シンポジウム報告 日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)オンライン国際シンポジウム カーボンニュートラル実現のラスト10年 ~循環型社会を目指す日中韓の現場から
〈中国・北京市〉
製鉄所跡地の再利用に寄せた思い ~北京市石景山区・首鋼パーク再生プロジェクトの現場では~

2021年11月15日グローバルネット2021年11月号

ジャーナリスト
候 楽(こう らく)さん

 国際社会は、21世紀半ばの温室効果ガスの排出ネットゼロに向けて動き出し、日本、中国、韓国の3ヵ国も、具体的な目標を提示して取り組みを急いでいます。しかし、気候変動のスピードはますます加速しており、今後10年に抜本的な行動変革を起こさなければ手遅れになるといえます。
 本特集では、日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)が、関西・大阪21世紀協会の支援を受け、「ネットゼロ」、「地域循環」、「低炭素農業」をキーワードに、日中韓3ヵ国の記者による取材を進め、10月30日に開催した国際シンポジウム「カーボンニュートラル実現のラスト10年~循環型社会を目指す日中韓の現場から~」でも報告された現場情報を紹介します(2021年10月30日、オンラインにて)。

 

中国の首都北京市。市街地の最西端にある石景山区は、ほんの10年前までは鉄鋼の町だった。「首鋼集団」の名で知られるこの会社は、1919年に設立された華北地区最古の製鉄所が前身だった。ピーク時は中国一の生産量を誇り、北京市税収の約2割を占めていた。2008年北京五輪誘致の成功を受け、鉄鋼の製造拠点が北京から約250kmの河北省へ移転することが決まり、2010年末、最後の高炉が閉鎖に伴い、広さ8.63km2の工場跡地が北京の市街地に現れた。

中国語で「老工業区」と呼ばれるラストベルトの利活用を図るため、首鋼集団は同年、完全子会社の「北京首鋼建設投資有限公司」を設立。以来、この巨大な遊休地は「新首鋼ハイエンド産業総合サービスエリア」(略称「首鋼園」=首鋼パーク)に改められ、再生を図る道のりを歩み始めている。

北京市の「両区」建設の一環に

首鋼パークは、北側にある北区(2.91km2)と南側にある南区(3.6km2)、東南区(1.3km2)、京西ビジネスエリアから成る。再開発は製鉄所の高炉が密集している北区から始まり、約5年の工事を経て、現在、北区は緑豊かな産業遺跡公園、冬季五輪ゆかりのスポーツの町、大型展示会場などに生まれ変わっている。

これまでのところ、中国第1陣の市街地型老工業区改造試行エリア、国家レベルスマートシティー試行エリアなどに指定されており、「オールドエコノミー」とは異なる質の高い成長に向けた創意工夫が期待されている。

その一例は、毎年9月に北京で開かれる、国家レベルの大型見本市「国際サービス貿易展示会」である。例年は、2008年夏季五輪のプレスセンターとして整備された国家会議センターで開催されてきたが、今年からは首鋼パークが分会場として加わる。その背景は北京市で今進められている「両区建設」(国家レベルのサービス業開放拡大総合モデル区づくりと自由貿易試験区づくり)である。

結果的に、高炉、コークス炉、サイロ、むき出しのパイプライン、煙突、冷却塔などが林立する産業遺跡公園と隣り合わせの首鋼パーク分会場は、「濃厚な工業風」という斬新なイメージで好評を博し、来年以降も4年連続でダブル会場方式での開催が継続される。

ラストベルトを美しいベルトに

2013年、中国は「全国老工業基地調整改造計画(2013~2022)」を公表した。全国27の省・直轄市・自治区にある120ヵ所の旧工業地帯が対象となっている。それだけ、旧工業地帯の再生は今の中国では現実的な課題として注目されている。

2019年11月、上海視察中の習近平国家主席は、ラストベルト化する旧工業地帯を「生活秀帯(美しい暮らしの環境があるベルト)」にしていくという指示を出した。実は、習氏はそれに先立って同年初めに首鋼パークを視察している。首鋼パークで目にした変貌も、「秀帯」が生まれた背景の一つなのだろうか。

中国では、工場の跡地を不動産開発用地に転用して、莫大な利益を手にした事例はたくさんあった。しかし、「土地財政」に頼る成長には限界がある。このことはもはや共通認識だった。「新首鋼ハイエンド産業総合サービスエリア」という命名からもわかるように、新しい成長モデルを確立する必要があった。そのモデル的なエリアになってほしい、というのが首鋼パークに寄せた一番の期待ではないだろうか。そうした中、14年の間隔はあったが、夏季と冬季に北京で開かれるオリンピックが、良い起爆剤になったといえる。

未来都市づくりに向けて変貌を続ける首鋼パーク

2015年末、2022年冬季五輪の誘致成功を待ったかのように、北京冬季五輪・パラ組織委員会が首鋼パークの入居者第1号に決定し、翌年、10基のサイロから改築してできたオフィスビルに入居し、大きな話題となった(写真)。現在、園内にはアイスホッケーやフィギュアスケートなどの中国代表の練習施設があるほか、冬季五輪のビッグエア種目の競技場もある。

北区に続いて、2020年に発表された南区の開発プランによると、緑地が34.3%も占め、ハイテクイノベーション産業、文化・クリエイティブ産業のほか、国際交流とビジネスサービス機能の充実化を目指す開発を進めていく。さらに、「戦略的余白区」と呼ばれ、開発を控えるエリアを設置したことが特徴になっている。「国家レベル、ひいては世界で影響力のある大掛かりなプロジェクトの導入の土台を作り、そのための空間的備蓄を行う」という表現からも、将来、世界的なビッグイベントを北京に呼び込むことを視野に入れていることがうかがえる。

首鋼パークは、新技術の社会実装に向けた試験を行うエリアにもなっている。これまでに、8種類の自動運転車が園内で走行テストと試験的運行を行い、自動宅配車や園内の案内サービスを提供するロボットも時々見られる。さらに、低影響開発のための雨水循環利用システムや、越境ECに対応する公共保税倉庫の整備など、未来都市づくりに関する試みがふんだんに導入されている。

中国の新たな成長の姿を目指す首鋼パーク、その変貌はまだ続く。

首鋼パークにある北京冬季五輪・パラ組織委員会本部

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