食料システムの在るべき姿とは ~環境保全型の農業の推進に向けて~農協による有機農業研修と就農 ~農協が考える今後の展望

2021年10月15日グローバルネット2021年10月号

JAやさと 有機栽培部会 副部会長、産直協議会 役員
黒澤 晋一(くろさわ しんいち)

 9月23~24日に「国連食料システムサミット」が開催されましたが、これに先立ち今年5月に策定された日本の農業戦略「みどりの食料システム戦略」では、国内の有機農業の取り組み面積を現在の0.5%から2050年までに25%に拡大させること等が目標に掲げられています。一方、国際的には、アグロエコロジーも、環境保全等さまざまな視点を重んじる農と食の在り方として推奨されています。
 食料システムとその変革について考えた先月号に続き、今月号では、環境保全型の農業の推進に向けた世界の潮流や実効的な取り組みを紹介し、日本で環境保全型の農業を推進するためには何が求められるのかを考えます。

 

JAやさと有機栽培部会(以下、有機部会)は、茨城県南部の石岡市西部の八郷やさと地区(旧八郷町:2005年に石岡市と合併)にあります。西側に筑波山を臨み、北側・南側の三方を山に囲まれた盆地で、比較的小さな畑で構成される農業地帯です。東京から約80kmと近いこともあり、新規就農者が多い地域です。

生協向けの野菜を有機栽培に替えることから始まった

有機部会が発足したのは1997年、12名の生産者でスタートしました。JAやさとは長きにわたり東都生活協同組合(以下、東都生協)に卵、野菜、果物、鶏肉等の農産物を納入する産直の取り組みを行っていました。このうち、販売していた野菜セットの一部の品目を有機野菜に替えることを目的に、有機栽培を専門に行う生産者のグループを立ち上げたのです。

有機部会の発足とほぼ同じ頃、新規就農希望者がいるとの情報があり、面談を重ねた結果、彼らに有機野菜の生産者になってもらうべく、有機栽培の研修を受けてもらうことになりました。そのためにJAやさとは、かつて養蚕で使用していた桑畑を整地して研修農場にしました。さらに、研修用のトラクター、管理機、パイプハウス等の設備や各種資材も準備し、農業未経験者が実践的な経験を積んで一人前の有機農業者として独立できるよう、ハード面での整備を行いました。このようにして有機栽培専用の研修農場「ゆめファームやさと」が完成しました。

一方、研修のソフト面では相当な苦労がありました。JAやさとには有機栽培の指導経験がなく、有機部会のメンバーも有機栽培を始めたばかりの人が多かったため生産が安定せず、作付けた作物が全滅してしまう、ということもしばしば起こりました。それでも根気よく土づくりや病害虫防除等の工夫を続け、少しずつ供給量を増やすことができました。

研修期間は2年間。約1.8haの研修農場で、2世帯の研修生が同時に研修を受けます。1年目の研修生は、研修2年目の先輩が作業している姿を目の当たりにすることになります。また、研修生OBを中心とした有機部会のメンバー1名が指導農家となり、週1回程度一緒に作業しながら有機農業の技術を教えます。独立営農を見据えた実践的な研修内容となっており、研修生は自ら作付け・出荷計画を立案し、指導農家の助言を受けながら研修農場で一連の作業すべてを自分で行います。

また、JAやさとと行政機関の連携により、「農業次世代人材投資資金」等の給付金を活用し、研修中の資金面に関するバックアップを行っています。これにより、研修期間中は農業技術の習得に専心できる仕組みとなっています。

実践的な研修を経て有機農家として独立就農

私と妻は2013年に第15期研修生として有機農業研修をスタートしました。それまでは東京で会社員をしており、家庭菜園や農業ボランティア等の経験はあったものの、本格的な農業はまったくの未経験でした。トラクターでの畑の耕うん作業、防虫ネットの設置、収穫・調製・袋詰め作業等、指導農家や先輩研修生の姿を見ながら技術を習得していきました(教えてもらうというよりも、実際には、「まねながら技術を盗む」というイメージかと思います)。

研修といっても座学による講義等はなく、指導農家による週1回の作業だけでは体系的な知識と技術が習得できるわけではないので、疑問に思ったことは自ら聞いて解決する、という姿勢が重要になります。毎日顔を合わせる研修2年目の先輩に質問したり、指導農家や有機部会のメンバー等、有機農業を行っている仲間に具体的な教えを乞うことにより、八郷の気候や風土に合った内容の濃い研修になったように思います。

独立就農するに当たり、大きな課題となるのが農地の確保ですが、有機部会のメンバーの紹介で研修期間中に1ha強の農地を借りることができ、有機JAS認証を取得するまでの期間中に緑肥の栽培や堆肥の投入等、有機栽培への準備に充てることができました。

2年間の研修を経て2015年に独立就農しました。独立当初は土づくりが不十分だったためか失敗することも多く、不安になることもありました。徐々に生産が安定し経営が軌道に乗ってきたのではないかと思っています。

現在は年間で十数種類の品目を栽培し、通年で出荷できるよう輪作を行っています。また、これまでに指導農家として3組の研修生への指導も行いました。

JAとの協働により有機農業の未来に向けて歩み続ける

2021年現在、有機部会の生産者は28名。ゆめファームやさとの研修卒業生が約3分の2を占めています。販売先は東都生協の他に関東・首都圏の生協やスーパー等の小売店、外食産業や市場等、多方面に広がってきました。JAやさとの営農指導担当が2名体制で、販売先との折衝や出荷数量の調整、精算業務等を担っています。このため有機部会の生産者は、販売先の開拓や出荷物の発送作業に時間をとられることなく、栽培および収穫・袋詰め作業に専念することができています。

2017年度に、石岡市が新たに有機栽培研修農場「朝日里山ファーム」を八郷地区にオープンしました。研修システムは「ゆめファームやさと」と同じで、今では二つの研修農場に毎年2世帯の有機農業研修生が石岡市に移住してきて、同時に4世帯が研修を受けている状態となっています。

2020年度からは、指導農家による指導方法を一部改修し、個別の品目ごとに、得意とする有機部会メンバーのもとに出向いて指導を受けるという方式に変更し、より先進的な技術の習得が可能になりました。この方式により研修生とベテラン農家の交流の機会を生み出すことにつながりました。

有機部会の研修制度が機能することにより、毎年2世帯の生産者が増え続けることになり、販路の拡大が今後の課題となります。コロナ禍の現在は外出自粛により自炊の頻度が増え、その結果各生協の販売は伸びている状況ですが、いずれは供給量が上回る事態が想定されます。JAやさとの担当者と共に、近隣の生協や小売店を中心に販売先をさらに拡大していきたいと考えています。また、有機農業・有機野菜の魅力を発信するために、SNS等を使って生産現場の雰囲気が伝わるような活動も行っているところです。

「みどりの食料システム戦略」により、有機農業の面積の大幅な拡大目標が掲げられましたが、そのためには農業外の仕事を持つ若者を有機農業に新規参入させる取り組みが必要であると考えます。農業未経験者が有機農産物を生産し、かつ生計を立てていくためにはその土地・地域に見合った知識・技術の習得が不可欠であり、それは一朝一夕にできるものではなく、しかも地道に少しずつその数を増やしていくしかありません。「ゆめファームやさと」「朝日里山ファーム」のような研修プログラムを通して有機農業の生産者が増え、そして各地のJAが持っている既存の販売先に対して有機農産物の販路を拡大し、有機農産物の販売がスムーズに行えるようなサポート体制が機能することにより有機農業の未来がより明るくなるのではないかと考えています。

若い生産者が多く、活気がある有機部会

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