多くある。信仰の歴史が現在の人びとの表情に反映されているのかもしれない。

大分県の取材を終えて思い返せば、魚介類も麦焼酎もうまい、温泉もある、なんと恵まれた県だろう。幸福度ランキングは上位、田舎暮らしの移住先としても人気が高いのもうなずける。大分駅から乗り込んだ帰りの特急で大分のソウルフード「とり天」と「かぼすハイボール」を口にすると、さらに納得できた。

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